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船酔いと魔導師

 本作は別サイトに投稿した物です。

 どこまでもどこまでも続く蒼穹は果てしなく蒼く、波打つ海は白く煌めく。

 頭上高くに天を突くマストには白い帆が風を孕み、甲板に這いつくばった俺の眼下には黄色く濁った吐瀉物が広がっている。甲板に染みを増やす度に聞こえてくる舌打ちも、段々と鋭さを増す水兵の視線にももう慣れてしまった。

 イスパニア帝国上級公認魔導師レグルス・マクラーレンは国外での仕事からの帰路に、イスパニア海軍三十六門搭載ジベック型フリゲート艦カカフエゴ号に便乗客として乗り組んでいた、艦長としては魔獣が出やすい海域を通る時の戦闘要員に丁度良いと思ったのだろうが、こうゲーゲーと吐かれたのではさすがに後悔しているだろう。

「いい加減にして下さいよ魔導師さん、吐くなら海に吐け海に」

 艦長の顔に不機嫌の皺が刻み込まれる。

「すいません、カピターノ」

 言ってすぐにまたこみ上げて来る、今年で二十四になるがどうにも乗り物酔いが治る気配が無い。

「航海長! 彼にバケツを」

「シ、カピターノ!」

 差し出されたバケツが不快感と申し訳なさで満ちていく、航海長が口を開く。

「いやはや、しっかりして下さいよ魔導師さん。我々としても“戦える”魔導師が居ると心強いですから」

 頭に来るのを堪えながら、続けて口を開いた艦長の方を向く。

「この前のでかい海賊狩りで魔導師がみんなやられちまってな、今は二流学校出たてのど素人が三人居るだけなんだ。あんたは帝魔出てるし魔導師歴も七年と来る。こいつは軍艦で、俺達は軍人だから魔獣相手でもそこそこ戦えるつもりだが魔導師が居ると居ないじゃ大違いだ。いざって時は頼むぞ」

 帝魔、帝立魔術専修学校はイスパニア帝国最高の魔術学校である、ここカディスにも分校があり、俺はそこの出身だ。

 六年間の初等教育を受けた後、五年間の高等教育を受けるから十七で卒業し、社会へ出るのだ。

 艦長にそこそこに挨拶を済ませてキャビンに引き下がる、潮風に当たるのも悪くないが、それ以上に横になりたい気分だった。

 魔獣が来れば呼ばれるだろうから、少しでも気分を良くしておくに越した事は無い。

 隔壁で無理やり区切られた船室のハンモックで揺られていると、急に艦内が騒がしくなったように感じた。部屋に飛び込んできた士官に叩き起こされ、水兵達が固定索を解き砲を押し出す中を通り、露天甲板に連れ出される。

 艦長が大声で指示を飛ばしながら歩いてきた。

「クラーケンだ、いけるかい? 魔導師さん」

「勿論ですカピターノ、ただ奴を水面近くまで引き上げて頂かないと少々厳しいですが」

「任せろ、それぐらいの装備は有る」

 艦長は得意そうに笑って、導火線の伸びた砲弾を見せてきた。

 それは叫石と言う魔石を利用した砲弾らしい、叫石は強い衝撃を与えるとヒステリックな女の金切り声の様な、実に耳障りで大きな音を発する。

 艦長は説明を続ける。「このカカフエゴ号には片舷十八門のカノン砲が有る、後ろの三門で叫石弾を撃って、体が出た所を残りの十五門で撃つ。そうすりゃ奴さんも興奮すらぁな、その後はあんたに頼むぜ」

「シ、カピターノ。あぁ出来れば砲弾を数発お借りしたいのですが」

 艦長は不思議そうな顔をしながらも砲弾を持って来るよう命令してくれた、後は各々が仕事をするだけである。 クラーケンの目は明暗の識別程度にしか役立たず、匂い、そして音で獲物を探し、周りの水の振動で自分の移動する方向を認識している、格段に耳が良いのだ。だから格別に大きな音を立ててやれば方向感覚を失い、水面に頭を出す、非常な興奮状態にもなる。

 クラーケンは通常船を引きずり込む際には船の真下に潜り込んでしまうから本体にろくに攻撃出来ない、しかし極度の興奮状態では、気が短くなるのかどうか知らないが水面すれすれれを移動してくるのだ、これなら攻撃が本体に届く。一門に付き四人配置された水兵達は、号令に従って規則正しく装填動作を行っている。

 火薬袋を切り裂き、火薬を砲口から流し込む。おくりと呼ばれる詰め物を込め棒で詰め込む。後ろの三門は着火した叫石弾、残りの十五門は重い鉄球を込め棒で詰め込み、照準を合わせ、砲尾近くの撃鉄を起こし、発射索を握る。

 巨大な水しぶきが近づいて来る、鋭い声で号令がかかる。

「十六から十八番、撃て!」

 発射索が引かれ、撃鉄が落ちる。火打ち石と打ち金がぶつかり合い、火花が散り、火薬が爆発し、閃光する砲口から砲弾が撃ち出される。砲が後退する。

 一発は爆発が早すぎ、もう一発は水面に潜ってしまったが、真ん中の一発が水面ギリギリの所で爆発した。

 水面がぬうっと盛り上がり、赤く丸い大蛸の胴体が見えてきた。

「左舷斉射、撃てぇ!」 十五門の火砲が一斉に火を噴く、船体が振動し、硝煙が吹き出る。

 良くは見えないがクラーケンの胴体部からはどくどくと血が流れ出ているのだろう。

「第二射は無理だ、頼むぞ!」

「お任せを、カピターノ」

 まず四発の砲弾を浮かべ、直列させる。次に空気中の水分を凝固させて水にし、砲弾の列に纏わせ、それを固めて砲弾を核とした氷槍を作り上げる。魔術は水分や熱、磁力や静電気と言った自然の物質を操る事が基本なのだ、クラーケンの様な水に属する類の輩には電撃が最も効率良く葬れるのだが、水中に居るから電撃はたたき込めない。船底にはフジツボの付着を防ぐ為に銅板張りになっていれから、近くに電撃が走れば何かまずいことになりそうだ、特に、落雷術を使って万が一艦に当たれば大火事だ。

 砲弾を核にしているから普通の氷槍よりも重い、これなら水面を突破しても勢いを保てる。

 ただの水しぶきでは無く明確にクラーケンと認識できる距離まで来た、うっすらと胴体や脚、そして眼球が見える。

 浮遊させた氷槍を更に高い所へ持って行き、負荷がかからないよう、回転させながら出来るだけ小さな入射角で水面下の目標へ叩き込む。狙うはあの不気味な眼球だ。

 水面を突破した氷槍はクラーケンの眼球に突き刺さりながらも回転を続け、眼球の“奥”、すなわち脳に向かって突き進む。

 手応えを感じる、海が朱く染まる。 歓声が湧き上がる、いつの間にか甲板に上がっていた例の新米魔導師達も目を見開いてこっちを見ている。

「さすがですな、魔導師さん。いや、セニョール・マクラーレン」

「いえ、艦長の指揮とこの艦の砲撃のおかげです」

 艦内に活気が満ちる、親しげに肩を叩く物も多い。

 最近はお使いの様な仕事が多く、大型魔獣の討伐はご無沙汰していたのだが、人と連携して脅威を打ち倒すと言うのはこんなにも良いものだったか。

 ……胸に、喉に、込み上げて来る。

「艦長、皆さん」

 いくつもの笑顔が向けられる。深く息を吸い、込み上げて来る物に耐えながら口を開く。

「誰か、私にバケツを」

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