なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
婚約破棄されたら婚約解消にして、夢をかなえますわ!
わたくしの婚約者である王子が叫びました。
「お前は婚約破棄だ!」
「はい。わかりました。婚約解消ですわね」
いけませんわ。ちょっと食い気味だったかもしれませんわ。
メイドのマーナが、すっとわたしの隣に来て、書類を渡してくれます。
わたくしはその書類を、元婚約者(おっとまだ婚約者ですわね)に示して。
「これにサインしてください」
「は、はやっ」
「サインをどうぞ」
「そ、その前に! か、彼女に謝れ! それに婚約解消ではない! 破棄だ! お前は不名誉にまみれ――」
わたくしは、バカと泥棒猫に無言で書類を渡しました。
リストです。
このバカと泥棒猫がお金を握らせて偽の証言をさせる予定の奴らの名前と渡した金額が列挙してあります。
あと冤罪の内容も。
最後に『これの写しが100枚用意してあります。サインをしなければ、これを即座にばらまきます』
「!」
「謝る必要はありませんわね?」
「あ。はい……」
「では。サインを」
王子は、ぶるぶる震える手でサインしました。
あらあら。読みませんのね。
すごい賠償金ですのに。
これで王家は、直轄領全てを喪いますわね。
資金はわたくしの信用で回している状態だったので、これで火の車。
今、バカと泥棒猫が着ている服も、借金のカタで取り上げられるでしょう。
王族がたは着る服もない状態になるでしょうね。
でも、国は支障はありませんわね。だって、わたくしがそうなるようにしておきましたから。
わたくしは優雅に一礼すると。
「では、婚約解消は成立しました。では、おふたりでお幸せに」
くるりと、回れ右して立ち去りますわ。
あー終わりましたわ!
開放……というわけにはまだ参りませんのよね。
まったく、こんな国際的な席でやらんでもいいのに。
「イリス嬢、私があなたに求婚するのを許してくれるだろうか」
ええと、確かこいつは帝国の第二仔牛じゃなかった皇子でしたわね。
「許しませんわ」
「は?」
「疑問形だったので、お断りしましたの」
わたくしは出口への歩みを止めないまま
「第一皇子との権力闘争のために、うちの資産が手に入ったらいいなぁ、とか思っている方は遠慮したいですもの」
「!」
「あ。それと、貴方様の家系、30でみんなハゲますのよ。顔にたよって女をつろうとするのはほどほどに」
呆然とする、第二皇子を置いてきぼりにして、
「イリス令嬢」
イケメンですわね。筆頭侯爵家の御長男とかだったかしら?
しかも、すごく邪魔です。正面に立ち塞がりやがりましたわ。しかも大きな花束まで抱えていらっしゃります。
「お断りしますわ」
「まだ何も」
「別にわたくし、王家を滅ぼそうとか、現陛下をどうにかしようとか思っておりませんの。王冠が欲しいなら、独力でどうにかなさればよろしいのでは? 無理でしょうけど」
冷や汗をかいて固まったままのそいつへ言い捨てて、わたくしはホールの出口へ向かいます。
すっと背後に続いてくれたお付のメイドに、
「マーナ」
「はい。お嬢様」
「あと何人いるのかしら?」
「5人です」
「なぜみな、わたくしを働かせようとするのかしら?」
「有能だからでは」
「確かにわたくしは有能ですけど、なぜ働かないといけないのかしら?」
「ヒロインは勤勉で善良で公僕であるべきだという一種の思い込みではないでしょうか」
「ああ、心の病気ですわね」
目の前に、バッと赤毛が広がりましたわ。
「おもしれー女だ! オレの嫁になれ!」
「いやですわ」
「なんでだよ!」
確か、この方は北のさらに向こうの騎馬民族の酋長の息子だったかしら。
「わたくし人生をいい加減に生きる人間は嫌いですのよ。それに。今頃、貴方の部族、大変なことになってますわよ。更に北のジブー族が……」
赤毛は悔し気に唇をゆがめると、
「くっ。片付いたらまたくる!」
駆け去っていきましたわ。
まぁ無理でしょうね。
戻るまでに部族は滅びているでしょうしね。
「貴様を骨の髄まで溺愛」
「結構です。わたくし、五体満足なので抱きかかえられるのは性に合いませんので」
「好きだ! 結婚してください!」
「わたくし、あなたに興味がありませんの」
「これから! これから好きになってくださ――」
「これからのスケジュールは全てうまっているので。あしからず」
背後に、イケメン達が床に膝をつく音を聞きながら、わたくしは驀進いたしますわ。
「お嬢様。埋まっているのですか?」
「ええ。働かない予定でうまっておりますわ」
「そうでしたね。全て、そのための努力でしたものね」
「昔からずっとキミだけを――」
「あーはいはい。その台詞、別の方にも言ってらしたの存じてますわ」
「ぐっ」
「あんな美しい帳簿を――」
「わたくし監督してただけですわ。それに普通の方でも書ける帳簿がいい帳簿ですもの。字が綺麗なのがいいなら書道教室かレタリック教室の講師をお口説きになってください」
「そんなに突っ張るなよ。オレの胸で――」
「そんな貧弱な胸に人生は預けられませんわ」
目の前に立ち塞がったボーイが、いきなり顔をめりりと剥がすと、猿っぽい顔が現れて、
「気が強い女は好きだぜ。オレはなーんでも盗む怪盗ルパ――ぎゃぁぁぁぁ!」
一刀のもとに切り捨てましたわ。
「指名手配の犯罪者ですわね。しかも弱いですわ。話にもなりませんわ」
「お――」
「却下」
というわけで、次々と迫ってくるイケメンをちぎってはなげちぎってはなげ、
「ひとりは本当に切ってしまわれましたね」
「仕方ありませんわ。指名手配の犯罪者ですし。わたくしを盗もうとするのですもの」
わたくし馬車に乗り込みましたのよ。
マーナが済まなさそうに。
「お嬢様、申し訳ありません。8人も……」
「仕方ありませんわ。わたくしが次々と蹴散らしているのを見て、なぜかチャンスがあると思った方が湧いてでてきたのでしょう」
わたくし、ちょっと思い出して笑いましたわ。
「それにちょっとおもしろかったですわ」
「自分がモテることを再確認できてでしょうか?」
「いえ、殿方は、わたくしの事情は誰一人聞かないのだなーと」
「……確かに。見事なくらい聞きませんでしたね」
屋敷へ帰ります。
父が怒っています。
「勝手に婚約破棄を受け入れるとは!」
「いえ、婚約解消です」
「当主であるワシの許可も得ず! お前は廃嫡――」
「わたくし、去年成人なりましたので、この家を継ぐ権利がありますわ」
「なにを言い出すのだ。お前は我が家のため――」
「そこでふんぞりかえって、えらそうにわめく以外何もしないお父様はもういりませんわ」
マーナが、背後から、すっと書類の束を差し出してくれます。
「はい。これ。お父様が頭がおかしくなって執務ができないという医師の証明書ですわ」
「こ、これはワシの死亡診断書報告書ではないか!」
「あ。お見せする書類を間違いましたわ。まぁ、どうでもいいことですけど。それに実はもう当主はわたくしになっているので」
だから当主の権限で婚約解消ができたのですわ。
「え、あ、おい、ななな」
わたくしが、とっくの昔に掌握済みである侯爵家の私兵が、ぞろぞろと入ってきます。
「三日前。お父様は、錯乱して人事不省になりましたので。その遺言に従い。わたくしが継いでおります」
屈強な兵たちは、お父様を取り押さえ地下室へ連れて行きました。
死亡診断書の日付は明日なので、明日までは生かしておきませんとね。
ちゃんと勤務体系を作って、家庭の事情もしっかり考慮し、週休二日を守り、ボーナスも休暇も特別手当も出るようにしているわたくしと。
気まぐれに実現可能か不可能かもわからない命令を下し、三日経ったら忘れるアホと。
どちらに奉公人達がつくか明白ですわね。
「ふぅ……これでわたくしが当主ですわね」
執事が。
「いつもながら鮮やかなお手並みでした。お嬢様これからどうされるおつもりで?」
「侯爵家の仕事は、平常通りに。あのお父様でも回るように整えておいておきましたから、緊急以外わたくしのことは呼ばない、起こさないこと」
「了解いたしました」
「マーナ。お風呂の用意は?」
「出来ております」
「はぁぁ……これでいくらでもお風呂に入って、朝寝ができますわ!」
「ごろごろして、本読んで、昼寝するのが夢ですよね」
「ええ!」
「ですが、お嬢様。お嬢様こそ人生をいい加減に生きているように見えますが」
「誤解ですわ。だってわたくし、どうすれば怠惰に過ごせるかのためには、真面目に生きてきましたもの。側にいた貴方なら、分るのではなくて?」
それを妨げていた婚約者と遺憾ながら血縁がある男がいなくなった今。
有能な人間でかためた侯爵家の家裁。
わたくしが万全の信頼を置くメイドのマーナ。
わたくしに心服している奉公人達。
毎年、少しずつ調整するだけで莫大な利益を齎す事業の数々。
日々の情勢に目を通し、一年に一週間ばかりキリキリ働いて時代にあった更新を続ければ、わたくしが死ぬまでくらいはもつでしょう。
マーナはわたくしに向かって、深々と頭をさげました。
「納得いたしました」
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




