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陰気だと婚約破棄された伯爵令嬢、辺境で『魔力感応』の才能を開花させる

作者: 紅茶
掲載日:2026/04/21

 華やかなシャンデリアの光も、楽団が奏でる優雅なワルツも、今の私にはただ鼓膜を打つノイズでしかなかった。


「ルシアン・ヴァレンタイン。貴様のように陰気で、つまらない女は私の隣に相応しくない。婚約は破棄させてもらう。私の真の伴侶は、そこにいる可憐なマリアベルだ」


 王太子の冷酷な声が広間に響き渡る。


 私の目の前で、腹違いの妹であるマリアベルが、勝ち誇ったような、それでいて怯えた小鳥を演じるような瞳で王太子の腕にすがりついていた。


 周囲の貴族たちの嘲笑と哀れみの視線が、一斉に私に突き刺さる。


(……ああ、やっぱり)


 胸の奥で、カシャリと冷たい音がした。


 悲しみや怒りよりも先に浮かんだのは、ひどく冷めた諦観だった。


 私は昔から、ヴァレンタイン伯爵家の「影」だった。


 金髪碧眼で愛嬌のあるマリアベルとは対照的に、私の髪はくすんだ灰茶色で、瞳も地味な薄暗い緑色。何より、気の利いた会話一つできず、愛想笑いも下手な私は、両親からも「出来損ない」「ただそこにいるだけの置物」と呼ばれていた。 


 だから、こうなることは予想できていたのだ。


 ただ、少しだけ息が詰まる。誰からも必要とされないという事実を、これほど大勢の前で突きつけられることは、予想以上に呼吸を苦しくさせた。


「……承知いたしました。殿下」


 私は深くカーテシーをして、一言だけ返した。


 言い訳も、すがりつくこともしなかった私の態度は、彼らにとっては『可愛げのない女』の象徴に映ったらしい。王太子は忌々しげに舌打ちをし、私はそのまま夜会を後にした。


 翌日、私は実家から追い出されるように辺境の地へと送られた。


 建前は「静養」だが、実態は厄介払いだ。行き先は、国境警備を担う辺境伯、レオンハルト・クロムウェル卿の領地にある古い離宮だった。



   ◆ ◆ ◆



 馬車に揺られること十日。


 辿り着いたクロムウェル辺境伯領は、王都の華やかさとは無縁の、無骨で寂れた、けれど空の広い土地だった。


「歓迎しよう、ヴァレンタイン嬢。だが、ここは王都とは違う。贅沢はさせられないし、君の世話をする余裕もない」


 出迎えたレオンハルト卿は、私の不幸に同情するでもなく、かといって見下すでもなく、ただ淡々と事実だけを述べた。


 黒い髪に鋭い灰色の瞳。歴戦の騎士特有の威圧感があったが、私にとっては、王都の貴族たちのねっとりとした視線よりはるかにマシだった。


「お気遣いなく。雨風をしのげる場所があれば、それだけで十分でございます」


 私が静かに答えると、彼は少しだけ拍子抜けしたように目を瞬かせ、すぐに踵を返した。


 あてがわれたのは、本邸から少し離れた古い石造りの塔の小部屋だった。


 侍女はいない。食事は本邸から運ばれてくるが、それ以外の時間は完全に一人だった。


 王都の人間なら狂ってしまうほどの孤独だろうが、私にとっては、生まれて初めて得た「誰の目も気にしなくていい自由」だった。


 数日後。


 私は塔の探索中に、地下にあるホコリまみれの部屋を見つけた。


 むせ返るようなカビと油の匂い。そこには、錆びついた剣や壊れた鎧に混じって、大量のガラクタが山積みになっていた。


「これは……」


 私は思わず息を呑んだ。


 それは、古い『魔導具』の残骸だった。


 かつて栄えた魔導技術で作られた、自動で動く箒、魔力を光に変えるランプ、そして精巧な歯車が組み込まれた時計の部品。


 私はそっと、手のひらサイズの歪んだ金属の箱を拾い上げた。


 蓋を開けると、中には複雑に絡み合った真鍮の歯車と、小さな水晶が埋め込まれている。おそらく、魔力を音に変換する『オルゴール』だろう。完全に錆びつき、動く気配はない。


 その時、私の指先がわずかに熱を持った。


 私は、微量だが特異な魔力を持っていた。それは『魔力感応』。物に宿る魔力の流れを読み取り、干渉する力だ。


 しかし、攻撃魔法や治癒魔法がもてはやされる王都では、「だから何だ」と一蹴される無用の長物だった。手先が器用だったことも「職人みたいな真似は貴族の恥だ」と母に叱責され、ずっと隠し続けてきた。


 けれど、今は誰も見ていない。


 叱る母も、嘲笑う妹もいない。


 私は箱を抱えたまま、部屋の隅にあった錆びた工具箱を引っ張り出した。


 ピンセット、小さなハンマー、油差し、ヤスリ。


 机の上にオルゴールを置き、息を吐く。


 震える手でピンセットを握り、一番小さな歯車に触れた。


 途端に、私の魔力が金属を伝い、内部の構造が頭の中にふわりと浮かび上がった。


(……ここが、引っかかっている。この歯車の歪みが原因ね)


 時間を忘れた。


 錆を丁寧に削り落とし、歪んだ軸を少しずつ叩いて真っ直ぐにする。


 古い油を拭き取り、新しい油を一滴だけ注ぐ。


 冷たく硬い金属が、私の指先を通して少しずつ温かみを帯びていく。カチリ、カチリと部品が正しい位置に収まるたび、私の胸の奥に空いていた穴が、一つずつ埋まっていくような気がした。


「ふう……」


 気づけば、窓の外は夕闇に染まっていた。


 背中と首が痛むが、不思議と心地よい疲労感だった。


 王都で、無理に笑顔を作り、誰かの機嫌を損ねないように息を潜めていた日々の疲労とは、まったく違う。


 私は魔力を指先に集め、オルゴールの中心にある水晶に触れた。


 ――カチッ。


 小さな音がして、奥の歯車が一つ、回った。

 まだ音は鳴らない。全体を調整するには、もっと時間がかかるだろう。


 それでも、死んでいた機械が再び鼓動を打ち始めたことに、私は思わず頬を緩めた。


 それは、実家を追い出されてから初めて浮かべた、心からの笑顔だった。



   ◆ ◆ ◆



 それからの日々は、飛ぶように過ぎていった。


 私は朝起きるとすぐに地下室へ籠り、オルゴールやその他の壊れた魔導具と向き合った。 


 誰とも話さず、ただ機械の微かな声(歯車の噛み合う音や、魔力の軋み)だけに耳を傾ける時間は、私にとって何よりの救いだった。


 ある夜。


 いつものようにランプの灯り一つで作業に没頭していた時、背後から不意に声がした。 


「……何をしている」


 ビクッと肩を跳ねさせて振り返ると、入り口にレオンハルト卿が立っていた。


 手には燭台を持ち、訝しげに私と、机の上の部品を交互に見ている。


「も、申し訳ありません!」


 私は慌てて立ち上がり、工具を背中に隠した。


「勝手に、このような物を触ってしまって……あの、決して盗もうとしたわけではなく……」


 貴族令嬢が油まみれになってガラクタをいじっているなど、異常だと思われるに決まっている。また「気味が悪い」「役立たず」と蔑まれる。


 私が体をこわばらせていると、彼はゆっくりと近づいてきて、机の上のオルゴールを見下ろした。


「それは……廃棄したはずの魔導星見時計か?」


「え……? あ、はい。おそらく、そうかと」


「直しているのか。君が?」


「……はい。ほんの慰みのつもりで。不快に思われたなら、すぐに片付けます」


 うつむく私に、彼はしばらく沈黙したあと、低い声で言った。


「得意なのか?」


「え?」


「そういう、修理というか、細々としたものを弄る作業が」


「えと、いえ、特に得意という訳でもなく、やったことがある訳でもないのですが、やってみたは楽しくて、駄目でしょうか?」


「いや。それが直れば、領民も喜ぶ。かつて広場の中心にあったものだからな。だが、専門の技師でもさじを投げたものだ。都でもやっていたのか?」


「いいえ。ただ、手先を動かすのが好きなだけです。それに……機械は嘘をつきませんから」


 ポツリと、無意識に本音がこぼれた。


「嘘をつかない?」


「はい。間違った扱いをすれば動かなくなりますし、正しく向き合えば、必ず応えてくれます。人間の心より、ずっと……分かりやすいです」


 しまった、と口を噤んだ。辺境伯相手に、何を感傷的なことを言っているのか。


 だが、レオンハルト卿は嘲笑うこともなく、真剣な瞳で私を見つめた。


「……そうか。ならば、邪魔はしない。ただ、あまり夜更かしはするな。顔に油がついているぞ」


 それだけ言い残して、彼は踵を返した。


 私は慌てて自分の頬をこすった。指先が黒く汚れた。


 鏡を見なくても、自分が今、ひどくみすぼらしい顔をしていることは分かった。けれど、不思議と恥ずかしくはなかった。



   ◆ ◆ ◆



 それから、レオンハルト卿は時折、地下室に顔を出すようになった。


 会話は多くない。「進み具合はどうだ」「この歯車が手強くて」といった、他愛のないやり取り。


 彼は私が油まみれになっても決して顔を顰めなかった。むしろ、私が直した小さな魔導ランプを見て「これは夜警に役立つな」と素直に褒めてくれた。


 褒められることなんて、いつぶりだろう。


 私は少しずつ、彼が来る時間を心待ちにするようになっていた。


 そして、辺境に冬の気配が近づき始めたある日。


 私はついに、星見時計の最後の調整を終えた。


「……できた」


 指先から魔力を流し込む。


 ジジ……というノイズの後、透き通った金属音が響き始めた。


 歯車は滑らかに回り、水晶の文字盤が淡い青色の光を放つ。


「美しいな」


 背後から声がして、私は振り返った。


 いつの間にか立っていたレオンハルト卿が、オルゴールを食い入るように見つめている。


「直せたのだな」


「はい。……あの、よろしければ、これをお受け取りいただけませんか」


「私が? 君が苦労して直したのだろう」


「いいえ。私には、これを直す過程そのものが必要だったのです」


 私は静かに微笑んだ。


 誰の役にも立たないと思っていた私が、自分の力で命を吹き込めた。その事実だけで、十分だった。


「それに、卿には感謝しています。私を急かさず、ただ見守ってくださったこと。私に『居場所』を与えてくださったこと」


 私が頭を下げると、彼は少しだけ目を逸らし、居心地悪そうに首の後ろを掻いた。


「感謝されるようなことはしていない。私はただ、君が楽しそうにしているのを……見るのが悪くなかっただけだ」


「え?」


「……ゴホン。ところで、ルシアン嬢。君のその腕を見込んで、一つ頼みたいことがあるのだが」


 彼は真面目な顔に戻り、言葉を継いだ。


「領の南にある、水質浄化の魔導施設が不調だ。王都から技師を呼んでいるが、到着に時間がかかる。冬が来る前に、一度見てもらえないだろうか。もちろん、危険な真似はさせない」


 頼みたいことがある。


 その言葉が、私の胸の奥深くに響いた。


「私で、お役に立てるでしょうか」


「君にしか頼めない」


 彼の強い視線に、私はゆっくりと頷いた。


「……承知いたしました。やれるだけのことは、やってみます」


 地下室の冷たい空気の中で、時計の音が優しく響き続けている。


 王都にいた頃の私は、他人の目を恐れ、いつも自分を隠して生きていた。


 けれど今は違う。


 私の手には、工具を握りしめてできた小さなマメがある。油の匂いが染み付いている。


 それが、どうしようもなく誇らしかった。


 数日後、実家から「王太子の新しい婚約者となったマリアベルの結婚式に出席しろ」という手紙が届いたが、私はそれを暖炉の火にくべた。


 灰になっていく羊皮紙を見つめながら、私はこれから向かう浄化施設の構造図面を手元に引き寄せた。


 華やかなドレスも、王都の噂話も、もう私には必要ない。


 私には、私を必要としてくれる場所と、私が夢中になれるものがあるのだから。


 暖炉の火が爆ぜる音を聞きながら、私は工具箱を手に取り、部屋を出た。


 扉の向こうでは、不器用だが誠実な辺境伯が、私を待っているはずだ。

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― 新着の感想 ―
短編としてはまだザマァも無く、辺境伯とくっつくでもない、ここで終わってるの、凄く良いと思います 手紙燃やした事で既に精神的には実家の呪縛から自立してるのも判りますし、そこが一番の肝だと思うので充分かと…
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