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インクとチャーハン

作者: 帝国敗残兵
掲載日:2026/04/12

ツンと乾ききっていないインクの匂いがする

こんな場所で嗅ぐ匂いじゃないな

お経の声と木魚の音が遠くで重なっている


お父さんは漫画の編集者だった。

いつもインクの匂いがした。

幼い頃、一回聞いてみたことがあった。

「お父さんはなんでいつもインクの匂いがするの?」

「それはね、担当の漫画家はアナログの人でね。よくベタを塗って手伝っているんだ。」

「アナログってなに?」

「最近はタブレットで漫画が描けるんだ、すごい世の中だよね。」

「じゃあベタは!?すごいやつ!?」

「すごいやつだよ、ベタを塗るとキャラがかっこよく見えるんだよ。」

「そんなすごいの!ベタ!」

「ははは、ベタはそんなすごいやつなんだよ。歩美もすごいやつになりたいか?」

「なりたい!」


畳の上の席に座る


お父さんは優しかった。

いつも日曜日はチャーハンを作ってくれた。

決して美味しいとは言えなかった。

でも食べ飽きなかった。

「お父さん、チャーハンは?」

「ああ、そういえば日曜日だったな。さて作ろうか。」

「うん、お願い。出来たら呼んで。勉強してる。」

「すぐ出来るぞ。」

「それでも。」

ジャーと壁を1枚隔てて聞こえる料理の音を聞きながら英単語帳をめくっていた。


ポーチから数珠を出す


中三の秋には喧嘩もした。

「もっと上の高校にしなくていいのか?」

「いやいい、この学校がいい。」

「お金は心配しなくていいだぞ。父さん頑張るから。」

「だからいいって。」

「父さんはやっぱり上の学校の方がいいと思うんだ。」

「いいって言ってるじゃん!もう決めたから!」

今思えば勝手に喧嘩したつもりだっただけかもしれない。


木魚の音が遠く感じる


高校になると友達と遊びに行って日曜日にお父さんとお昼ご飯を食べることも少なくなっていった。

それでもやっぱり家で食べる日はチャーハンを作ってもらった。

「歩美は飽きないなぁ、チャーハン。」

「別にいいでしょ。」

「いつもどおり素っ気ないなぁ。」


焼香をする


お父さんは夜遅かった。

寝ている姿を見たことがない。

いつも家族の為に働いていたのだろう。

どうしてそんなに働くのか、もう聞けない。


お経が止まる


お父さんは漫画の編集者だった。

死因は過労死だったという。

私は高校に奨学生で入ったからそんなにもう働かなくてもいいのにと思ったこともある。

それだけ漫画が好きだったのかもしれない。

家族の為に稼ぐという目標があったのかもしれない。

でも聞こうにも今はもう遅すぎる。

これからの私の人生もこんな後悔だらけなのかな。

走馬灯ってもしかして後悔の塊かな?

嫌だな、それは。

でもチャーハンは出てきそうだ。


棺に近寄る


お父さんは優しかった。

小学生の頃、みんながクリスマスプレゼントを貰っていて、欲しいと言った事がある。

「私もクリスマスプレゼントが欲しい!」

「もうクリスマスは過ぎたからまた来年な。」

「いーやーだー!今欲しいのっ!」

「はぁ、じゃあサンタさんに頼んで明日届けてもらうことにするよ。」

「わーい!やったっ!プレゼントっ!プレゼントっ!」

翌日私の欲しかったプレゼントが届いた。

そして夜ご飯を食べようとした時冷蔵庫にいつも私の食べるシャケ弁と一緒に買ってあるのり弁がその日から三日間無かったことも覚えてる。


ツンと乾ききっていないインクの匂いがする

後ろから来たおばあちゃんが肩に手を乗せる

とても、とても、温かかった


そして家に黒い服で帰る

いつも暗い家がより暗く見えた

明かりをつけて夜ご飯を食べようと冷蔵庫を開く

そこにはタッパーがあった

スプーンを棚から取り出しひとすくい食べる


無いはずのインクの匂いが香り、


チャーハンが滲んで見えた

カクヨムにもありますが、一部違います。

そちらもどうぞ。


https://kakuyomu.jp/works/822139844872470982

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