9 金額
咽喉の痛みも引いて来た。本当に粘膜が焼けたとか溶けたとかではなさそうなので、俺はおかわりを欲した。
こんな自分が誇り高い。見ろよ、またハンバーガーを食べちゃうんだぜ。
人間界では胃がもたれたり、食い疲れたりしていたのに。
先程と同じ”ウグルのおいしいバーガーショップ”を検索した。おいしいはマジで店名だった。
ページが捲れる。最初に出て来るのは期間限定のバーガーの特集ページなので飛ばす。5段のバーガー、いつか食えるようになったら良いな。と思いつつ。
あまり調子には乗らないように、またシングルバーガーを見る。
腹が少し満たされて、酸によるショック療法も効いたのか、俺はそこで初めて現実的な問題に気付いた。
「……2,500…円?」
俺はカタログを食い入るように見た。
さっき食べたシングルバーガーの下に書かれた金額らしき数字。いや、絶対金額だ。
「…………高くね?え、パティ一個だぜ?チーズバーガー3,200円とかマジで言ってんの?」
アビスが日本円と通貨を同じにしたと言っていたのだから、俺の感覚は間違ってない筈だ。
「異常な物価高。これが魔界……」
ピロン
『ウグルの店が特別高いだけだ。それにカタログには送料も含まれるから、余計に割高になる。と監視者が笑っています』
「何笑っとんねん」
監視者は愉快そうだ。一番高いハンバーガーは10,800だった。高いバーガーショップをわざわざ教えやがったのかとちょっと恨んだ。
俺は検索ページに戻り、検索欄に『ハンバーガー』と入力した。ウグルの店が特別ならば、他の店で相場を確かめようと。
パッと次のページへ捲れた。
ずらりと並ぶ写真達。店の名前か、バーガーの名前か。文字のエフェクトが賑やかに動いている。
俺は固まった。
値段よりもまず目に入った、色とりどりのハンバーガー達の画像に。
青や緑、オレンジなどカラフルなバンズ。これがドーナツだと言うなら、まだ分かる。それでも引いてしまう。俺は日本人だから。
「………このピンクのパティは一体…」
挟まっているピンク肉。ソースは真っ赤でケチャップかと思いたいが、よくわからない。野菜は辛うじてレタスやトマトのような色味は見えるが、赤紫のゲソ?みたいな物やマスタードのような黄色にぶつぶつが混ざった何かが目立つ。これは何なの。本当に食い物か。
これはもう人間なら誰でも引く。
ピロン
『その辺りが魔界の食材を使ったものだ。安価だが、味がな……と監視者がエッグバーガーを食べながら言い淀んでいます』
「安価……?安価つっても、一番安いヤツで1,200円するんだけど………送料っていくらなん」
『送料はショップによる。大体5~8割増すと思えば良い。と監視者がワインを飲みながら言っています』
「……てことは、このバーガーは定価800円くらい?めちゃくちゃ高いって訳でもないのか。いやでも、流石にこれは食えない…でも毎回2,500円の食費は痛い。ウグルの店が特別高いって言ってたよな?もっと安くて、俺でも食えるメシってある?」
『値段を気にしているのなら、ない。と監視者は言っています』
「え」
『ウグルの店が特別高いのは人間界の食材を使っているからだ。野菜類は特に高い。魔界じゃ最高級品の扱いだ。と監視者がポテトを揺らしています』
「……最高級品?人間界の物は流通してんだろ?」
『流通はしている。ただ数は多くない。何故なら、人間界の植物は繊細だからだ。そして魔人達は良く言えば大らか、悪く言えば雑なんだ。だから上手く育てられる奴が少ない。と監視者が悲しそうにポテトを食べています』
俺は今になって、未来が重く圧し掛かって来た。実感を得たと言うべきか。
ここは人間界ではなく魔界で。魔界は人間界じゃない。そんな当たり前の事。
そして俺はイチから牧場をする。アビスはゲームのようにやれと言ったし、実際、この監視者やカタログを見る限り、魔法だか魔力だかはかなり有用性が高く便利なようだ。
だけど、ゲームだって働かないと金は減る。
そして、ゲームと違って食わないと俺は死ぬ。
アシッドキウイを一口飲んで死にかけた俺が、魔界の植物を食って生きていけるのか?
「……監視者様」
ピロン
『なんだ?と監視者が首を傾げています』
「俺は、俺に馴染みのある植物だけを育てたいです」
『そうするとばかり思っていた。と言うか、こちらとしてもそれを期待して牧場を委ねたんだ。と監視者は逆側に首を傾げています』
「あ、さいですか…」
結構な決意のつもりだったが、肩透かしを食らった。まあいいや。
「でもまずは、自分の食い扶持を自分で作れるようにならないと牧場なんてデカイ事言えねぇ。まずは畑で、野菜を作る。出来たら米、もしくは小麦も欲しいけど……」
カタログの検索欄を消して、”農具”と入れた。まずは荒れた土地を整地して、畑を作らなければ。
ページが捲れる。バーガーショップに比べると随分と簡素な表示だ。
だけど俺の目玉は飛び出しそうになった。
「カ、カマが50,000…!?日本だったら2000円くらいだぞ!何なら1000円で釣り来る物もあったと思うぞ!」
送料が含まれているとしても高過ぎだろう。他も似たような価格帯で目が死んだ。
ピロン
『農具は買う人も少ないし、作り手も少ない。だが、人間界の物とは違い、一個買えばそれをアップグレードする事が可能だ。ほぼ買い替えは要らないだろう。だから、一個一個が高額商品になる。と監視者が言っています』
「……ああ、成程。魔法ね。買い替えなしで50,000なら、我慢出来る…。でも一気に買うのは難しいな」
言われてみれば、どの農具も日本で見ていた物とは違う。綺麗な青一色の物があったり、刃の部分に何やらうにょうにょと文字が書かれいてる物もある。ゲームで言う所の付与魔法とか、そういう技術も込みでの値段なのだろう。
日本の知識は当てにならないし、相場など予測も出来ない。
「つか、俺って今いくら持ってんだっけ。アレ、こんけつなんたら台帳?ってヤツに書いてんだよな…見たいんだけど」
呟いたと言うより、頭によぎった瞬間目の前に銅色の紙が現れた。急な事でビビったが、すぐ気を取り直す。
指で掴み、引き寄せる。
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所持金 9,730,856
─────
アビスから見せて貰った時、確かに10,000,000あった。それが一桁減ったように見えて背筋がゾッとした。
「か、監視者様!購入履歴ってか、使った金の詳細ってか、そういうのどうやって見るんですか!?見れますよね!?」
俺は焦った。
ピロン
『急な大声に驚きながら、魂結登録台帳の下に出てくると思うが。と監視者が言っています』
「下?」
パッと紙を見下ろす。すると文字が浮かんできた。
─────
風邪薬 12,000
ベッドフレーム 108,000
掛布団 198,000
(他、寝具・照明類一式)
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バーガー(単品) 2,500
チーズバーガー(単品) 3,200
ポテト(単品M) 1,200
赤葡萄スカッシュ 750
シェイク 450
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「総額は出ないか……つか、昨日の俺はなんで高いもんばっか買ってんだ。いや、必要なのは分かるんだけど……」
ライトはブラックムーン対応と言う、特別仕様の物を選んだから仕方ないとしても、寝具類の値段が高過ぎた。掛布団、絶対もっと安くて良かった。
俺は後悔しつつ懸命に指で数字を足していく。駄目だ、俺はそんなに数字に強くない。
ピロン
『482,700円だと監視者が言っています』
「お、ありがと!…………ん?でもなんか計算合わない気がする」
10,000,000と3,000円ちょっとしかなかった筈だ。480,000使っていたのなら、9,500,000くらいになる筈なのに、残高と誤差が200,000くらいある。
ピロン
『昨日処分したお前の私物分から取れた資産と、貯蓄分を加えておいた。と、創造主が割り込みました』
「え?創造主?」
突然、名前が変わった事に驚いているとウィンドウが『お前は出て来るな!と監視者が創造主を怒っています』『昨日言い忘れていた事を伝えただけだ。ちょっとくらい良いだろ。と創造主が監視者を宥めようとしています』『違反したとして創造主にはペナルティが与えられます』『創造主が逃げて行きました。監視者が追いかけています』と慌ただしく切り替わり、そして消えた。
「………あー…つまり、今のアビスか…」
確かになけなしの貯金が180,000程あった気がする。それと何やら下取り処分のような事で、プラス20,000ほど増額していたのか。
「改めて考えると……助かるな、この金…」
10,000,000の大金。これがなければもう文無しだった訳だ。
何やらペナルティを受ける事になったらしいアビスの身を案じつつ、改めて感謝する。と、同時にやっぱ一億欲しかったなと本音も浮かんだりもした。
しかし、ないものねだりは時間の無駄だ。
残りの金がなくなったら、結局人生詰みだ。
人間界よりは確かに息がしやすいこの場所で、牧場をやる為に俺は今一度腹を括らなければ。
「……農具は少しずつ集めるとして、とりあえず俺が食える分だけの食糧を早急に作る」
静かになった部屋の中で、俺はカタログと向き合った。計算しつつ当面の生活に必要な物を選んでいく。
食えそうなら魔界の物も食べるつもりだ。とにかく、節約。
真剣に考えながら、喉を潤すつもりでうっかりシェイクを飲んだ。
本日二度目の咳き込みに涙を滲ませながらも、俺はカタログから目を離さなかった。




