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8 初食事

目が覚めた時、一瞬ここがどこなのか分からなかった。

見慣れない天井。ふかふかで真新しい布団。優しい木の匂いに、窓から差し込む淡くも眩い陽光。


ゆっくりと身を起こす。

カーテンがないから差し込み放題の太陽が眩しかった。


ただ、いつもよりは寝起きが良い気がした。体の怠さがマシだ。


寝具とスタンドライト以外、何もない部屋。


「…………みず…」


ぺたりと床を踏みしめる足は、裸足だった。靴下は布団の中で脱いでしまったのだろう。

ひんやりとした木の感触に徐々に昨日の事を思い出して来た。


ピロン

『やっと起きたか。もう昼を過ぎているぞ。と監視者が呆れています』


「あー……すんません、俺基本朝起きれないんで…。昨日は特に疲れてたし……。監視者様はちゃんと寝れましたか」


まだボーッとしつつ、取り合えずふらふらと部屋を出た。ついてくるウィンドウに『監視者が気遣いに感動しています』と書いてある。神様の筈なのに、感動のハードルがやけに低いのは気のせいだろうか。


寝室を出てすぐ、リビングの奥まった場所にキッチンがあった。

蛇口は思ったより近代的な物で、ハンドルを左右に動かせばお湯と水を切り替えられるように見える。

ハンドルを持ち上げると、難なく水が出て来た。


「…………監視者様、この水ってどっから…?」


ピロン

『魔力水導管を通し、地下水を組み上げている。その蛇口は浄水と加熱の魔法が取り付けられている物だ。腹を壊すような事はない。安心して飲め。と監視者が言っています』


俺はホッとした。浄水されてるなら安心だ。

しかし、そもそも飲む道具がなかった。


そうか、食器も揃えないといけないのか。


仕方なく手を器にして水を飲む。


「…………え、……うっま…」


なんだこれは。水に舌ざわりや喉ごしなんかが存在していたのか。

もう一度飲む。ごくごく飲む。


美味すぎた。


清らかさと言うものを味にするなら、まさにこの水の事だと思った。


夢中で水を飲む俺の後ろでピロンと音が聞こえた。口を拭い、ウィンドウを見ると『水にそんなにがっつくとは……と監視者が悲劇に満ちた目で見詰めています』と書いてあった。くそ。確かに。


「昨日から何も食ってねぇし。腹減ってるんですよ」


苦し紛れではあるが、事実でもある言い訳をする。


そういえば、長時間空腹だと貧血を起こすのだが、今日はまだないな。────本当に、ここが体に合っているからなのだろうか。


ぼんやりと考えていると、ピロンと音が鳴る。


『そうか。では、まずは腹ごしらえだな。カタログにデリバリーもある。私のおすすめは、ウグルのおいしいバーガーショップだ!と監視者が拳を上げています』


「ああ、そうか。カタログ。便利だな、マジで。………タオルも買わねぇと」


濡れた手を振って軽く水を飛ばし、残りは仕方なく裾で拭った。

昨夜座り込んでいた玄関土間の近くの床にカタログはあった。薬の箱も。

昨夜と同じように座り込んで、カタログを足に乗せて開く。


「えーっと…ウグルの……」


おいしいは本当に店の名前に入っているのか?また翻訳のガバか?


「…バーガーショップ…」


おいしいは飛ばして検索欄に入力する。

捲られたページにハンバーガーがずらりと並んだ。どことなくアメリカンなポップさで、バーガーも日本では見た事ない5段や10段に重なっている物ばかりだった。パラパラとメニューを捲る。

ああ、シングルバーガーもちゃんとあった。


「………思ったより、普通のハンバーガーだな」


ピロン

『普通のハンバーガーとは?何を想像していた。と監視者が首を傾げています』


「魔界の飯って、もっとおどろおどろしいモンとか、変わった色の材料使ってんだと思ってて」


『ああ、そういう物もあるぞ。シェイクを見てみろ、アシッドキウイだ。人間界にはない果物だろう。と監視者がページを捲るように催促しています』


言われるままにサイドメニューのページを開く。シェイクには、確かにアシッドキウイと書いてある。色は…マゼンタに近い。しかもシェイクなのに薄ら泡立って見える。


「………アシッドって、硫酸…?」


まさか、魔人は酸すら飲むのか。食生活の違いにビビる。殆ど人間の俺が牧場をやれるのだろうか。


ピロン

『硫酸?ああ、翻訳でそう聞こえたのか。硫酸ではない。アシッドキウイは酸味がかなり強いが、ただのキウイだ。醸造すると炭酸ガスが発生する。なかなか美味いぞ。と監視者が言っています』


「俺の知ってるキウイではないが、無害なフルーツってのは分かった。良かった。酸が入った果物育てろとか言われたら無理だし」


言いながら、アシッドキウイのシェイクを注文してみた。興味はある。どのくらい酸っぱいのか。

王道フレーバーとしてバニラ・チョコ・マッチャが並んでいた事に遅れて気付いた。


「……マッチャは、ガバか?」


ピロン

『マッチャは抹茶だ。日本の茶の一種だったな。馴染みがあるか?魔界でも人気があるぞ。と監視者がハンバーガーを頼みながら言っています』


「………マジで日本の物も流通してんだ。あ、でも、そうか。バーガーに挟まってんのは大体見覚えあるやつばっかだ」


バンズにパティ、レタス、トマト、玉ねぎ……と普通だ。


ピロン

『魔界特有の作物の方が多いが、人間界の物が安全で味も良い。あそこの神達は人間達に厳しい節制を強いてはいるが、食べ物は良い物を与えているな。と監視者が悔しげに呟いています』


「………なに、人間界の神と仲悪いの」


つか、人間界にも神は居たのか。最早疑う方が馬鹿馬鹿しい。


『悪くはない。良くもないだけだ。と監視者は鼻を鳴らしています』


「神様にもなんか色々あるんだな。まあ、良いや。何にしても、人間界の食い物が多いのは俺にはすげぇ朗報」


ならば気にせずに、気になったバーガーを選ぼう。


「こんなもんかな」


最後にサラダを押し、注文を終了。薬やベッドのようにすぐに到着するのかと思ったが、そうではないらしい。


「食い物は時間がかかるのか」


ピロン

『注文が入ってから作るからな。と監視者も頷いてます』


「そりゃそうか。じゃあ、待ってる間に家具でも探すか」


必要な物は何だろうか。カーテン、タオル、食器、それに風呂用品と服。欲しい物はたくさんあるが、とりあえず検索欄を空にして、パラパラとカタログを捲ってみた。


検索欄に何も入れないと、各ショップのおすすめ品や新商品などの広告が大半を占めていた。思った以上に、日本の物と大差ない気がする。


なんせ、普通に冷蔵庫や洗濯機などの家電商品も豊富だから。


このカタログは危険だ。延々と見ていられる。


その内、パッと荷物が届いた。ショップロゴの入った紙袋。床にしっかりと着地したそれを掴んで、カタログを閉じた。

紙袋から中身を取り出す。シングルのハンバーガーとチーズハンバーガー、ポテト、サラダ、赤葡萄のスカッシュ、アシッドキウイのシェイク。


ピロン

『それだけか!?と監視者があまりの少なさに震えています』


「俺としては結構欲張った方なんですけど。バーガー2個だし」


『哀れなり!と監視者がおいおい泣いてます』


「人のメシを見て泣くのはやめて頂きたい」


何なんだ、このウィンドウ。神なのか怪しくなってくる。もう放置してハンバーガーの包み紙を開いた。こんがりと焼かれたバンズと厚めのパティ。トマトとレタス。マヨネーズっぽい白いソース。

見た目は普通のシンプルなハンバーガー。少しばかり日本の物より大きい。


ばくりと一口。口はデカい方なので半分ほどなくなった。


俺は震えた。脳天を貫く衝撃に。


「う………っま!!」


カリッとした焼き目の歯応え。ほんのりと甘いバンズ。サワークリームっぽいが違う、何とも言えない風味のソース。少し硬いが肉汁が滴るパティ。更に瑞々しい新鮮な野菜が舌を洗っていく。


二口で食べ終わり、チーズハンバーガーの包みを開けて齧り付く。チーズの色は白いが味はよく知る黄色のチェダーチーズを更に濃厚にした感じだ。あれって着色してんだったか。


ポテトも食べる。じゃがいもの旨みが爆発してる。赤葡萄のスカッシュも果汁120%かと言うくらい濃くて美味い。


「……泣きそう…」


信じられない。こんなに美味いなんて。人間界でも美味いと思ってたが、魔界のハンバーガーの方が軍配が上がる。

あっという間になくなった。どうしよう、全然まだ食えそうだ。

デザートとして残していたアシッドキウイのシェイクを手に取りつつ、カタログも手繰り寄せる。


ズ……とストローを吸った直後、俺は咽せた。喉を押さえ、止まらぬ咳に蹲る。


ピロン

『どうした!?見ていない間に何があった!?と監視者がハンバーガーを片手に焦っています』


「……おごッ…おお゛…ノドが、焼げる……!」


酸っぱいなんてもんじゃない。口の中、舌、食道が熱い、更に炭酸で痛い。粘度が高いのか、一口しか啜っていないのに苦痛が続く。

俺は嗚咽しそうな程に咳き込んだ。


アシッドと翻訳されたのは、もしかしてガバじゃないのか。硫酸ではないが、酸にほぼ近いとか。だから世界か脳か知らんが、俺が知ってる中で最も近い単語の”アシッド”で表したんじゃ─────思考ばかりが忙しい。


握り締めたままのシェイクを睨んだ。アシッドキウイの鮮やかなマゼンタ色が毒に見えてきた。こぽりと湧く小さな気泡がせせら笑っているようだ。



ピロン

『お前の弱さを甘く見ていた……と監視者が深く反省しています』



そういうの良いから水をくれ。と、咳で疲れ切ってしまった俺は言い返す事も出来ない。


─────監視者も、翻訳も、鵜呑みすんのはやめよ…


心に強く誓いつつ、俺は余ったシェイクをそっと遠ざけ、カタログを開き直した。


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