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7 ブラックムーン

違和感で意識が浮上する。


寒い。硬い。痛い。


重い瞼を開く。目の前は青一色だった。


「………え、…なん…」


呟いた瞬間、ゴホッと咳が出た。



俺は飛び起きた。



ピロン

『監視者が驚いています』


青い視界はウィンドウが顔の前にあったからか。それ以外は真っ暗だ。夜になったのか。窓があった場所すら見えない暗闇。

不安はある。だが、俺にはもっと重要な事がある。


「……やばい、ウィンドウ」


ピロン

『ウィンドウではない監視者様と呼べ』


「監視者様」


『うむ、どうした?と監視者が首を傾げています』


「風邪の匂いがする」


『…………風の匂い…?と監視者は困惑しています』


「風邪!病気の!床で寝たから体が冷えたんだ。これはまずい兆候だ。俺は風邪を引くと4日は熱を出す。悪化すれば肺炎だ。やばい」


『…………』


沈黙はわざわざウィンドウに出さなくて良いんじゃないか。と思ったが、言ってる場合ではない。

真っ暗な部屋の中、俺は床を探った。明かりになる物を探そうと。


そして気付く。


「スマホ……しまった、処分されたか」


アビスは仏壇以外の物を処分すると言っていた。スマホはアビスを部屋に入れた時、テーブルに置いたんだ。


それだけじゃない。


「あ、服もねぇのか…いや、何もねぇのか」


がらんとした部屋の中。暗闇はどこまでも続いているように見える。


ピロン


ウィンドウだけが、唯一の光源だ。


『スマホは魔界に存在しない物のひとつだ。諦めろ。と監視者が言っています』


温かみは一切ない冷たい青だ。

アビスは使っていたのに。ずるくないか。


ピロン

『服や家具はカタログを使え。と監視者がカタログを指差しています』


ウィンドウの端から手のアイコンが出て来て、確かに床を指差していた。どういう仕組みなんだ、それ。


兎も角、床に置いていたカタログをあぐらをかいた足に引っ張り上げる。そこそこ重い。

寒気が増してくる。俺は肩を抱くように摩った。


ピロン

『1ページ目に検索機能が付いている。そこに欲しい物を入力しろ、と監視者が言っています』


本に検索機能とはこれ如何に。と開いたら、まるでネットの検索ページのように長い入力欄があった。インクで書いたような横長の四角。その下には入力キーも書いてある。



日本語で。



「………これ、何で日本語なんだ?魔界って日本語?」


そう言えば、言葉も普通に通じている。


ピロン

『魔界言語は自動翻訳だ。簡単に言えば脳が勝手に翻訳する。だから魔界では言語の壁はない。便利だろう。と監視者は鼻高々です』


「自動翻訳…は、便利過ぎんだろ。この世界は国語や英語みたいな勉強はないって事?」


『読み書きは勉強せねば身に付かん。勉学においては人間の方が勤勉だな。魔人達はあまり勉強が好きではない。由々しき事態だが、魔界がそもそもそういうものだからな。と監視者は溜息を吐いています』


「なんか、微妙に日本語が変なのも、翻訳のせい?アビスが花の名前を、陽の当たるなんちゃら〜って言ってたやつとか…」


『翻訳はそれぞれ会得しているボキャブラリーから自動で選出される。聞き慣れない、聞き取れない言語は最も近しいものが選ばれる。多少不自然になるが、問題になった事はない。今のも陽の当たる幽玄の話だろう。伝わっている。と監視者は頷いています』


「……あ、ソウデスカ」


理屈は分からない(まあ、魔法的なものなのだろう)が、兎角言葉は通じるようだ。もういちいち日本語だとか気にするのもやめよう。


ここに今までの常識は通じないから。


それより今は這い寄ってくる風邪の気配をどうにかせねばならない。

検索欄に俺は入力した。



─────風邪薬、と。



ピロン

『初めての買物が薬とは……監視者が涙を滲ませています』


「風邪ですら俺には死活問題なので」


端を潤ませているウィンドウは無視して、下に現れたOKとcancelのボタンのOKを押す。

するとページが勝手に捲られた。


多種多様な風邪薬が均等に表示されている。


「すげぇ、マジで便利過ぎる…魔界あまぞん……」


薬は箱から瓶、錠剤から液体まで何でもあった。しかし、見覚えもなければ、レビューなどもないので、いちいち商品ページ(並んでいる写真を押すと勝手に該当ページまで捲られる)を見なければいけない。


日本で見たことのある成分名もあるが、やはり全く知らない成分の方が多い。


「………監視者様のお勧めとかあります?」


頼るべきはサポートだろう。


ピロン

『風邪薬など飲んだ事ない!と監視者が胸を張っています』


役に立たないかもしれない。


ピロン

『しかしアマクズが風邪の初期症状に効くと知っている。アマクズが使われている風邪薬を選ぶといい。と監視者が指を差しています』


ウィンドウの端から伸びて来た手のアイコンが、ひとつの風邪薬を指差す。

少し濁った液状の薬だ。

何となく抵抗感はあったが、ウィンドウを信じる事にし、頷く。


「で、これどう頼めば?」


ピロン

『該当商品を長押しし、数量を入力。購入を押せば注文終了だ。と監視者がカタログ片手に説明しています』


見えないんだけどな、監視者の行動自体は。しかし有難い。言われた手順通りに進み、購入ボタンを押してみた。


よくよく考えたら、そんなすぐに届くのだろうか。勝手にすぐに届くと決め付けていたが。


そんな思考する間に、パッと目の前が光り、箱が現れた。地面に落ちるが柔らかい落下だ。カシャンと中の音がした。


「はえー…」


ピロン

『何個頼んだのだと監視者が箱をしげしげと眺めています』


「え、念の為に1ケース……8本入りだったんで」


俺は取り敢えず箱を開けた。写真通りだが、思ったよりでかいフラスコ型の瓶だった。丸いやつ。

一本取り出し、首に針金で止められたタグを見る。風邪薬とオシャレな字で書かれていた。


用法容量については何の記載もない。


「………これ一本丸々飲むのか?」


ピロン

『そうだ、飲み干せ。そしてベッドを買え。着替えもいるな。と監視者がカタログを捲っています』


「量多いな……まあ、漢方も似たようなもんか」


ウィンドウがそう言うならそうなのだろう。コルクの蓋を取り、口に近付けた。匂いは嗅がないようにする。大体の薬が飲む気が失せる匂いをしているから。


味も意識しないよう、なるべく舌に触れないようにして一気にあおり飲む。


しかし少し粘度があるせいで一気飲みは叶わなかった。数回に分けて飲み干し、空になった瓶を眺めつつ口を拭う。


「………エナドリの味…」


あの何とも言い難い甘ったるさ香るケミカル臭。癖はあるものの、それほど飲みにくさは感じなかった。


ピロン

『ぼやぼやするな!また床で寝る前にベッドを買え!と監視者が急かしています』


「あ、はい、サーセン」


空き瓶を床に置き、カタログの検索欄にベッドを入力した。再びページが捲られる。

シングルからキングサイズまで大量に並ぶベッド。薬よりもページ数が多い。

パッと目についたシンプルな縦格子のヘッドボードのベッドフレーム。アッシュウッドと言う木材をメインで扱うインテリアショップの物のようだ。


淡く灰色がかった茶色は日本ではなかなか見ない気がした。ショップを開き、マットレス、敷布団、掛布団、枕をまとめて頼んだ。全部落ち着いたアッシュカラーだったので気に入った。


すぐに検索ページに戻り、今度は照明を検索しようとして、ふと気付いた。


大型の家具も、そのまま届くのか。と。

そんな俺の気持ちに応えるかに、目の前がパッと光った。


先程選んだベッドフレーム達が頭の中に浮かぶ。こんな玄関入ってすぐの場所にベッドを置く羽目になるのかと絶望した。


しかし、落ちて来たのは枕だけだった。

後はシールだった。選んだ商品の写真で作られたらしきシール。


「………え、詐欺?」


以前、フリマでゲーム機を買ったセフレが、写真が届いたと怒り狂っていた事を思い出す。


ピロン

『それは座標を固定するアンカーシールだ。シールを持つと、家具のサイズに合わせたガイドラインが現れる。ガイドを配置したい場所に合わせて貼れば、そこに商品が届く。と監視者は言っています』


「アンカーシール……試したいけど、まず照明買わねぇと。何も見えないから動けねぇし」


『今日はブラックムーンだ。照明もそれほど役には立たんぞ。と監視者が言っています』


「ブラックムーン?」


『名の通りに黒い月だ。ブラックムーンの月光は灯りを飲み込む。暗いのが苦手なら、ブラックムーン対策用のライトを買っておけ。多少値は張るが、どの月の日も使えるから損はしないだろう。と監視者が自前のライトを振っています』


「成程。ブラックムーン対策用、ライト、と…」


検索欄にトストスと紙を叩いて入力。


ピロン

『監視者が素直さに感心しています』


「いや何も分かんないだけだから、感心される事じゃねぇよ…」


妙に気恥ずかしい。

目を逸らすように出て来たライト群を眺めた。手持ち用や屋内外の照明と豊富だ。値段は手持ちの小さいやつで2万する。確かにライトにしては高い。


取り敢えず2万の手持ちライトをひとつ、そして寝室に置ける間接照明を探す。持ち運べる物が良い。


カタログに集中している横で、再びピロンとウィンドウの音がした。


『しかしブラックムーンの予報は出てなかった。世界がお前を歓迎しているのかもしれないな、アビスの息子。と監視者があなたを見詰めています』


「え?」


『実は魔神の子が産まれる時も月は必ず黒くなる。偶々今日、よそで魔神の子が産まれている訳ではなければ、このブラックムーンはお前の為に黒くなったのだろう。と監視者がしみじみと言っています』


「……魔神の子って割といるの?つか、魔神は三柱って言ってなかった?3人じゃねぇの?」


『よく聞いていたな!そうだ、魔神は3人だ。アビス、私、そしてもう1人女神がいる。子供は魔界に19人。お前は20人目になるが……神の子と言うには弱過ぎるな…と監視者が同情しています』


「俺は神の子除外で。つか、単純計算で1人6人は子供がいんじゃん………もしかして腹違いの兄弟がいたりする…?」


いたから何だ、とも思うが、気にはなった。


ピロン

『5人がアビスの子供だ。6人私の子が居て、女神の子が8人いる。と監視者が言っています』


「……5人か。一番少ないのは意外。兄弟を見分ける方法ある?万が一会った時の為に」


『見たら分かる。神の子は魔界では上位存在として、それぞれ国や領地を治めているから、そうそう会うことはないだろう。真面目にやってる奴は少ないが。『魔貴族』を名乗っている奴がいたら、それは神の子の家系だ。と監視者が言っています』


「…………まきぞく?魔神の貴族、的な?身分あんだ、魔界って」


ますます神の子から除外して貰いたい。俺はカタログに顔を戻し、ひとつの間接照明を選んだ。

背が高めのスタンドライト。


間をおかずに到着した2種のライト。カタログを脇に置き、シールと枕。そしてライトを握って立ち上がる。


ピロン

『神の子だけが特別だ。後は単に金持ちか貧乏か、役職があるかないか、功績があるかないか。その程度の違いで、身分らしい身分はない。と監視者が言っています』


「ああ、じゃあ日本とそう変わんないかな」


手持ちライトのスイッチを入れた。足元を照らす光に、俺は少しホッとした。やはり光があると安心する。


箱に入ってなかったスタンドライトを握り、枕は脇に挟んで、シールはポケットに。辺りを照らしつつ歩き出す。


ピロン

『寝室はリビングの左だ。こっちだ。と監視者が手招いています」


ウィンドウが先に向かい、目印になってくれている。だが青い光は少し離れるだけで見えなくなるので、本当にこの暗闇は特殊なものなのだと分かった。


ライトがなければ青い光を見つける事もできなかっただろう。


待機しているウィンドウ横にはドアがあった。開くとリビングよりは狭い部屋。確かに寝室っぽい。よく見えないが。


中央にスタンドライトを置き、プラグコードを探す。


「あれ、コードがない。電池式?」


ライトで照らしながら、長い支柱部分を触る。石のような物が嵌っている事に気付く。トランプのダイヤの形の石だ。触れたらランプが点いた。


ピロン

『魔界の家電製品は全て魔力チャージ式だ。新品は店でチャージして送ってくれるが、後々は全て自分でチャージしなければならない。……ライトのチャージが切れる頃には、お前の魔力も戻っている筈だ。と監視者が自信なさげに言っています』


「魔力、とか、言われても」


俺にも自信はない。体力もないのに魔力なんてあるのだろうか。


「まあ、今考えても仕方ねぇし、取り敢えずベッド作るよ」


ライトのおかげで部屋の全体像は薄らと分かる。俺はベッドフレームのシールを持つ。淡い緑色の光が足元に落ちた。


これがガイドラインか。

シールを左右上下に動かせば、向きも変えられるようだ。


「……おお、マジでゲーム…楽ちんじゃん…」


ここに来て一番感動しているかもしれない。


俺は部屋の隅の床にシールを貼った。緑色の光が強くなり、パッとベッドフレームの本物が現れた。


あまりにも良い。模様替えとかも楽そうだ。


ベッドフレームに合わせてマットレス、敷布団、掛布団もシールを貼っていく。

あっという間にベッドが出来上がった。


しかもふかふかだ。

アパートで使っていた布団は買い替える余裕もなく、かなり薄くなっていたから、厚手のしっかりしたベッドに感動さえ覚える。


ヘッドボードは手持ちライトが丁度乗る程度の幅しかないが、十分だ。


俺は床に置いていた枕を掴み、上着だけ脱ぐと布団に潜り込んだ。


ピロン

『着替えなくて良いのかと監視者が心配しています』


「ん、今日はもう良いです。薬飲んだし、寝ます。ありがとうございました」


そもそもコンビニに行くだけだったので、ロンTにスウェットパンツと、寝巻きにしても問題ない格好だったのだ。


もぞもぞと布団の中で体勢を変える。


ピロン

『そうか。ではまた明日。と監視者も就寝の準備を始めました』


ああ、神様も寝るんだな。とか、ずっと付き合ってくれていたんだな。とか、ぼんやりと思った。


「はい、また明日。おやすみなさい」


その後、返事があったかは分からない。

さっきの薬のおかげなのか、布団のおかげなのか、喉の痛みも寒気もなく、俺はやっと心地の良い睡眠へと入れた。




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