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6 仏壇

アビスが悪魔のような羽根を6枚揺らして降りてきた。砂が少し巻き上がるが、アビスの黒いズボンの裾が汚れる事はなかった。


「親父が神様だなんて自慢したい所だろうが、お前は人間とのハーフだし言わない方が良いぞ」


俺の動揺や困惑なんて無視して、ハッハッハと軽く笑いながら肩を叩いてきた。


「言うワケねぇだろ。俺は神の子ですなんて頭おかしい奴しか言わねぇんだよ」


ほぼ反射で否定する。

アビスは目を丸くした後、感心したように整えられた顎髭を撫でながら俺を見下ろしてきた。姿は変わったが、中身は先程と全く変わらないようで、若干角が気になるものの、密やかに体から緊張が抜けていく。


「うーん、やっぱ日本人の子供だからか。奥ゆかしいと言うか、卑屈と言うか」


「卑屈は悪口だろ……」


ピロン

『素晴らしい心構えだ!と監視者が非常に感動しています』


「どこが?魔界では神の子って言い振らすのが普通なん???」


ウィンドウが震えている。何故か涙を拭っているように感じる。


ピロン

『息子に免じてペナルティは免除してやろうと監視者が頷いています』


「お、ラッキー」


男は嬉しそうに笑った。


「そういや…ペナルティって何だったの」


「ああ、何。ボコボコにされるだけだ」


「ボッ………世界規模で通貨を弄った代償が、ボコボコにされるだけなら安いもんなのか…?」


通貨を弄るとか作り変えるとか、正直、本当の意味など理解していない。実感もない。アビスは魔界の住人達は『気付きもしない』と言った。そういうものなのか。ここにいるのは話が通じるようで通じないアビスとウィンドウしかいないから、もう聞くのも面倒で、無意識に本筋から逸れてしまう。


「いやァ、もう一人は兎も角、こいつは強いから結構ダメージ食らうんだよ。だから助かったぞ」


「いや、軽……」


実感が湧かない一因に、この男の軽さもあるだろう。呆れつつ、俺は思わず落としていた三千円の紙幣を拾い上げる。そして、不意に思い出す。


「そういや、俺の家ってどうなんの?」


「どうってのはどういう意味だ」


「いや、だから、俺のアパート。賃貸だし、退去すんなら色々手続きとかいるだろ。家具とかも全部そのままだし……他のは良いけど、仏壇だけは流石に持って来たいって言うか」


「ああ、成程。契約云々についてはどうしようもねぇが、物を移動させる事は出来るぞ。此処じゃなんだし、一度中に戻ろう」


アビスが翼を畳むと、最初からなかったかのように消えた。更に歩きながら黒い光が彼に巻き付き、頭から抜ける時には元のライダースサンタの姿に戻っていた。

もう突っ込むまい。さっきのが正体で、こっちが仮の姿とかそういう事なのだろうし。

無言で後ろからついて行く。ウッドデッキも新品だ。軋む足音も妙な撓みもない。

壁にそって広いデッキが続き、更に家の左側に曲がっている。L字になっているのだろうか。


ドアが開いた音で、左に向けていた視線を戻した。

アビスは既に中に入っている。俺も続こうとして、一歩踏み込んだ所で足を止めた。


「待った」


アビスが振り返る。

玄関ドアからリビングだろう広い部屋が見えた。左側にドアが2個見える。奥まった場所にキッチンらしきスペースも。

カーテンも何もない。明るい陽射しが差し込むだだっ広い部屋の中には、新しい木の匂いが漂っていた。


間取りや匂いなんてのは、もちろん問題じゃない。


俺は絞り出すように言った。



「土足は無理」



そう、アビスは靴のまま、床を汚しつつ奥に入って行ったのだ。

俺の呟きにアビスは目を点にしていたが、その内、自分の足元を見て「成程」と言って指を鳴らした。

また色とりどりな色を内包する黒い光が弾けた。


一瞬で、玄関土間(たたき)が出来上がり、ちゃんと上がり(かまち)もあって、床も綺麗になっている。

アビスは再び翼を生やし(サンタ状態でも翼は生やせるらしい)少し浮いた状態で戻って来て、玄関土間に降り立った。翼は消えた。便利過ぎるだろ。


「いやァ、日本人らしい感性してんな」


笑いながらアビスは靴を脱いだ。俺もホッとして靴を脱ぎつつ聞いた。


「魔界じゃ土足が普通なのか?」


元々魔界と言うと海外っぽいイメージがある。だとしたら、この玄関土間がある形は不自然なのだろうかとちょっと心配になった。まあ、人を招く予定などないけれど。

アビスの足音が先を行く。遅れて踏みしめた床は艶やかで硬い。


「どちらもある。好みの問題だ」


「あんのかい」


「さっきも言っただろ。人間界の文化や文明も入ってくる、と言うか、俺達が入れたんだが」


ピロン

『入れたら後は魔界の住人達が勝手にあれこれと普及させる。住人達はそれが人間界からの物とは知らない。我々も特に言及しない。ライガも言わない方が良い。と監視者が言っています』


出て来たウィンドウを見て、ふと疑問が湧いた。


「……人間のハーフってのも言わない方が良いって事?」


「そうだ。今でこそ滅多にないが、まだ境界が曖昧な頃、極稀に迷い込む人間がいた。魔界は人間には合わない。そうでなくても魔界の住人に比べて人間は弱過ぎる。魔物に殺されたり、見世物にされたり、オモチャにされたりと。まあ、碌な終わりは迎えてねぇな」


「………それ、人間悪くなくね?」


「魔界は人間界より摂理が緩い分、享楽的な奴が多い。そしてそれを許す世界になっている。善悪ではなく、そういうモンだと思ってるからな。だから人間とのハーフだとバレたら、お前を軽視したり、攻撃して良いものと判断する奴らが出て来てもおかしくない。だから、神の子以前に、人間のハーフだともバレない方が良い」


「…………神なんだろ、その辺どうにかしねぇの」


「しないな。と言うか出来ない。俺達のフェーズはもう終わってるんだ。魔界と言う世界の基盤は作った。住人や魔物なんかは、その過程で勝手に産まれて来た。今度はそれらが世界を作っていく。俺達はそれを見守る」


ピロン

『その約束をこいつは今し方破った訳だが、と監視者が嫌味を言っています』


「終わった話はもうしないぜ」


ウィンドウを消すように手で払うアビス。『監視者が睨んでいます』と文字が変わったが、無視して俺を振り返った。


「ライガ、お前の部屋にある物を全部持ってくる事も可能だが、どうせなら魔界製の物で集め直したらどうだ」


「………うん、じゃあ、そうする。でも仏壇は要る」


俺はアビスの案に乗る。どうせまだ何が良くて悪いかも分からないから。


「オーケイ。じゃあ仏壇だけ。部屋の中のもんは全部処分しておく。これでお前は夜逃げした失踪者として扱われるが、まあ、問題ないだろ」


「ああ、成程」


失踪扱いにはあまり驚かなかったし、戸惑いもなかった。

探す人とか、心配する人などは、…まあセフレは少し心配してくれるかもしれない。だが彼らは1週間もすればフェードアウトされたかと、勝手に納得してその内忘れていくだろう。その程度の関係性だったと自覚している。

だから気にならない。


この辺の軽薄さは、こいつに似ているのかもな。と、アビスを横目で見た。


アビスは視線を気にも留めず、指を鳴らす。するとリビングのど真ん中に仏壇が現れた。

仏壇を置いていた小さな棚さえなく、仏壇だけ。母の遺影と祖父母の写真。おりんに線香立てと不足もない。


俺はそれを持ち上げた。大した重みはないけど、しっかり両腕で抱えて、アビスの横を抜けてリビングの奥にあった暖炉の上に置いた。洋風の暖炉の上に、もろ和風の仏壇は異質だったが、今はこのままで良いか。


「で、魔界製の物ってのはどうやって集めりゃ良いの」


振り返ってアビスを見た。家を作ったり、金をくれたりしたので、アビスがどうにかしてくれると思っていたのだ。

案の定、アビスは右手を掲げた。

パッと手元にぶ厚いハードカバーの本が現れた。黒に金の装飾がされている上等そうな本だ。


「これは魔界カタログ。登録されているショップなら、例え地の果てからでも届く」


渡された辞書のような重みの本。適当に開いてみると、まるでネットショップのように紙の上で写真や文字が動いていた。開いたページは装飾品?のショップだろうか。ピアスらしき物がずらりと並ぶ中、角用とか、尻尾用とか、見慣れない文字もあった。


「牧場に必要な道具なんかは俺にも分からねぇから、それを使って集めろ。そのカタログで揃えられないモンはそうそうねぇ筈だ。使い方はこいつに聞け」


アビスはウィンドウを親指で示す。


ピロン

『釣り具は私が選ぶからな!と監視者が念を押しています』


「あ、はい。じゃあ釣り具は(するか分からないが)よろしくお願いします…」


『分かっていればいいと、監視者がいそいそと釣り具を検索しています』


「検索…?」


困惑していた俺の頭に、ポンッと重みが加えられた。アビスの手だ。指先が真っ黒く尖っている手。俺はちょっと、身構えた。


アビスは笑ったまま言った。


「俺が出来るのは此処までだ」


手が離れ、アビスは踵を返した。俺はカタログを開いたまま、突っ立ってその背中を見守っていた。


靴を履き、アビスは開けっ放しだったドアを抜けようとする。



「……親父」



なんて呼べば良いか分からず、咄嗟に出た言葉はこれだった。

未だに血の繋がりの実感などない。だが、アビスが親父を名乗るなら、親父と呼んでも良いだろう。


アビスは振り返った。


「ありがとう」


俺の言葉に微笑んで、片手を上げるとアビスは黒い光を纏い─────消えた。



ドアの外では相変わらず桜色の花弁が舞い散っている。



途端に力が抜けた。

ずっと緊張していたのだと、今更気付く。


「………はあ…」


よろよろとドアを閉めに行き、襲ってくる疲れに近場の壁に背をつけて座り込んだ。


ピロン

『どうかしたのか?と監視者が顔を覗き込んでいます』


目の前に現れたウィンドウ。


「いやなんか、色々一気にあり過ぎて……」


カタログを床に置く。指先が震えている。


ピロン

『アビスの前で随分と冷静だと思っていたが、気を張っていただけだったかと監視者が驚いています』


その文字に「ああ…」と妙に納得した。

本当は恐怖心もあった。アビスの正体を見た時には畏怖も感じた。


思考停止したまま流されて来たが、アドレナリンでも出ていたのだろう。確かに体は虚弱だが、父を名乗る男を前に情けない所は見せたくなかった。


耐えて耐えて、今、スイッチが切れたみたいだ。


ピロン

『骨と皮しかないと思っていたが根性は大いにあるようだな、気に入ったぞと監視者が今後に期待しています』


「あざす…」


見ているウィンドウの文字が霞んでいく。

そういえば、ここは昼だが日本は夜だった。22時を過ぎていた筈で、あれから何時間経った。


俺は弱いのだ。夜にも朝にも。


今日はかなり持った方だろう。


ピロン、とウィンドウの音が何度か聞こえたが、俺はもう目を開けることも出来ず、そのまま壁にもたれたまま意識を失った。




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