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5 与えるべきものは

ピロン

『過剰干渉に監視者が怒り狂っています』


浮かぶ青いウィンドウに綴られた文字。何が起こったのか分からず、俺は固まった。


「もう繋げたのかよ。仕事がはえーな」と男が答える。


『監視者が 魂結登録台帳こんけつとうろくだいちょうが白銀に変わっている。一体いくらやるつもりだと聞いています』


「え? 一億」


『貴様は能無しだ、せっかくの牧場業務希望者を仕事をしないクズにするつもりかと監視者が怒鳴っています』


「だって可哀想だろコイツ。暫くはマジの無能だぞ。見ろよ、このほっそい腕」


男は当たり前のようにウィンドウと会話をしている。そして人の腕を掴んで持ち上げた。長袖から覗く手首の細さ。青白い肌に浮き上がる骨と血管。


『骸骨に皮を被せただけのような腕だと監視者が憐れんでいます』


「な?体力がつくまでは流石に援助いるだろ?」


『監視者が唸り出しました』


2人(?)の会話を聞きながら、ふと小学生の頃、俺の虚弱体質を心配し、母親と教師が勝手に保健室登校へと切り替えた時の会話を思い出した。

頭の上で色んな事が決定されていく。俺の意見や感情など関係なく。


何をしていなくても怪我する熱出すぶっ倒れるのだから、俺の意見を優先している場合ではなかったのだろう。


同じように目の前で勝手に会話が進んでいくのを、ただ眺めるしかなかった。


……いや待て、この男は今、一億くれるって言ったのか?金の話?マジ?

ボーッとしてる場合じゃないかもしれない。

今だけでもお父様って呼ぶべきか。




ピロン

『10,000,000』




俺の胸に沸いた期待をウィンドウが見事に砕いた。

10分の1になった金額を見て、しまった、口を出すべきだったかとほんのり後悔したが、出したら良くない気もして、結局俺は黙っている。

一瞬調子に乗りかけたが、初対面に金をせびるのはちょっとな。


そんな俺の横で、男もウィンドウを見て顔を顰めた。


「一千万?早く牧場経営を軌道に乗せたいなら金出してナンボだろ」


そうだそうだ。もっと言ってやれ。金はあって困るもんじゃない。自慢じゃないが、俺はマジで無能だぞ。役に立つまで時間がかかるぞ。



『10,000,000!!!!』



ウィンドウがでかくなり、質量などない筈なのに男の顔を押しているように見える。何故だろう、めちゃくちゃ怒ってる感じが伝わってくる。無意味に俺は畏まった。流石に心は読めてないと思うけど。


「な、なんだよそこまで…」


男もたじろいでいる。


ピロン

『これでもかなり譲歩している。まずは畑でまともに収穫出来るようにさせるべきだ。施設の金も自分で出せないような牧場主など必要ない!と、監視者が言っています』


「………魚の釣り方を教えてやんのが正解か、分かった」


男が折れた。

さよなら俺の一億。

────いや、一千万も凄くないか?本気なのか?と、ここに来てやっと覚醒した。


ピロン

『釣りを教えるか。それは良い手だ。と監視者は感心しています』


「それはお前が釣り好きなだけだろうが。俺が言いたいのは……いや、もういい。確かに魚も結構良い値で売れるから、生計の足しになりそうだ」


釣りもした事ないんだが。いや、男が言いたいことは分かっている。要は金を貰うんじゃなくて、稼ぐ方法を知れって事だ。


ピロン

『釣り具は私から贈ってやろう!と監視者がうきうきとカタログを引っ張り出しています』


話変わってないか?とウィンドウを読んでいたが、男が隣で白銀の紙を持ち上げたのが見え、なんとなく顔を向けた。


何をどうしたのか分からないが、表記されていた数字100,000,000が99,999,999になった。すると白銀だった紙の色が銅色へと変わった。

数字は更にみるみる目減りしていく。

印字のように見えるのに、紙の上で数字が動いているのだ。俺は指をさす。


「……これは、今、何が起こってんの」


「ん?こいつが金減らせって言うから減らしてんだよ」


「減らしてるって………え?紙だぜ」


どうやら俺は混乱している。聞きたいことの的確な質問さえ上手く出来ないでいる。


「ああ、これは 魂結登録台帳こんけつとうろくだいちょうつってな、所謂、魔法の紙だ。今動いてんのは所持金。魔界には銀行ってのがない。全部この紙の上で管理される。まあ、通帳&クレジットカード&身分証だな」


「通帳で、クレカで、身分証…?じゃあその紙なくしたりしたら、一巻の終わり?」


「なくさねぇと言うか、なくしようがない。この紙はお前の魂と繋がってんだ。今は俺が作ってる最中だから俺が持ってるが、本来なら他人は触る事も出来ない」


「え?でもクレカなんだろ?支払いの時、その紙どうするんだよ」


「どうもしない。クレカになるのは特定の条件の時だけで、普段使うなら、入出金用の財布を使えば良い。って、お前は持っていないだろうから、俺のお古をやっておく」


男は空いている手にいつの間にか長財布を握っていた。放るように渡されたので、慌てて受け取った。


細やかな鱗が目立つ黒い革財布だった。革はくたりとしていて柔らかいが、まだまだ十分に使えそうだ。


「……貰って良いの、ありがと」


「お、なんだ。礼言えるのかお前」


「言うよ。礼くらい」


「連れて来てやった時も、家直した時も、礼言わなかっただろ。だから礼を言えない奴なのかと思ってたぜ」


男がカラカラと笑う。嫌味ではなく、単なる揶揄いなのだろうと分かる。

言われてみれば、ここに来るまで俺はまともに礼を言ってない。


「それは……悪い。頭が追いついてねぇんだ。理解出来ない事ばっかで」


もう男の事は疑ってはいない。

だがついさっきまで、安いアパートの一室に居たのだ。


「ここは魔界で、魔法がある。ってのは、まあ、理解したけど、俺はただの日本人だったんだ。いきなり全部を受け入れろってのは、時間がかかるって言うか……」


「そういや、お前名前は何て言うんだ?」


「いや話ィ………」


全然聞いていない男に奥歯を噛んだ。このマイペースさは、確かに母親とお似合いかもしれない。


ピロン

『名前も知らない息子を連れて来たのかと監視者が呆れています』


ウィンドウが男を揶揄っているのが分かる。ウィンドウなのになぜこんなに感情豊かなのか。

だが男は無視して、俺の返答を待っていた。


「………ライガ、カムイライガ」


俺はこの厨二病のような仰々しい名前を名乗るのが苦手だ。思わずボソボソと呟いてしまう。


「………へえ、ライガ。漢字は?」


「……雷に牙」


「ほおん」


男が含みのある息を漏らし、俺は少しムッとした。


「…なんだよ、バカにするなら俺にも考えがあるぜ」


母が付けてくれた名だ。恥ずかしさはあれど、嫌いではない。仰々しいと思うし、字面が強すぎるし、………恥ずかしさはあれど。


俺は拳を握る。心なしか、いつもより力がこもる気がした。いや、この程度のことでは流石に殴らないが。


「サラが付けたんだろ。良い名前だ」


男は嬉しそうにも見える顔で笑っていた。手の力が抜ける。



───産まれた時にね、ライガを見た瞬間、絶対に雷牙だと思ったの



小学校で名前の由来を聞く宿題があり、その時に母は自信満々にそう答えた。



───きっとあなたは、空を引き裂く雷のような男になるわ。だからピッタリでしょ



平均体重に満たなかった男児を見て、強く育って欲しいと願ったのだろうかと思った。

俺は申し訳ない気持ちになった。そんな男には、ついぞなれないまま───


「お前に合ってる」


過去の記憶に引き摺られていた気持ちが、男の声で引き戻される。


「………マジで?そう思う?」


「ああ」


男はこっちを見ずに、何でもないように頷いた。

それが気休めや社交辞令でも、冗談や揶揄いでもないと教えてくれる。


心にストンと、名前が刻まれたような感覚。


「ほら、ライガ。出来たぞ。確認してくれ」


パッと差し出された銅色の紙。ハッと我に返り、反射で紙を受け取った。




────

名前 ライガ カムイ 

年齢 25

職業 牧場経営希望者:現在無職

所持金 10,003,556

(以下空白)

────



「……漢字を聞いたのは何だったんだよ」


表記は完全にカタカナだ。しかも名前が先と言う外国使用。

それにこの、所持金の欄の端数も謎だ。

しかし一千万と言う大金にまるで実感が湧かないのは、印字された文字だからだろうか。

何故か脳がスルーする。


「魔界じゃカタカナになっちまうんだ。まあ、俺はちゃんと覚えておくよ、お前の漢字。一生な」


「…………」


俺は思わず男を見上げた。


「なんだよ」


「……いや、何でもねぇ」


悔しいかな。母がこの男を選んだ理由が何となく分かってしまう。


「変な息子だな。まあ良い。これでその登録書はもうお前以外触れない。出し入れは念じれば出来る。財布は一度登録書と紐付けないといけねぇから、重ねてみろ」


「え?なに?財布?」


言われるままに財布を紙と重ねた。ぶんっと音がして、財布の上に円形の魔法陣が浮かび、暫く回ると吸い込まれるように収束した。


「これで財布から所持金を出せるようになった。財布も魔力認証式だから、万が一他人の手に渡っても使えない。便利だろ?」


「それは確かに、すげぇ便利だけど…」


「試しに出してみろ。欲しい金額思い浮かべて開けりゃ良いだけだ」


手から離したいと思った瞬間、持っていた紙が消えた。もう驚くのも面倒で、見なかったことにし、男の説明を聞きながら財布の中を開けてみた。

端数分の3000円を想像した。円なのは魔界の通貨など知らないからだ。


本当に3枚の紙が入っていた。


「いや、え、マジで異世界じゃん」


今更ながら、実感が肌を粟立たせる。


取り出してみる。外国の紙幣のような紙。なのに、千円札だと理解出来る。数字で1000と書いてあるから。


ピロン

『一千万入っているのに出すのが三千円とは。お前の息子にしては奥ゆかしいな、と監視者が好感を示しています』


「そうだろそうだろ、俺の子だからな」


「いや会話噛み合ってねえ……つか、この端数って」


ふと気付いた。3556。


「……俺の財布に入ってた金額か…?」


コンビニに行く為に上着のポケットに捩じ込んで、そのまま忘れていた財布の存在を今更思い出した。

財布を取り出す。何の変哲もない安い二つ折りの財布。一応革だが、何の革かも知らない。


財布を開く。空っぽだ。


「向こうから持って来た分は勝手に換金されるんだよ」


「………て事はなに?日本と通貨同じなん?」


男は意味深に笑顔を見せて来た。


ピロン

『お前ェェエーーーーー!!と監視者が叫んでいます』


ウィンドウが大きくなった。文字から驚きと怒りが滲んでいた。俺もびっくりし、ウィンドウに目を向けた。

文字が変わる。


『通貨のシステムを弄ったな!いつの間に…!と監視者が震えています』


「弄ったんじゃない、作り替えたんだ。良いじゃねぇか、価値が変わった訳じゃねぇんだから。魔界の連中は気付きもしねぇさ」


『気付く気付かないの問題ではない!と監視者が机を叩き壊しました』


「は?通貨のシステム?価値?何の話……」


ウィンドウは怒り狂っているようだが、それでも男は悪びれもなく笑っていた。

困惑する俺に、ウィンドウが目の前に現れ説明してくれる。


ピロン

『創造の魔神であるこいつは、魔界のシステムをある程度作り変える事が出来る。だが我らの権限で魔界を弄る事はやめようと話し合いで決めただろう。貴様にはペナルティを受けて貰うぞ!と監視者がウォーミングアップを始めました』


「変えたのは何百年ぶりだぞ。良いじゃねぇか、少しくらい大目に見てくれても」


「………魔神…いや、マジンって…魔の(ひと)じゃ」


ウィンドウの字を指差した。

俺の言葉に男は更に笑みを深めたと思ったら、突然足元から巻き上がる黒い帯状の光に包まれた。風圧なのか、波動なのか、強い圧に目が開けられない。


「魔の(かみ)の魔神だ。お前の父は」


先程とは何ら変わらない、享楽さが滲む声が耳に届く。

目を開けると、そこには別人になった男が宙に浮かんでいた。


長かった白い髭が嘘のように短くなり、黒くなった。髪も整えられたオールバックに。ライダースは黒いスーツに、白目部分が黒く染まり、瞳は金色に光っていた。

だが最も目を引くのは、背中から生えた6つの翼と、頭部に並ぶ大小2本ずつの黒い角だ。

男は空中で足を組む。まるでそこに玉座でもあるかのように。


「魔界三柱が一神。アビス・アルカヌス。頭は高いままで良いぞ、我が息子よ」


男───魔神アビスから途轍もない圧を感じ、俺は完全に動けなくなった。



拝啓、母上様。

あなたが選んだ男は神様でした。

人間向いていないとは思ってましたが、俺は本当に人間ではなかったんですか?


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