22 アク取り
大量のタケノコを抱えて3人で牧場に戻って来た時には、既に陽が沈みかけていた。
夕陽に草木が揺れる。ノックノックの姿はなかった。
家の中に招くと、ジャウルもパッドも靴を脱ぐ事に随分と驚いていた。
アビスは靴を脱いで家に入る文化もあると言っていたが、2人の様子を見ていると浸透はしていないようだ。
神様目線と住民目線じゃズレがあるんだろうか、それとも、ジャウル親子が特別なのか。わからん。
パッドはすぐに順応し、裸足でリビングを走り回った。
ジャウルは警戒していたが、パッドに急かされて渋々と靴を脱ぎ、床に上がった。
タケノコをキッチンへと運び入れた後、ふと思いついて言ってみた。
「良かったらシャワー浴びて下さい。アク取り、時間かかるし」
「…………知らねぇ野郎の家で裸になれって?」
ジャウルの眼光が強く光った。同時に彼の背中から覗く黒い銃口までキラリと光った気がする。
何その歪曲。と思ったが、一理ある────とすぐに思考を切り替え、突っ込む事はやめた。
「嫌なら良いんです。別にお2人臭くもないし。ただシャワー使えないって聞いてたから、偶には入りたいんじゃないかって思っただけで」
そう、不思議な事に2人は特別汚くも臭くもなかった。どれだけ風呂に入っていないのかは怖くて聞けないが。
「ぱぱ、おれシャワーしたい」
ジャウルの裾を引っ張るパッド。暫く俺を睨んで黙り込んでいたジャウルが、大きく溜息を吐いて頷いた。
「じゃあ、邪魔する。行くぞパッド」
「うん!!ライガ、おれのタケノコもあくとり?してね!」
パッドが突き出してくるタケノコを受け取る。嬉しかったのか、ぬいぐるみのようにずっと抱いていたから、ちょっとあったかい。
大丈夫かな、既にアクが出てるなんて事がないと良いが。
2人をシャワー室へ案内し、タオルを用意するとキッチンに戻った。
そして大量のタケノコを前に腰に手を当てた。
「アク取りか……手順が全く分からん」
アク取りについて偉そうに言っていたが、生タケノコの処理などした事がない。母がしている所を見た事はあるが、どこまで詳細に思い出せるだろうか。
ピロン
『監視者が飲んでいたビールを噴き出しました』
「あ、見てたんですね」
ウィンドウが震えている。笑われているのだろうが気にはしない。
「監視者様、レシピ探してくれてましたよね?良かったらアク取りの手順を教えて貰えませんか。ついでに簡単な調理方法も」
『監視者が笑いながらアク取りの方法を提示しました』
震えるウィンドウの隣に別のウィンドウがいくつか開いた。アク取りの方法と各種レシピだ。
「持つべきものは優秀な監視者様だな」
『監視者が満足そうにふんぞり返っています』
包丁などの最低限な道具はあったが、アク取りの説明を読んでから必要な調理器具をいくつか買い足した。
大きめの鍋、大きめの容器、竹串、キッチンペーパー、炭酸水、しょうゆ、みりん、小麦粉、卵…etc
本当は米も欲しかった。だが人間界の米(更に日本の物に近いやつ)は信じられない程の値段だった。
誰が買うんだよと言うレベルだ。
俺は買えない。
ピロン
『炭酸水はなんだ?それもそんな大量に。と監視者が不思議そうに炭酸水の箱を眺めています』
「ああ、さっきビールの文字見て思い出したんです。俺の母が炭酸水でアク取りしてた事。時短になるらしいんで、使ってみようかなって。思ったより安かったし」
炭酸水は2リットルの8本セットでセールになっていた物だ。
『炭酸は魔界にもあるからな。しかし炭酸水でのアク取りとは……魔界では知られていない方法だ。人間界の方で調べてみるか。と監視者が人間界のネットワークにアクセスしました』
「ネットって。翻訳ガバだな、これ」
本来ならばもう少し堅苦しかったり、仰々しい名前(神の領域とか)なのだろうけど、俺の持つボキャブラリーではネットワークが限界なのだろう。
うろ覚えの知識でパッドのタケノコに手を出してダメにしたくはないので、監視者が調べてくれる間に別のタケノコで試す事にした。
母が茹でていたタケノコは白かった筈だ。
まずは皮を剥いてみよう。
最初に監視者が出してくれたアク取りの方法に書いてある剥き方を参考に、泥を水で落としてから、半分に切り、穂先と根本を切り落とし、皮を剥く。
ほんのりと青みがあるものの、中身は人間界のタケノコに程近い白っぽい色をしていた。
「……いーね、タケノコらしくなって来た」
『まだ切っただけだろう。と監視者が笑っています』
「いーんです、大事なのは気持ち」
監視者との軽口も弾む。
皮を剥いたタケノコを大きな鍋に入れてみる。ギリギリだ。タケノコがデカ過ぎる。
仕方ない、更に半分に切ってから縦に切り込みを入れた。
『成程、炭酸水は炭酸水素ナトリウムが繊維を柔らかくし、アクを溶かし出すのか。ほうほう、成程。理に適っているな。と監視者が感激しています』
知の神でも知らないことがあるんだな、と思ったが口にはしなかった。ムッとするだろうから。
最初にあったアク取りのウィンドウが消え、別のウィンドウが出た。
炭酸水でのアク取りの方法が表示されている。
「お、助かります。ありがとうございます」
これで自信を持って進められる。
『なに、面白い知恵を知った。料理にも時代があるな。また私も料理をしてみるか。と監視者が興味をそそられています』
「へえ、監視者様も料理するんですね。良かったらタケノコあげましょうか」
『大事な食糧だろう。節約したがる癖に、他人にはぽんぽん施しよって。大丈夫なのか。と監視者が訝しんでいます』
監視者の言葉に苦笑いを浮かべた。
パッドのタケノコを手に取り、同じように処理を始める。
「施しのつもりはないですよ。これ、殆どジャウルさんが掘ってくれたもんなんで、寧ろ俺がタダで貰った形でしょ。それに、タケノコってあんま日持ちしない筈なんで、こんなにあっても食い切れないし」
『食糧保管庫を買ったではないか。何日でも持つ。問題ない。と監視者が保管庫を指差しています』
ウィンドウから、にゅっと伸びた2本の手のアイコンが買ったばかりで使っていない食糧保管庫を指差している。
皮を剥きつつ、横目に眺めた。
食糧保管庫の見た目はまんま冷蔵庫だ。
中は薄らと冷たい程度で、冷蔵とは言えない。
届いた時に感じた不安に再度襲われる。
「前も同じような事言ってましたけど、何日も持つって本当ですか?常温に近くて冷やす気ゼロっぽいんですけど」
『食糧保管庫は人間界の冷蔵庫とは仕組みが違う。時間と空間に干渉し、中に入れた食材の時を固定するのだ。現状維持とでも言えば分かるか?だから腐らん。チャージさえ怠らなければ、半永久的に食材を保管出来る。と監視者が食糧保管庫の設計図を提示しました』
真横にウィンドウが出て、半透明な設計図が現れた。びっしりと書かれた文字は日本語になっているが、ひとつも読む気がしない。俺ってこんな難しい言葉知ってんのか?と思うような、読めない漢字まで見えた。
多分、人生のどこかで出会ったことがある字なのだろうが、俺自身は思い出せない。
「難しい難しい」
設計図を消すように片手を払って、作業に戻る。
パッドのタケノコは少し小さめに切り、元々買っていた普通サイズの鍋の方に入れた。分けて茹でないとパッドのものと胸を張って言えないし、先にアク取りをしておこうと思ったからだ。
炭酸水を注ぎ、火にかける。
コンロも魔力チャージ式で、見た目はガスコンロに近い。炎の色が選べると言う謎オプションがついていたので、見慣れた色にした。
パッド親子の毛先のようなオレンジっぽい炎色が揺れる。
設計図のウィンドウはいつの間にか消えていた。監視者も黙っている。
タケノコの小山から新たなタケノコを取り、同じように皮を剥いては大きい方の鍋に入れた。
あんまり一気にしたら良くないのかもしれない。とりあえず底が埋まる程度を目指そう。
ピロン、と数分ぶりに鳴った。
『タケノコを貰おうか。しかし監視者としての立場上、お前から施しを受けるのはプライドが許さん。代わりに私が使っていた保管庫とお前の保管庫を交換してやろう。と監視者が食糧保管庫を転移紋に乗せました』
「ルール違反とかではなくプライドの問題なら、貰っておけば良いじゃないですか。ただのタケノコだし。別に良いですよ…」
炭酸水のボトルを開けて注ぎながら、ウィンドウを横目に言った。
おまけに新品の保管庫とお下がりの保管庫を交換って、あんまり公平じゃない気がしないか?
しかし遅かったのか、無視されたのか、突然キッチンの端に置いていた保管庫が光り輝く。
銀色に様々な色が火花のように散る光。
驚いて息が止まった。
保管庫が爆発するんじゃないかと思って。
爆発はしなかった。その代わり、見た目が全然違う物になった。
買っていたのは一番安く、小さな一人暮らし用の保管庫だった。冷凍もないので扉はひとつだけで、何の変哲もない白い保管庫。
それがどうだ。マットな銀色に木目の模様。黒の取手。
扉は上下で分かれていて、ますます冷蔵庫に似ている。
高級な保管庫の列に並ぶレベルの物だと分かる。
「……………えっ!??」
暫くフリーズしてしまったが、声が弾けるように出た。
炭酸水をドボドボと注ぎ、火をつけてから保管庫を見に行った。
「……いや!これ新品じゃん!?めちゃくちゃ綺麗なんだが!?このふたつの扉はなに??冷凍庫でもあんのか??」
傷ひとつ、劣化ひとつない。
触るのが恐ろしく、ただ表面を撫で回すように見るだけだ。
『なに、デザインが好ましくて買ったものの、事務所に置くには大き過ぎたんでな。それでも使ってはいたのだ。ビールなどもそのまま入れられるからな。機能は上下で変わらんが、食材を分けられて便利だろう。と監視者が満足げに椅子に座りました』
「事務所に……置くには立派過ぎるだろ……え、マジで良いんですか。これ、良過ぎるんですが。見た目」
デザインで買ったと言う監視者の言葉に同調してしまう。銀に木目の模様と言うのが珍しい。
『そうだろう!!見る目があるな!!存分に使ってやれ!!と監視者が大いに喜んでいます』
「嬉し過ぎる。ありがとうございます。大事に使います」
心からの礼を告げ、保管庫の扉に触れた。
するとパッと扉に四角い光が浮かんだ。区切られた枠の中に、ひとつだけペットボトルのアイコンがあった。
「……何すかこれ」
『押してみろ!!と監視者が高揚したまま言っています』
「押す……?」
押してみた。
アイコンが点滅し、勝手に扉が開いた。
中に炭酸水のペットボトルがぎっしりと詰まっている。
呆然とする俺の耳元で、ピロン、と鳴り響く。
『その保管庫はお前が買った保管庫の何十倍もの収容量だ。中が空間拡張されており、入れた物が扉に表示される。選べば勝手に取り出してくれる優れ物なのだ。と監視者が意気揚々と保管庫の良さを語っています』
炭酸水を一本取り出す。常温だ。
さっき頼んだ炭酸水と同じくらいの温度。
「……監視者様って炭酸飲むんですか?酒好きみたいだし、炭酸割りとか?」
『ん?まあ飲むこともあるが、それがどうした。と監視者が首を傾げました』
「常温で飲むんですか?」
『いや、冷やすな。そのまま飲むにしろ、割るにしろ、私は冷やす。と監視者が炭酸割りを思い浮かべながら首肯を打っています』
「じゃあ、これは俺の為に買ってくれたんですね」
炭酸水のペットボトルを一本掲げて見せた。
ウィンドウがギクリと跳ねた。表示にもギクリと出ている。
何かを逡巡する一拍の間の後、ウィンドウに凄まじい速さで文字が浮かぶ。
『いや!!忘れていた!そうだ!その保管庫は入れた後に冷蔵と冷凍を選べる仕様でな!いやー!うっかり冷蔵を押し忘れていたようだな!!うっかりうっかり。と監視者が慌てて周りを見渡しています』
「そんな言い訳しなくても……ありがとうございます」
再三の礼を言う。
何があっても助けないのだと思っていた。タケノコ如きで贈っていい代物じゃない。本当に要らなかったんだとしても、監視者の行動がありがたい。
『礼を言われる事は何も……ヴォル!!何の用だ!!と監視者が突然現れた均衡者に慌てています』
『均衡者は笑顔で監視者の首根っこを掴みました』
『ラ、ライガ!いいか!それは何でもない!それはゴミだ!だから二度と口にするな!分かったな!ま、待て!今はログアウト出来ない!レシピまで消えてしま……貴様!それは卑怯だろ!!と監視者は均衡者に引き摺られていきます』
『均衡者が監視者をミュートにしました』
怒涛の数秒だった。
呆気に取られる内にウィンドウの表示が、文字からミュート表記(唇マークにバツがついているヤツ)に変わった。
「……………あ、ペナルティ?」
思い当たる事はこれくらいだ。だとしたら監視者が保管庫を交換してくれた事は、明確なルール違反だったのだろう。いや、炭酸水をくれた方か?
「でも釣り竿くれるって……保管庫と釣り竿じゃなんか違うのか…?」
静かになった(元々音はウィンドウの表示音しかなかったが)キッチンに、コポコポとお湯が沸く音だけが残った。
「…………続き、するか」
コンロに近付き、鍋の中で揺れるタケノコを見る。
「あ、落とし蓋」
アク取りやレシピのウィンドウはちゃんと表示されていた。会話(チャット?)の中にあった、ログアウトとミュートの違いなのだろう。
キッチンペーパーを落とし蓋の代わりに鍋に入れながら、監視者の無事を心で祈った。
俺のせいで怒られるくらいなら、違反しなくて良いのにな。




