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2 生まれ

「な……何を言ってんだ…」


「俺には分かるんだよ。お前は絶対俺の息子だ。いやー、こんな所で会うとはな。やっぱり偶然ってのは面白いな」


サンタは1人で確信し、満足そうに笑った。




─────俺が、サンタ(こいつ)の息子?本当に?




一気に記憶が甦る。


幼少期、父がいない事を尋ねた時、母は『お母さん、どうしても雷牙に会いたくて無茶しちゃった。だからお父さんいないんだ』と謎の言葉を言っていた。

『大人になったら話すね』とも言った。だが、大人になった今、母は居ない。


だからもう、二度と父親についての何かを知る事はないと思っていたし、ぶっちゃけ半分以上はどうでも良くなっていた。



「母親は誰だ?アイナ?マユ?もしかしてミイナか?」



こんなくそったれが父親かもしれないと思うまでは。


母親より随分と年上だ。だが年を感じさせない健康的で精力的な肉体。よく見ると生粋の日本人ではなさそうだ。日本語は流暢だが、顔立ちが違う。



「お前の年的に20年前くらいだろ。他に誰か居たか…?」



綺麗に整えられた口髭に続く長く豊かな顎髭。それらを撫でながら、サンタは考え込んでいる。俺の頭の奥が怒りでヂリヂリと燃え上がる。


アスファルトを引っ掻きながら、引き攣る口端を震わせ俺は立ち上がった。

サンタを睨み付ける。俺の目は前髪で隠れているが、隙間から見えるだろう。


「………本当にお前が親父だと言うなら、一発殴らせろ」


奥歯を噛み締めて唸るように呟いた。


サンタは目をかっ開き、俺を見詰める。その目がどうにも興味津々と言うか、爛々と言うか、とにかく俺の怒りなんぞ屁でもないとばかりに観察していた。


サンタの後ろにトラックの運転手が駆け寄って来ていた。目撃者でもいたのか、ドラレコかもしれない。とにかく俺を轢きかけた事を知ったのだろう。だが、サンタ越しに俺を見て足を止めた。

空気を読んでくれたのだろうか。それとも俺達の雰囲気を見て怯んだのだろうか。


俺は骨張った手を握り込む。血管が浮き出る。でかいだけで攻撃力なんてないだろう。殴ったら俺の方がダメージを喰らうかもしれない。

それでも、親父を名乗る男を殴りたかった。


嘘でも事実でも、殴る権利はあるだろう。


サンタはバイクから降りようともせず、ピ、と俺に指を差した。



「分かった、サラの子だ。カムイサラ。そうだろ?」



言い当てられて、俺は止まってしまった。


「美人で面白い女だった。実家が牧場をやっていると言ってたな。元気にしてるのか、彼女は」


随分と軽い口調だが、サンタはどこか嬉しそうだった。

俺の手から力が抜けてしまう。殴る前に気力も体力も尽きてしまった。体は痛むし、ドッと疲れた。

ふと、サンタの肩越しにトラックの運転手へと目線を向けた。運転手は怯えたように踵を返して去っていく。


何しに来たのか分からなかった。でももう、どうでも良い。


「…………死んだよ。6年前に」


「死んだ?なんで?」


「病気だよ」


「……………そうか」


流石に思う所があったのか、サンタもしんみりした。


「お前は大丈夫なのか」


「……俺?」


「そう、お前。きついだろ」


「……………え、なんで」


サンタはハーレーからやっと降りた。そしてメットを取って、俺の前に立った。やっぱり思った通りに俺より少しでかい。2メートルはありそうだ。


他人を見上げるのは小学生以来だ。


サンタはわざわざ手袋を外した。その手が額へと伸びて来る。正直ビビッたが、親父を名乗るクソ野郎に引きたくはなく、俺は睨み続けた。


バチンッ!と音が鳴り、サンタが「いてっ」と手を引く。

静電気だ。


昔から無駄に静電気を起こすのだ。自分は痛くないのだが、受けた方は相当痛いらしく、クレームが入った事もある。


そんな静電気体質がこんな所で役に立つとは。


サンタは手を見てから、笑いながら俺を見た。


「可哀想に。このままだとお前も死ぬぞ」


「……………は???」


「ほら、頭を貸せ。少しは楽になるだろうから」


サンタが再び手を伸ばして来た。俺はそれを払った。逆の手が伸びて来た。俺は避ける。また手を伸ばしてくる。その手を払った所で俺は息切れをし、ふらついた隙に額を鷲掴みされた。


「くそ……っ!」


こんな短い攻防ですら制せない。情けない体が憎過ぎる。


と思っていたら、何故か急に息が楽になり、しんどかった体がほんの少し軽くなった。サンタが手を離し、顔を覗き込んで来た。


「どうだ?少しは楽になっただろ」


俺は頭を触る。触れられた場所に何の変化もない。なのに、


「………楽になった。……え?なんで?」


いつも感じていた体の怠さが消えた。


この世のありとあらゆる健康法も、サプリも、医者も、誰も俺をこんなに楽にしてくれた事はない。

男は手袋を嵌め直しながら言った。


「魔力を送ってやった。一時しのぎでしかねぇが」


「…………マリョク?」


聞こえた言葉は日本語の筈だが頭が理解しない。


「お前は俺の遺伝子を強く引き継いだんだよ。だから人間界じゃ長く生きられない」


「…………ニンゲンカイ?……サンタはマジでサンタですか?」


「サンタァ?違ぇよ、俺はマ・ジ・ン」


「…………マジン?」


「YES、M・A・J・I・N」


サンタ改めマジンらしいクソ野郎は、ふざけた調子で指を揺らした。指先が、バイクのテールランプのように光を空に描いた。

手袋に仕掛けがある……ようには見えない。不可思議な現象。


何はともあれ



「くそ腹立つ」



怒りが再び湧いて来た。


「父親に向かってひどい野郎だ。俺の息子って感じ」


「お前が父親だって俺はまだ認めてねぇぞ……」


「お前が認めなくても俺が父親なんだよ。サラの事は残念だ。人間は寿命が早いとは言え、6年前ならまだ44くらいだろ。死ぬには早い」


クソ野郎の目が優しく、そして悲し気になった。調子が狂う。何が本当で何が嘘かも分からない。でも、その悲しみは本当であって欲しいと、心が勝手に期待してしまう。


「………なんで、母ちゃんを捨てたんだ」


「捨てた?まさか。元々子供だけ欲しがってたんだよ。俺みたいにデカくて丈夫な男が欲しいって。妊娠が確定したらサラから別れを言われたんだ。実家の牧場に戻るって」


「…………」


困った事に、めちゃくちゃ想像出来る内容だった。母は自由奔放で、マジで野原を裸足で駆け回るようなタイプの破天荒さを持ち合わせていたからだ。


「男には良い思い出がなかったらしい。結婚はしたくないが、牧場は継ぎたい。男手がない事を理由に牧場を畳むと言っていた両親を説得するって」


俺は顔を手で覆った。


「男が絶対産まれる保障なんてなかっただろうに……」


「いやいや、俺は性別を選べるんだよ。だから相手にいつも選ばせるんだ。サラはその話を聞いて、俺と子供を作るって決めたんだよ」


手から目だけを覗かせて男を見た。


「マジンだから?」


「そう、マジンだから」


「……………本当に人間じゃねぇの?」


馬鹿げた質問だと思う。だがクソ野郎はクソ真面目な顔のまま頷いた。


「人間じゃない」


「母ちゃんはそれを知ってたって事か」


「そうだな。信じてるかは微妙だったが、信じたいと思ってたのは確かだ。腹の子が男だと分かってからは信じてくれたけどな」


「……信じたというより、どうでも良かったんだろ。アンタの正体なんて」


「はは、そうかもな。俺の事より子供が重要だったみたいだからな。……可愛かったぞ、サラは。見送りに行った日、何度も礼を言いながら、何度も振り返って手を振るんだ。見えなくなるまでずっと」


男が思い出に浸るように微笑んだ。腹が立つことに年を取っていると言うのに、随分とハンサムな男だと分かる。


「…………そこまでしたのに、俺はこんなポンコツに産まれた訳だ」


「ポンコツなのは人間界と合わないからだ」


「そういう話をしてるんじゃねぇよ。結局、跡継ぎになれないってなって、牧場を畳んだんだ。それも、予定より早く。俺に金を少しでも残せる内にって。母ちゃん達は俺に隠れて話し合ってたけど、俺は気付いてたよ。本末転倒じゃねぇか」


悔しい。目の前の男が本当に父親で、この父親の血を色濃く継いだと言うのなら、その体格と健康を継ぎたかった。

こんな意味分からん狂言を振りまく男を信じて良いかは別として。


「そればっかは運が悪かったとしか」


「人がしんみりしてんのに茶々入れてくんじゃねぇよ」


「茶々入れてるつもりはねぇよ。産まれたもんも、死んじまったもんも、後悔したって仕方ねぇだろ」


ドライな返しにピキつく。


「…………テメェ母ちゃんとじいちゃんとばあちゃんに線香ぐらい上げやがれ」


「おお、そうか。日本では亡者に線香をあげる文化があったな。やるのは初めてかな。よし、あげに行こう」


あっさりと、何なら楽しそうに男は了承した。



「……………なんか嫌だコイツ…」



人間じゃないと聞いているせいか、人間っぽくないと納得してしまう自分も嫌だ。


「だから、折角会えた親父にンな事言うなよ。ほら、メット」


ぽいっと投げられたメットを受け取る。男は先程被っていたメットを被り、ハーレーに跨った。


「いや、歩いて…………すぐ近くだけど、良いの」


めちゃくちゃ近い距離だが、バイクの後ろに乗ると言う経験はしたくなった。男は髭の隙間から歯を見せて笑い、クイッと顎をしゃくった。


その仕草が男らしく、産まれた時から一緒にいたら、少しは好きになっていたかもしれないと、そんな気分になる。


メットに頭を捻じ込み、男の後ろに跨る。男がスタンドを蹴り上げた。重低音のエンジンを吹かし、ハーレーが走り出す。


あ、そういえばトラックの事を失念していた。

スマホを耳に、懸命に何かを説明している運転手とすれ違った。警察を呼んでいるのだろうか。

勝手に離れたらまずいか?


「気にすんな」


メットの中に直接サンタの声が響いて驚いた。まるで心を読まれたようなタイミングだ。

前を見るが、豊かな白髪がはみ出るメットの後頭部しか見えない。


「────いえ、轢いてはないんですが、轢きかけて…えっとドラレコに………あれ、壊れてる…いや!本当に、……あれ?」


もうひとつ、ノイズ混じりの聞き覚えのない声がメットの中に響く。

メットにスピーカーとマイクが内蔵されているとしても、この声はおかしい。内容が先程の運転手が話しているように聞こえるから。


声は狼狽えた後、「すみません、何でもないです」と言って電話を終わらせたようだった。


その後は何も聞こえなくなり、風とバイクの駆動音だけに包まれる。

不思議には思ったがそれどころではない。




乗車時間約5分、俺は、自宅アパート前で車酔いで突っ伏した。



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