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13 ダイヤモンドムーン

「すげぇ、もう芽が出てる」


昨日植えたじゃがいもが既に土から立派な緑を生やしている。青じゃない、俺でもよく知る緑の芽だ。

しゃがみこんで暫く見詰めた。胸にジーンと広がるものがあった。


初めての耕作。

初めての出芽。

色々とチートっぽい便利アイテムのおかげではあるが、俺が耕し、俺が選んで植えた種が育ったのだ。


こんなに嬉しいことはない。


ピロン

『立派に芽が出たな!と監視者も喜んでいます』


「ありがとうございます、監視者様のおかげです。監視者様の知識がなかったら何にも出来なかったでしょうから。流石知の神、最高だ」


芽を撫で回したい衝動を、監視者への感謝にする事で我慢する。実際、監視者のアドバイスや応援は心強いものだった。


ぶっちゃけ今は何にでも感謝出来る気がした。高揚感が身を包んでいる。


『そうだろうそうだろう!!お前はよく分かっている。と監視者が照れながら胸を張っています』


ウィンドウがほんのりと頬を染めるように両端が赤らんだ。更に嬉しそうにぴょんぴょんと左右に動く。


『しかしいつまでも見詰めていても意味はない。体力も魔力も回復した事だろう、早速今日の分を耕そうじゃないか!と監視者がうきうきしたまま急かしています』


「もちろんです」


地面に置いていたカマを手に取った。昨日よりほんの少しだけ軽く感じる。

傍にはクワとジョウロ、そしてじゃがいもの種が入った袋に、カタログ。

腰には昨晩買ったアイテムを取り付けられるベルトに、水筒を装着している。中身は水。ドリンク代を浮かす為だ。


準備は万端。監視者の言う通り、体力と魔力はしっかり寝る事で回復している……のだろう。

足の筋肉痛が、体力を削いでいないのなら。


『牧場を歩き回っただけで筋肉痛とは…』とベッドから降りた瞬間に跪いた俺を監視者は憐れんでいた。


筋肉痛なんてものは魔人は殆どしないらしい。どういう肉体構造なのか知らないが羨ましい事で。

減った体力を補うエナジードリンクなる物があるらしいが、調べたら例にもれず超高額商品だったので、俺は筋肉痛と過ごす事を選んだ。


筋肉痛は筋肉の成長痛だと自分に言い聞かせて踏ん張る。

昨日の失態を繰り返さないよう、魔力を意識しカマを振り、クワを振る。振った回数を数え、自分の限界を超えないように気を付けながら。

今日は3マス分の畑を耕せた。そこに新たにじゃがいもを植えた。


ピロン

『じゃがいもだけなのか?コーヒーを植えたいと言っていただろ。あれは夏まで収穫出来るから悪くないと思うが。と監視者が尋ねています』


「みたいですね。でも暫くは食える物を優先しようと思って。じゃがいもなら腹持ちも良いし、多めに作っておいて損はないかなって」


複数の種類を植えるには畑が少なすぎる。じゃがいもは複数個を一気に収穫出来るらしいので、当面はじゃがいもに絞って余裕が出来たら他の野菜を試すつもりだ。『監視者がじゃがいも料理を検索しています』とウィンドウに出た。

料理するなら、調理器具も集めないとな。とぼんやり考えつつ、水を飲んでいたら、目の端で何かが動いた。

サッと顔を向けると、白いズキンを被った黒い小さな生き物が草むらからこちらを覗いていた。


ノックノックだ。


随分と遠くから覗いている。それも1匹ではなく、ちらほらと揺れる草の間に見える。

目が合ったらしき個体から、草に身を隠していく。


「………蜂蜜は受け取ったのかな」


あまり凝視しないように、水を飲みつつ横目で様子を見た。水筒の蓋を閉め、ベルトのホルダーに捻じ込む。

蜂蜜がなくなっているかは後で見に行くつもりだった。彼らが何しに来たのか、何を思っているのかは分からない。


ピロン

『蜂蜜の瓶はなくなっている。ちゃんと巣に運んだのだろう。と監視者が言っています』


「便利なナビ……」


遠くまで監視出来るらしい監視者の能力は大変ありがたい。わざわざ行かなくて良くなった。

体力を温存出来るなら、また木の枝で素振りでもしよう。

激しい筋トレや運動はまだ出来ないが、少しでも筋肉はつけたい。


人間界では望む事さえ出来なかった事だ。


畑から出て、木の棒を拾い上げた。丁度、昨日ぶっ倒れた場所だ。

棒を手にするとノックノック達が少し騒めいた気がした。更に視線が突き刺さる。


「……えーと」


警戒しているのだろうか。蜂蜜をくれた相手とは思ってない?木の枝を持った事で敵認定されたか?と色々と過った。


「昨日は助けてくれてありがとな。蜂蜜はお礼だ。これは、今から素振りをするだけだから気にしないで」


伝わったかは分からないが、ノックノック達からの視線が和らいだ気がする。

『律儀な奴だ。と監視者が面白がっています』とウィンドウが出た。何が面白いのか分からないので無視した。


その日は体力が切れるまでクワやカマの動きの素振りをして過ごした。

気付いた時にはノックノック達の姿はなかった。



.

.

.



次の日、また次の日と、ほぼ同じ日程を過ごし、最初の種まきから6日目を迎えた。

じゃがいもはしっかりと育ち、緑の立派な葉っぱを茂らせている。根元に近い葉は黄色がかっていて、収穫目前だと言う事が何となく伝わってくる。


「……ついに明日か」


他のじゃがいも達も順々に育っている。

今日まで地道に広げていたじゃがいも畑、なんと20マスまで増やせたのだ。

前日耕した数より1マス増やしていく戦法が功を奏した。


「人間界でも腹筋やスクワットのやり方であったしな。やっぱり無理しないやり方で継続するのが効率が良い」


それでもいつも、夜にはヘロヘロになってシャワーを浴びたら泥のように眠っているのだが。


足の筋肉痛が治まった後は散歩、調子の良い日は走ったりもした。

北側の牧場も見に行った。

北側は崖に囲われていて、川の上流には滝があった。川は二股に別れており、奥の川がどこから来ているのかは見えないが、孤立した陸地が川の間に広がっている。中州だ。何かが建てられていた形跡があるが、残念ながら橋はなく、雑草に埋もれた崩れた瓦礫を遠くから見るだけでは、何が建てられていたかは分からなかった。


家の裏は滝に至るまで牧草と雑草が入り混じった草原と化していて、それはそれで悪くない景色だった。

今後家畜を飼うなら、ここも整地する必要があると言うことを考えなければ。


その頃には、余裕でカマを振れるだけの体力と魔力を手に入れている事を願うばかりだ。


ピロン

『またノックノックが来ているな。と監視者が見ています』


ウィンドウの音に顔を向けると、手のアイコンがある方向を指差していた。

指の先にはノックノック達がいる。5匹くらいいる内の3匹が片手に小さな枝を握っていた。


数日観察された後、俺を無害だと判断したのか、少しずつ近付いてきては傍で俺の真似事をするようになった。


クワを振れば枝を振り、カマを振れば草を叩いたり、素振りも遠くで真似していた。

散歩中も後ろをついて回ったり、と、思ったら前や横から覗き見たり。

こちらからしても無害な連中なので好きにさせていた。


昼食時には小さな石や葉っぱを持って来て、少し離れた位置で食べるふりまでしていた。

小さな生き物のおままごとは少し可愛く見えた。

だから少しサービス精神が出て、彼らの昼食を用意してあげようと蜂蜜やジャム、フルーツジュースなどを買っておいた。

離れた草むらの前に置いておくと、気付いたら群がっていて、多くても5~6匹だと思ってた彼らが実は10匹以上いた事が判明して、ちょっと引いた。


監視者曰く、実はもうちょっと居るらしい。

蜂蜜全然足りなかったんじゃなかろうか。

あと、直接俺を助けてくれた奴が誰なのかは、もう一生分からないと思う。


それでも瓶を懸命に持ち上げたり、蓋を協力して開けたりする様子は微笑ましかった。

広い牧場に生きたものの気配が増えた事が、少しばかり俺に安心感を齎しているのだと思う。


今日も彼らの為にミルクジャムなるものを用意しておいた。


「さて、今日は7マス目指して頑張りますか」


クワを手に取る。最初に感じていた重みは感じない。ある程度、本当に微々たるものだろうが、魔力の消費も肌感覚で分かるようになって来た。

昨日の内に草を刈り取っておいた土にクワを振る。

もこりと泡立つような土の感触と見た目は、いつ見ても飽きない。


「…………じゃがいもばっかで27マスは…多過ぎたか?」


じゃがいもの種を全て植えてから、ジョウロで水をやっている時に漸く思い至った。


ピロン

『だから玉ねぎかアスパラを植えろと言ったのだ!と監視者が意見を聞かなかった事に腹を立てています』


「確かに……ちょっと意固地になってたかもな」


初収穫を果たしてから新たな作物を、と決めていたせいで、監視者の言葉につい反抗してしまったのだ。

冷静になるとじゃがいも以外の作物を植えても良かった。

まあ後悔しても後の祭り。


「明日収穫だし、収穫した後にまた考えよう。何個ずつくらい採れるのかまだ分かんないし」


ジョウロを置く。遠くでノックノック達が何やら手を前に翳している姿が見えた。彼らの魔法なのだろう。何かふわふわした綿あめのようなものが、彼らの手元には浮いていた。しかし草に紛れていて良く見えない。

あまり気にすると邪魔になりそうなので、気にしないようにして水筒を飲んだ。


まだ体力が残っている。魔力ははっきりと分からないが、少しくらいなら大丈夫だろう。

昨日もこうやって残りを草刈りに費やした。

今日も続きをやろう。


徐々に整地が進むのが楽しい。


魔力が切れる前にカマを置き、今度は草むらに入って石を退かす作業に移る。

監視者曰く、ハンマーを使えば石を砕けるらしい。

そろそろハンマーと、木を伐るオノも揃えていいかもしれない。

どちらも魔力を多く消費するらしいので、慎重に使わないといけないだろうが。


夕方になり、体力の限界も近くなって来たので家に引っ込んだ。

シャワーを浴びて、人間界の食材を使ったメニューから出来るだけ安い物を選んで夕飯にする。

特にする事もないし、照明のチャージが心配なので寝室で寝るまでカタログを眺めるだけの時間を過ごす。


ピロン

『今日はダイヤモンドムーンだ。と監視者が空を見上げています』


「ダイヤモンドムーン?」


魔界の夜は意外と明るい。月がでかいのだ。

満ち欠けはなく、常に満月状態で、色が変わる。今まで見たのは青いブルームーンと、琥珀色のアンバームーンだ。


「すげぇ名前」


翻訳のせいだろうか。気になってカーテンを開けてみた。


本当にデカいダイヤモンドが空に浮かんでいる。


「………え、すごい」


『ダイヤモンドムーンは珍しい月だ。前回見れたのも半年以上前だからな。折角だ、外に出て拝みに行こうではないか。と監視者がうきうきと支度をしています』


別に俺が出るだけなら監視者が支度する必要はなさそうなのだが、愛嬌に口端が緩む。

「そうですね」と頷いて寝間着のスウェットで、靴は一足しかないので農作業用のロングブーツを履いて外に出た。


外は冷たくも明るい白い光で満たされている。

月の表面は、細やかにカットされたダイヤモンドのようにキラキラと煌めき、その反射が目に眩い。


ウッドデッキの階段の最上段に座って、ぼんやりと月を見上げている。

夜でも花弁は風に舞っていて、ダイヤモンドムーンを一層彩る。

幻想的な光景だ。人間界では絶対に見れない。


暫く観賞を楽しんでいたら、突然「コンコン!!コンコンコンコン!!」と遠くから激しいノックの音がした。

俺は驚いて立ち上がる。南の方の草むらがガサガサと動いていて、姿は見えないがノックノック達が猛スピードで走っているのが分かる。


その後方に、遠近感を無視したような大きな影があった。


ダイヤモンドムーンの明るさは昼程ではない。だが、あの月には感覚を研ぎ澄ませる力があるみたいだった。

おかげで見える。

小さな丸い耳に、二足歩行の丸みのある巨体。


「………クマ?」


限りなくクマに近いが、違う。耳の間に角のようなものも見えた。

その、ぞっとするシルエットがはっきりと夜に浮かぶ。


ピロン

『あれは”暴れる巨体”と言う名前の魔物だ。そこそこ強い個体だな。……戦え!と言いたい所だが、今のお前では引っ掻かれただけで死ぬだろう。と監視者が悲しんでいます』


「………いや、悲しんでいる場合かよ」


監視者の言葉に頬が引き攣る。



「魔物が出るなんて、聞いてねぇんだけど」



自分でも分かる程に声が硬い。背筋はずっと冷たい汗が流れ落ちていた。



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