10 ぶっ倒れ
結局、昨日はカタログと睨めっこして終わった。
その代わり生活に必要な物は最低限揃った、と思う。
家に照明とカーテンがついたし、水も手で飲まなくて良くなった。歯も磨き、風呂にも入れる。
俺は文明と尊厳を手に入れた。
今日から本格的に畑作業に入る予定だ。
早起きは出来なかったが、昨日早めに就寝したおかげか、昼前に起床出来た。
まあ、寝起きの動きの悪さに監視者からやいやい言われたが、これでも人間界に居た時より少しマシなんだ。
俺は新品のブラウンのシャツを着て、丈夫なデニムを履き、裾を農作業用のロングブーツに入れる。ブーツの爪先に鉄板が入っているので少し重い。厚手の軍手もして、玄関先に置いていた黒鋼のカマとクワを握り、いざ出陣。
外に出ると、相変わらず空から桜色の花弁が降り注いでいた。青い葉を揺らす草に、点在する木々。この牧場は、元々森だったのかもしれない。
景色は本当に綺麗だ。
ここが畑と思わなければ。
広大な大地は終わりが見えない。草は地平線まで続いている気さえする。
俺に出来るだろうか。
考え出すと不安ばかり募ってしまう。
息をふっと吐き出し、ギチリとカマを握り締める。
「……先の事は考えるな。今は目の前のことに集中」
ピロン
『やる気を出したあなたに監視者が感激し、タオルを広げて応援しています』
監視者の喜びようは、ちょっと変だが背中を押してくれる。ウッドデッキから降り、家の正面に広がる荒地に向かう。
家の前は舗装跡が残っていた。軽自動車ならギリギリ擦れ違えるくらいの幅。
その道を挟んだ向こう側一帯が、これから畑にする予定の荒地だ。
とりあえず、家から真っ直ぐ歩き、最短距離の位置に立った。
説明書に書いてあった通りに、カマを振るう。右から左へ。ほんの軽い力で。
──────ザンッ
前方1メートル程の草が一気に刈られた。青い葉がハラハラと地面に落ちる。
「うお……気持ちいい…」
振るだけで魔力の斬撃が出るカマだとか。俺はもう一振りした。ザンッとまた葉が刈られる。
ピロン
『もう少し斜め下を狙え!土を斬るイメージだ!根を断絶するのだ!と監視者が麦わら帽子を被って拳を振っています』
ウィンドウから出た手のアイコンが確かにぶんぶんと拳を振っている。監視者は神様なのに、随分とノリが良い。いやもう知っていたけど。
「土を斬るイメージか」
言われた通り、少し斜め下に向かって振り切る。先程より深い斬撃の音。土にざっくりと切り跡が残る。後で耕す時も楽になりそうだ。
振る度にカマの柄が手に吸着してくるような奇妙な感覚があるが、これなら草刈りは問題ないだろう。何なら楽しいくらいだし、何より草との距離が遠めだから、かぶれる心配もない。
それでも一気に整地するのは無理だ。
今日は自分の食い扶持を育てる小さな畑を作るだけにする。ザクザクと草を軽く刈り、腕が少し怠くなって来た所でカマを置き、寝かせていたクワを取る。
「本当に、いきなりクワで良いんだよな?」
鋤いたりしなくて良いんだろうか。
ピロン
『知の神でもある私を信じろ!農業のススメを読破しておいた!クワには土魔法の術式が組み込まれている。一発クワで掘れば、たちまち耕されると言う寸法だ。と監視者が説明書を説明しています』
「知の神"でも"あるってなに。何にしても初耳なんだけど。いや、聞いたか?」
初日は色々あり過ぎてあまり覚えていない。『監視者は農具の説明書に興味津々です』とウィンドウに浮かぶ。
「ま、いいや。実践あるのみ」
クワを両手で握り込む。ずしりと重たい鍬平。怪我は怖いので足を開き、しっかりとした態勢で振りかぶる。
ふと過ぎるのは、畑の端から見ていた祖父の構え。
俺は少し高揚した。
人間界にいた頃は俺が土いじりを出来るなんて夢にも思わなかった。
そんな俺が、今、クワを振るう。
様々な思いと記憶と共に、思い切り振り下ろす────
シュボッ
体から全ての力がクワに吸われ、手から抜けたクワは勢いよく飛んでいき、反動のままに俺は倒れた。
ピロン
『ライガーーーーーー!!!と監視者が力を奪われ、干し大根のようになったあなたに驚いています』
干し大根ってなに?あのカラカラになってるやつ?
俺は俺自身を見る事は出来ないが、何となく一瞬でガリガリになった気はしている。いや、元からガリガリではあったけど、頬とかめちゃくちゃコケてない?ミイラになってない?
『クワを一回振った程度で何故そんな事に!先にカマを使い過ぎたのか!?いやしかしあんな10回にも満たない回数でそんなバカな!!ま、まさか5歳児ほどの魔力もないのか!!ライガ!!どうしてそんなに不憫なんだお前は!!と監視者が大きく動揺しています』
魔力?カマとクワ使っただけなのに、魔力って何の話だよ。5歳児以下って何がだよ。
ウィンドウが監視者の慌てっぷりを表しているのか、右に左にと動き回る。
何とか答えようとしたが、
「………は、…ひゅ…」
声も出ない。やばい。かなりしんどい。指先が辛うじて動かせるが、それ以上の動きも出来ない。
顔を動かす。だが何もない。
脱水症状で倒れた時に似ている。体の中がカラカラに乾燥し、意識が朦朧としてきて、手足が震える。
「……し、…しぬ…たすけ…」
割とマジでやばい。
震える指先を伸ばしても、ウィンドウを擦り抜けるだけだ。
『ライガ!死ぬな!お前の牧場ライフは始まってもいないんだぞ!立ち上がれ!!と、監視者が懸命にタオルを振って応援しています』
駄目だ、役に立ちそうにない。
俺はウィンドウから目を逸らした。
薄らと気付いてはいた。
監視者は直接手助けはしないんだと。
だから自力でこのピンチを脱しなければいけない。しかし、良い案は思い浮かばない。
夢が叶うのかと、望んで良いのかと、期待した途端にこれだ。
正直、牧場をやると言う夢は、母への罪悪感でもあり、それから解放されたい気持ちもあった。
そんな身勝手な想いのせいかな。
俺自身に突き放されるのは。
感傷に浸っていた意識が、ぴたりと止まる。
目線の先にはまだまだ広がる青い雑草が見えていた。
俺は、そこをジッと見詰める。
………何かいる。
草の隙間から、白い三角頭巾?をすっぽり被った小さな何かがいるのだ。目の所に大きめの穴が開いている。それにしても真っ黒だ。その穴も、小さな体も。
本当に小さい。草より小さい。
多分15センチくらいしかない。
なんか、引っこ抜いて物を運ばせるゲームのキャラクターに似てる。丸っこいシルエットが紫の奴を彷彿とした。
それもジッとこっちを見ているようだった。
俺は謎の生物に看取られるのか。もしかして、アレが魔人か?
死に掛けているのに、思ったより俺の頭の中はよく回る。
謎の生物の後ろに、全く同じサイズの謎生物が顔を覗かせた。増えた。と思っていたら、更にもう1匹(匹で良いか分からん)増えた。
と、思ったら顔を見合わせ、それらはザッと草に隠れた。
あんな謎の生物に看取られるのかと不安に思ったが、いざ居なくなると寂しいもんだ。
いよいよ目が霞んで来た。ピロン、ピロンとウィンドウの音がするが、もう読めない。俺は目を瞑った。
死を、受け入れるべきか────
「コンコン!」
唐突なノック音。それが定期的に聞こえる。どうやら近付いて来ている。
あまりに不可解な音に、俺は重い瞼を開いた。
「…………ッ…!」
目の前にさっきの謎の生物が立っていた。何やら体の半分ほどありそうな葉っぱを握って。
目の所の穴は、近付いてもやはり真っ黒だ。頭の白い頭巾はやはり被り物らしく、首元を細い蔓で縛ってある。
「コンコン、コンコン」
謎の生物の鳴き声なのか。ノック音が頭巾の下から聞こえる。首を傾げて、そっと葉っぱの先を俺に近付けてきた。
避ける力もない。
葉先が口元に当たった。
近過ぎて見えにくいが、ほんのりと光る金色の雫が葉の中央を滑り、俺の口の中に入って来たようだ。
小さな一口なのに、ぶわっと口の中に甘さが広がる。ハチミツのような濃厚な甘み。
しかし俺は限界が来て、目を瞑ってしまった。
最後に見えたのは、葉っぱを持つ謎生物の後ろから、同じ謎生物が覗き込んでいた姿だ。
5匹くらい居た気がするのだが、アレは何だったんだろうか。




