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9~高貴なる女王巡礼に出る(荷物過多)

 

 ジルコール北門前。

 朝靄の残る空の下、旧巡礼路へと続く道の入口に、五つの影が集まっていた。


「よし、装備確認。

 武器よし、盾よし、予備ロープ、火打ち石、非常食……」


 ジンジャーが慣れた手つきで背嚢の紐を締め直す。

 その横で、ソルトも自分の荷を点検していた。


「地図、筆記具、予備の紙、簡易薬箱……えっと、魔導式の方位盤も……」


「……本当にそれ、必要?」

 ミントが仏頂面で問いかける。


「必要ですよ!? 未知の遺跡調査ですよ!? 記録こそロマンです!」


「ふーん。荷物増えるだけに見えるけど……まあ、ソルトの背負う分だし、いいか」


 ミントの背負う荷は最小限だった。

 ヒーラー用の杖、治療薬の入った小袋、包帯、予備の水袋。

 あとは着替えが二組。

 それ以上は「面倒だから」という理由で切り捨てている。


 ノーラの荷物もまた、驚くほど少なかった。


 灰のローブの下に、体にぴったりと沿うポーチ。

 そこには小さな銀箱、折りたたみ式の帳簿、筆記具、数種の小さな魔術具。

 背中には布袋一つ。中身は乾燥食と簡易調理道具、おまけ程度の衣類。


「……ずいぶん身軽だな」

 ジンジャーが感心したようにノーラを見る。


「荷物は少ないほど利率がいいのよ。

 背負う重さは、全部コストだから」


「金勘定で荷物を語る魔女、初めて見たぞ……」


 ノーラは肩をすくめ、灰のローブの胸元を軽く叩いた。

 古びた布は、相変わらず微かに灰の匂いがする。


(……あの夜から、ずっと一緒。

 今日もよろしく、ってところね)


 そんなささやかな挨拶を終えたところで――


「お待たせしましたわーーーっ!!」


 聞き慣れた、いや、耳に刺さるほどよく通る声が、門の方から響いてきた。


 全員が振り向いた先。

 そこには、山のような荷物を従えて歩いてくる金髪の少女――フレアリスがいた。


 大きなトランクケースが二つ。

 中くらいの旅行カバンが三つ。

 その上に、クッションやら帽子箱やら、よく分からない箱が積み上がっている。

 さらに、本人の肩からはレースのバッグと謎の布袋がぶら下がっていた。


「……えっと」

 ソルトが固まる。

「なんですか、その……引っ越しですか?」


「失礼な。これは旅に必要な最低限の荷物ですわよ?」


「最低限!?」


 ジンジャーが思わず素で叫んだ。


「この大トランク2つは何だ」


「こっちはドレスとおしゃれ着一式。

 廃教会とはいえ、途中でどこかの貴族邸に招かれる可能性はありますでしょう?」


「ねえよ」ジンジャーがつっこむ。


「こっちはティーセットと茶葉ですわ。

 文明から離れた地で、粗雑なお茶しか飲めないなんて耐えられませんもの」


「水と携帯食で我慢しろ」


 ジンジャーの突っ込みを軽く無視し、フレアリスは中サイズの鞄をぽん、と叩いた。


「こちらは予備のブーツと靴下と帽子とアクセサリー。

 冒険者たるもの、どんな状況でも身だしなみは完璧であるべきですわ!」


「身だしなみの前に生存を心配して」

 ミントの声が低く刺さる。


「こっちは何?」

 ノーラが一番小さな箱を指さす。


「それは、夜のお菓子とクッションと――お気に入りの枕」


「いらない」


「いりますわ! わたくし、枕が変わると寝つきが悪くなる体質ですの!」


「じゃあ置いてきなさい。寝つき悪いくらいで死なないから」


 フレアリスはぐっと唇を尖らせ、くるりとジンジャーの方に向き直った。


「そういうわけですので、ジンジャー。

 力自慢のあなたが、このあたりの荷物を――」


「断る」


「即答ですのね!?」


「俺は前衛だ。両手はいつでも武器を抜けるようにしておきたい。

 それに、その荷物を支えるための筋肉じゃねえ」


「なら、ソルト。あなた、こういう荷物持ちは得意そうですわね?」


「ぼ、僕は学者志望の見習いです! 荷物持ちじゃありません!」


「でも背中ががら空きですわよ?」

 フレアリスが甘ったるい声で迫る。


「いやいやいや、この背中は、資料と標本用に空けてあるんです!」


「標本なんかより、わたくしのティーセットの方が絶対有意義ですわ!」


「ひどい価値観が出てきた!?」


 騒ぎを横目に、ミントがふぅ、と深い息を吐いた。


「……あー、うるさい」


 彼女はとことことフレアリスの前まで歩き、

 積み上がった荷物の一番上の箱を指でつついた。


「これ、全部持つならさ」


「ええ。持っていただきますわ。頼りにしてますわ、パーティのみなさま!」


「じゃあ、弓でも飛んできた時、誰が防ぐの?」


「……え?」


「ジンジャーは両手塞がる。ソルトも塞がる。

 わたしは回復で手一杯。

 あんたは両手ふさがった状態で、どうやって詠唱して、扇子振り回して、偉そうに名乗りするの?」


「偉そうって言いましたわね今!?」


「それに、逃げるときに足、遅れる。

 荷物ごと焼けました。フレアリスも燃えました。おしまい

 ――そんなのバカみたい」


 淡々と告げるミントの言葉に、フレアリスは固まった。


「……ミント。あなた、意外とひどいこと言いますわね……」


「事実」


 ミントはくるりと背を向け、肩越しに続ける。


「どうしても持っていきたい私物は、自分で持つ。

 それができないなら――諦めて」


「ぐ……っ」


 フレアリスは拳を握りしめ、悔しそうに荷物の山を見下ろした。


「……じゃあ、せめてこのトランク一つだけでも――」


「それ、何入ってるの?」

 ノーラが問う。


「ドレスと、お茶会用の――」


「没収ね」


「あんまりですわね!」


「旅に関係ない荷物はコスト。

 同行者に押しつけるなら、運搬料を払ってもらうわよ?」


 ノーラがさらりと言うと、フレアリスの顔色が変わった。


「う……運搬料……?」


「荷物の重さ一キロにつき、一日銅貨5枚。

 それと、万一荷物を守るために戦闘で不利を負ったら、追加で危険手当ね」


「高利貸しの条件書みたいなこと平然と言いますわね!? 誰がそんな暴利払いますのよ!」


「じゃあ背負わない」

 ノーラがきっぱり告げる。


「……ぐぬぬぬぬ」


 数瞬の沈黙。

 フレアリスは、山のような荷物と、仲間たちの冷めた視線を見比べ――


「……分かりましたわよ!」

 バッと扇子を広げた。

「では、最低限だけに絞りますわ! 廃教会に似つかわしい、機能的で、かつ気品を損なわない装備に!」


「最初からそうして」


 フレアリスはトランクの蓋を開け、中身を掘り返し始めた。


「……これは無し。

 これは、万一貴族の夜会に招かれた時用だから、今回はお留守番。

 これは――うう、置いていくのは辛いですけど、お別れですわね、お気に入りのティーカップたち……!」


「カップに別れを告げる人、初めて見た」

 ソルトが小声でつぶやく。


 最終的に、フレアリスの荷物は――


 ・普段着+簡素なマント

 ・最低限の着替え

 ・小さな茶葉缶と折りたたみカップ一つ

 ・魔導書一冊

 ・化粧道具をぎゅうぎゅうに詰めたポーチ

 ・厚手の毛布1枚


 まで削られた。


「ふふ……これでもう、誰にも文句は言わせませんわ」

 フレアリスが胸を張る。


「まあ、許容範囲」

 ミントが渋々うなずく。


「お嬢ちゃんにしては、よく削った方だな」

 ジンジャーも笑った。


「……ティーセット一式を置いていく決断は、ちょっとだけ評価します」

 ノーラがぼそりとつぶやく。


「ちょっとだけって言いましたわね!?」


 そんなやり取りの中、

 ジルコールの北門の鐘が、遠くで一度、二度と鳴り響いた。


「時間だな」

 ジンジャーが背負い直す。


「じゃ、行こっか」

 ミントが短く言い、門の外へと足を踏み出す。


「はぁ……本当に行くんですね、忘れ谷」

 ソルトが不安げに空を見上げる。


「怖いなら、今からでもやめておく?」

 ノーラが横目でからかう。


「やめませんよ! 未知の遺跡ですよ!? こ、怖いけど、好奇心の方が勝ってます!」


「いい心がけですわ、ソルト。

 恐怖より、名誉とロマンと火力を優先すべきですわ!」


 フレアリスが、ふふと笑う。


「最後の要素が怖いんですけど!」


 笑い声と軽口を背に、

 強欲魔女と、残念貴族と、3人の冒険者は、霧深い忘れ谷へ続く旧巡礼路へと歩み出した。


 ノーラの灰のローブが、朝風にふわりと揺れる。

 その布の奥で、誰にも聞こえない微かなざわめきが、生まれては消えていった。

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