8~忘れ谷への調査依頼
その日の昼。
ジルコール冒険者協会の窓口前には、ため息まじりの空気が漂っていた。
「――以上が、今朝の森の中で、火魔法ドッカン騒ぎの報告書です」
カウンターに書類を置いたのはソルトだった。
その背後には、腕を組んだ戦士ジンジャーと、椅子にふんぞり返る女ヒーラーのミント。
2人はソルトが、パーティーを組む冒険者仲間だ。
その横で、フレアリスが何故か胸を張っている。
職員はこめかみを押さえながら、全員を順に見渡した。
「……で、原因は?」
「原因は、そこの人です!」
ソルトとミントの指が同時にフレアリスを指した。
「ちょ、ちょっと! なぜ一斉にこちらを!?」
「当たり前でしょ」
ミントは仏頂面のまま、ぼそりと続ける。
「早朝から森で叫び声上げて、火魔法ぶっ放して……何考えてんの」
「決闘ですわ! 高貴なる魔女同士の――」
「決闘に周り巻き込んでる時点でアウトだろ」
ジンジャーが低い声で割り込んだ。
鍛えられた腕を組み、苦々しい顔でフレアリスを見る。
「俺たち、ギルドから低ランク向けの安全エリアって説明受けてたんだが?」
「……うっ」
職員は机を指でとん、と叩き、半眼になった。
「フレアリス=ヴァン=ルクレール。
街の近くで、事前許可もなく大規模な火魔法を使用。
ついでに一般人――いや、一般人よりは丈夫そうだけど――ソルト君を巻き込んで火傷させるとは、どういう了見かな?」
「軽傷ですわ。湯あたりみたいなものでしょう? むしろ血行が良くなって感謝して――」
「誰が湯治に行ったと思ってるんですか!!」
ソルトのツッコミが食い気味に飛ぶ。
職員はため息をつき、書類をパラパラめくる。
「……前々から注意していたよね。街の周辺では火魔法は控えるようにって。
で、君、今月の依頼達成数と、迷惑料で差し引かれた分の合計、いくつだったっけ?」
「……マイナス、三件……ですわ」
「普通はありえない数字だよ」
フレアリスの肩が震える。
「このままだと、一時登録停止も視野に入れないといけない。
宿の保証人をしている大家からも、『今月分の家賃、滞納したら契約打ち切り』って苦情が来てるしね」
「うぐっ……! な、なんて器の小さい大家ですの……!」
「梅干し婆だろ? あの人かなり我慢強い方だぞ」
ジンジャーがぼそっと呟く。
「こないだ『あのお嬢ちゃん、また家の庭手を火の試験場にして……』って泣きそうだったしな」
職員は咳払いし、話を戻した。
「ともかく。
首まではしない。その代わり――これを片づけてきなさい。パーティー全員で」
差し出された紙には、太字でこう書かれていた。
忘れ谷・廃教会調査依頼
・旧巡礼路沿いの廃教会にて、遺物の回収および危険要因の確認
・報酬:金貨+成果に応じて追加
・条件:Aランク相当の魔術師を含む小規模パーティ
「……廃教会、か」
ジンジャーが腕を組み直す。
北の忘れ谷にある廃教会は、噂好きの冒険者なら誰もが知っている曰く付きの場所だ。昔、巡礼者たちが行き来したが、今では呪われた場所として冒険者でも敬遠されている。
「そう。最近、その辺りで再生の奇跡だの死者が歩くだの、よろしくない噂が出ている。放っておくと巡礼路が塞がれて、ジルコールの経済にも響く。
――君が今まで撒き散らしてきた迷惑を、一つくらい帳消しにしておいで」
「な、なんですの、その言い草……! わたくしはそんなに迷惑を――」
「ソルト君」
「えっと、これまでに受理された被害届は3件、火だるまになりかけた倉庫一つ、ギルド備品の焼損が2回……」
「……わたくし、耳が遠くなりましたわ。何も聞こえません」
フレアリスは耳を塞ぎ、現実から目をそらした。
職員は、ちらりとノーラに視線を投げる。
「条件にAランク相当の魔術師って書いてあるだろう? ギルド内だけだと、今は手が足りていない。……ノーラ。君、最近ギルド仕事からは距離を置いているようだけど、どうだ?」
「ギルド経由の仕事は、手数料が高いのよね。利率が悪い」
「報酬は金貨だ。それに、廃教会には聖遺物があるという噂もある。発見した第一発見者として、王都の教会や商会と太いコネができる。君のような商売人には、悪い話じゃないと思うが?」
「それに――世話焼き役がいないと、お嬢ちゃん一人じゃ間違いなく死ぬ」
「全力で同意」
ミントが即答した。
「ひどい言われようですわね!? わたくし、火の魔法を得意とするルクレール家の魔女ですのよ!?」
(聖遺物ね……再生魔石と無関係とは思えないわね)
「……ふぅん。
つまり、この残念貴族を含めたソルトパーティーのお守りをしながら、危険な廃教会に行って、儲かるかもしれない宝を拾ってこいって話?」
「ひと言で言うとそうなるね」
「ひと言で言わないでほしかったですわ!」
フレアリスが机をばんと叩く。
「わ、わたくし達はお守りなんて必要ありませんわ!
ただ、ちょっとだけ――今月の家賃と食費と魔術書代が危ういだけで!」
「それを世間では、お金がないって言うのよ」
ノーラは肩をすくめた。
しばし計算する。
報酬、リスク、噂の真偽、再生というキーワード。
そして――このパーティーに貸しを作っておく将来の利点。
「……いいわ。
その廃教会の依頼、引き受ける。
ただし、条件が三つ」
ノーラは指を三本立てた。
「一つ。報酬の配分は、危険度と働きに応じて、私が決める。
二つ。現地で見つかった物の価値査定は、全部私に一任。異論は認めない。
三つ。現地で火事を起こしたら、フレアリスの取り分は半分没収」
「なっ――強欲! 理不尽!」
「第三条項だけはむしろ妥当だな」
ジンジャーがうなずく。
「僕も賛成」
ソルトが手を挙げる。
「……いいと思う」
ミントも賛成票を投じた。
「即席パーティーとはいえ、高貴なるわたくしへの扱いがなっておりませんわ! 待遇改善を要求致しますわ!」
ソルトは苦笑しながら、ノーラに向き直る。
「じゃあ、ノーラさんも含めて、5人パーティですね。
僕は記録係兼、非常時の伝令役ってことで……」
「ええ。危なくなったら真っ先に逃げて、状況を報告してきなさい。
生きて帰る伝令は、戦場でも一番高く売れるのよ」
「心強いんだか心配なんだか、よく分からない言い方ですね……」
職員は小さく息を吐いた。
「よし。じゃあ正式に、忘れ谷の廃教会調査依頼受注と。
ノーラ、フレアリス、ジンジャー、ミント、ソルトの五名の仮設パーティー。
準備ができ次第、北の旧巡礼路から出立してくれ」
こうして――
強欲魔女ノーラと、残念貴族フレアリス。
低ランクだが、兄貴肌の熟練戦士ジンジャー。
仏頂面でキレる時だけよく喋るヒーラーミン。
巻き込まれ体質の学者志望ソルトによる「忘れ谷の廃教会行き」が正式に決まったのだった。




