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強欲魔女の経済学~銀刻交易連合記~  作者: 彩栗ナオ
経済短編~ジルコール市見聞録2
33/38

33~ルチェアのお使い

 

 翌朝。

 ジルコールの街に差し込む光は、まだ少し冷たかった。


 ノーラはアナグラの入口付近で帳簿をぱらぱらとめくり、最後の行にさらさらと数字を書き込んだ。


「――はい、決まり。今日の食費予算は、0.4フロー(40コル)まで」


「よ、40コル……?」


 ルチェアが目を丸くする。

 彼女の頭の中では、村の感覚と街の物価がまだうまく結びついていない。


「うん。ルールは三つ」


 ノーラは指を三本立てた。


「一つ、黒パンは一斤5コル以上は払わないこと。

 二つ、塩は500gで20コルが相場。ふっかけてきたら即スルー。

 三つ、干し肉は100gで25コル前後。今日は贅沢しないから、買うとしても100gまで」


「えっと……パン5コル、塩20コル、干し肉25コル……全部買ったら、もう40コル超えちゃいますね」


「そう。だから全部は買えないってのが今日の勉強」


 ノーラはにやりと笑い、布袋から40コル分の銅貨をじゃらりとルチェアの手のひらに落とした。


「今日は、あんたが家計担当。私は口だけ出す上司。

 ピョコマルは……マスコット兼、嗅覚係ね」


「ぴゃう」


 ピョコマルが胸を張る。

 ルチェアは両手で銅貨を包み込むように持ち、こくりと頷いた。


 ジルコールの朝市は、今日も活気に満ちていた。


 黒パンを積んだ屋台。

 干し魚を吊るす魚屋。

 武具屋の前では、安物の木製クラブ(1フロー)と槍(5フロー)が雑に立てかけられている。


「うわぁ……なんか、全部おいしそう……」


 ルチェアの視線が、焼きたての白パンに吸い寄せられる。

 綺麗に焼き色のついた白パンには、「1斤15コル」と札がついていた。


「白パン、食べてみたい……」


「はい出ました。初めて街に来た子あるあるね」


 ノーラは軽く肩をすくめる。


「白パンは、裕福層と観光客と、たまに贅沢したい庶民の嗜好品。

 今日のルールは40コルで一日暮らすだから、15コルはちょっと重いわね」


「でも、黒パンは5コルですし……白パン1個買って、黒パンも――」


「で、塩は? 干し肉は? ロウソクは? ルチェア、あんたは夜、真っ暗な中で勉強するの?」


 ルチェアはハッとして口をつぐんだ。


「……いやです」


「でしょ。ちなみに――」


 ノーラは少し離れた雑貨屋の前を顎で示す。


「あそこ、小型ロウソク1本5コル。燃焼時間、約6時間」


「6時間……」


「夜の2時間を勉強、2時間は自由時間、残り2時間は魔力の感覚を確かめる静かな時間。ロウソク1本で、その全部が手に入る。黒パン1斤と同じ値段でね」


 ルチェアの手の中の銅貨が、急に重く感じられた。




「――よし。じゃあ、まずロウソクを1本……」


「いい判断。じゃ、交渉はあんたの役目」


「え、私が!?」


「そう。値切れとは言わないけど、自分の口で買うって大事よ」




 雑貨屋の前。

 小さな屋台に、ロウソクと石鹸と火打ち石が並んでいる。


「いらっしゃい。今日は何をお探しだい?」


「えっと……小さいロウソクを1本、ください」


「ほう、小さいのを1本ね。5コルだよ」


 ルチェアは一瞬迷い、ちらりとノーラを振り返る。

 ノーラは首をかしげただけで、何も言わない。


「……あの。これって、6時間くらいで燃えちゃうんですよね?」


「お、知ってるじゃないか。そうさ、だいたいそのくらいだね」


「じゃあ……ちょっとだけ、安くなりませんか? 私、今日、予算が40コルしかなくて……

 ここのロウソクが良かったら、また買いに来たいんです。今度は……2本とか、3本とか」


 店主は目を細め、ルチェアをじっと見る。

 ピョコマルが「ぴょ」と鳴いて、なんとなく場を和ませた。


「……あんた、ノーラのとこの娘か?」


「え、はい。あの、弟子……? みたいな……」


「じゃあ、初回サービスだ。4コルにしといてやるよ。その代わり、また買いに来な」


「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」


 ルチェアがぺこりと頭を下げ、4コルを差し出す。


 後ろでノーラが、感心したように小さく口笛を吹いた。


「やるじゃない。いきなり20%引きとは」


「えへへ……」


「ただし覚えときなさい。情で引いてくれる人は、悪い人じゃない。

 でも、それに甘えすぎると計算ができない商人になる。今日だけの特別価格ってことね」


「はい!」


 次に二人は食料品の屋台へ向かう。


「黒パン1斤、5コルね。今日は2斤は要らないわ。ルチェアと私と、ついでにフレアリスが寄ってきた場合を考えて……1.5人前ずつ」


「フレアリスさん、勝手にカウントされてますね」


「最近良く来るからね、あの人。じゃ、黒パンを1斤と半分。7コルにまけてくれるなら即決って言ってみなさい」


「えっ……その交渉、私がするんですか?」


「そうよ。実戦です」




 黒パン屋の前。

 丸顔のパン職人が、焼きたてのパンを木板に並べている。


「う、うあぁ……いい匂い」


「よお、小娘。黒パンかい?」


「はい。えっと……黒パンを1斤と半分、ください。

 その……7コルで、お願いできませんか?」


「7コルぉ? 黒パン1斤5コルだ。半斤なら3コルで、合計8コル。普通はそうだ」


 パン職人がじろりとルチェアを見る。

 ルチェアは財布をぎゅっと握りしめたまま、言葉に詰まる。


 そこで、ノーラがすっと前に出た。


「そちらのパン、美味しいと評判よ。

 うち、しょっちゅう買いに来るかもしれないから――常連見込みで今日だけ7コル。代わりに、私が美味しい黒パン屋って、お客さんに宣伝してあげる」


「……お前さん、前に銀のブローチを見事に値切ってった魔女だな?」


「覚えててくれたのね。あのブローチ、ちゃんといい値で売れたわよ」


「ったく……商売人同士、足元見てくるじゃねぇか。いいだろう、7コルだ。味は落とさねぇからな」


「ありがとう。ルチェア、お支払い担当」


「は、はいっ!」




 ルチェアは7コルを差し出し、黒パン1.5斤を抱える。

 ふわりと温もりが胸元に広がった。


 アナグラに戻る道すがら、ノーラはルチェアに残りの銅貨を数えさせた。


「ロウソク4コル、黒パンで7コル。合計11コル。

 40コルから引いたら、残り29コル。さて――残りの29コルで、何をどれくらい買えば今日一日が回ると思う?」


「えっと……干し肉25コルを買っちゃうと、もう4コルしか残らないから……」


「そうね。塩も欲しいし、石鹸もそろそろ残り少ない。

 全部をちょっとずつ買うのか、今日はこの1つに絞るのか――それを考えるのが、家計の第一歩」


 ルチェアは足を止め、真剣な顔で残りの銅貨を見つめた。


「……今日は、干し肉はやめておきます。

 塩を500g、20コルで買って、残り9コルは……貯めておきたいです」


「いい判断。料理の幅が広がるしね。

 フレアリスの料理スキルを、塩の力でさらに上げてもらいましょう」


「ふふっ、楽しみです!」


 ピョコマルが「ぴゃう」と鳴き、ノーラの足元をくるりと回る。




 こうして――

 ルチェアの「魔法修行」と「家計修行」は、ジルコールの日常の中で、少しずつ進んでいくのだった。

閲覧いただきありがとうございます。

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