31~ジルコールへの帰還とギルド報告
ジルコールの街門が見えたころには、空はすっかり群青色に沈みかけていた。
荷車の上では、縛られた盗賊たちがぐったりとうなだれ、その横で例の貴族風の男が無言のまま揺られている。
先頭を歩くジンジャーの肩には、すっかり馴染んできたルチェアの小さな荷物袋が一つ。
「ここが……ジルコール……」
ルチェアがぽつりと呟いた。
忘れ谷の寒村とは比べものにならない、人と光と音の渦。
行き交う荷馬車、露店の呼び込み、冒険者風の男女が笑いながら酒場へ消えていく。
「圧、すごいよね。最初はみんなそうなるよ」
ソルトが苦笑しながら、ルチェアの歩幅に合わせて歩く。
「でも、慣れると案外心地いいよ。何してても、誰もあんまり気にしないからさ」
「……村と、反対ですね」
「そう。だからこそ、あんたみたいな子にはちょうどいいのよ」
ノーラはいつもの調子で言い、ギルドの看板を顎で示した。
「さ、仕事の〆ね。面倒な書類と報告タイムよ」
◇ ◇ ◇
ジルコール冒険者協会は、夜でも灯りが落ちない。
依頼掲示板の前では、今日の稼ぎを数える者、明日の仕事に目を光らせる者たちでごった返していた。
そんな喧騒の中に、その列の端には毛布を羽織らされた小さな子供が三人。
互いの袖を握り合い、怯えた目で周囲の大人たちを見上げていた。
ざわめきの質が、一段だけ変わる。
「……子供?」
「連れて帰ってきたのか……」
「おい、なんだあれ」
「捕縛依頼か?」
「あの金髪の魔女、また何かやらかしたのか?」
ざわめきの中、受付カウンターにいた黒髪ポニーテールの職員が顔を上げる。
ジルコール支部の受付嬢――リナだ。
「……うわ、本当に捕まえてきたんですか。『最近この辺りで噂の盗賊団』」
リナの目が、縛られた盗賊と、貴族男、ルチェア、そして毛布を被った子供たちへと素早く往復する。
「依頼書、確認しますね。――忘れ谷街道付近における盗賊被害と原因調査、および危険勢力の排除。……想定より、だいぶ盛りだくさんですけど?」
「おまけが多かったのよ」
ノーラは淡々と、洞窟で回収した帳簿と契約書の束をカウンターに置く。
「これが盗賊側の帳簿と、村との契約書。こっちが盗賊アジトから押収した穀物・家畜の返還リスト。あと、この貴族崩れは違法な人身売買の仲介人ね。ギルドと王都側にお任せするわ」
「……また、厄介なのを抱えてきましたね」
リナは書類に走り目を通しながら、目元だけでため息をつく。
「でも、助かります。最近この辺りの行方不明と盗賊被害、どこかで繋がってるって話でしたから。詳しい経緯は、奥の聞き取り室でギルドマスターも交えて伺います。――皆さん、まだ動けますか?」
「俺とミントは大丈夫だ。なぁ?」
「うん。どうせ報告しないと報酬出ないしね」
ミントは肩をすくめ、包帯の上から軽く肩を押さえた。
「じゃ、フレアリスとルチェアは待機ね」
ノーラがさりげなく振り返る。
「フレアリス、一応あんたも来る?」
「当然ですわ。高貴なるわたくしは、この一件の主戦力の一柱ですもの。功績を歴史に刻む瞬間には立ち会わなければ!」
「じゃ、ルチェアはここで待ってて。……リナ、彼女に椅子と温かい飲み物、お願いできる?」
「もちろん。ギルドの客人ですから。――お嬢ちゃん、こっちに座っててね」
「は、はい……!」
ルチェアはおずおずと頷き、カウンター脇の長椅子に腰かけた。
手渡されたマグカップからは、薄いハーブ茶の香りが立ち上る。
報告は、いつものごとく長かった。
盗賊の編成、雇い主の素性、村の事情、ルチェアの契約書の内容――
ジルコール支部の小柄なギルドマスターは、ひげを撫でながらじっと話を聞いていた。
「……ふむ。相変わらず、余計なところまで踏み込んでくるな、リッチポンド嬢」
「依頼の原因調査と対処は一通り終わらせたつもりよ」
「そこが手に負えんと言っておるのだ」
ぼやきつつも、マスターの目は笑っていた。
「盗賊団と人身売買の線は、こっちで王都に報告を上げておく。
あの貴族もどきの身柄は、一旦ギルド預かりにして、後で正式な移送に回そう。
子供三人は、当面ギルドの保護室へ回せ。
夜でも担当を付けろ。逃げ癖が付いてる。放っとくと消えるぞ」
マスターは机上の書類をトントンと揃える。
「で、問題は――あの娘だな。ルチェアと言ったか」
「彼女は私の助手見習いとして預かるわ。登録上は同行者扱いってことで。危険な依頼には連れていかない」
「ふむ……儂としては止めん。
冒険者が孤児を連れて歩く例は珍しくもないしな。ただし――」
ギルドマスターはノーラを真っ直ぐ見た。
「お前の連れて歩く荷物は、たいてい金になるが、
今回は金だけじゃなく、責任もセットだぞ」
「分かってるわ」
ノーラは短く答えた。
「どうせ、金にも役にも立つように育てるつもりだし。
投資対象と考えれば安いものよ。食費と寝床くらい」
「おい、本人の前で言えないことをここでサラッと言うな」
ジンジャーが苦笑し、ミントが小さく吹き出す。
「まあいい。依頼達成としての報酬だが――」
ギルドマスターは机の引き出しから封筒を取り出した。
「盗賊討伐・原因解明・被害返還・人身売買の証拠押収。
もともとの依頼額に、”重大違法行為の摘発加算”を上乗せして、合計で金貨1枚と銀貨20枚。パーティー《ソルト隊》と、その協力者ノーラ嬢・フレアリス嬢に配分だ」
「ちょ……そんな加算あるなら、先に言ってくださいよ」
「やる前から報酬を気にして動かれると困るからな」
マスターはおどけたように肩をすくめる。
「配分は任せる。後はいつも通り、書類にサインしていけ」
そう告げてから、ふと付け足した。
「――そうそう。
ノーラ。最近、魔石関係で妙な噂が流れている。
壊れたものを戻す石”だの、人を生き返らせる石”だの、聞いたことないか?」
ノーラのまぶたが、わずかに動いた。
「さぁ。噂ってのは相場より軽いからね。
まともな市場に出てないなら、今ここで話すだけ損よ」
「ならいい。……いや、良くはないが、今ここで深入りする話でもないか」
マスターはごまかすように咳払いをした。
「ともかく、今回の件、ご苦労だった。
ソルト隊はしばらく休養を取れ。ノーラ、お前は……どうせまた金の匂いを追いかけて動くんだろうが、その娘だけは粗末にするなよ」
「了解。粗末に扱うには、あの子はちょっと面白すぎるから」
ノーラが立ち上がり、椅子を引き直す。
「さ、行きましょ。ルチェアも待たせてるし」
「で、ノーラさん。今夜は……どうするんです?」
ギルドを出て石畳の通りに出たところで、ソルトが問うた。
夕闇は完全に落ち、街灯と酒場の灯りが通りを照らしている。
「僕たちはパーティー用の共同部屋を借りてあるから、ジンジャーとミントと三人で戻るけど……」
「私はいつも通りアナグラ。……で、ルチェアもそこね」
「えっ」
ルチェアが目を丸くした。
「アナグラ……外で寝るんですか?」
「外って言っても、ちゃんと屋根はあるわよ。土と木と石のね」
ノーラはさらりと言う。
「宿屋は高いからね。毎日泊まってたら、金貨が溶けていくもの」
「またそれですか……」
ジンジャーが苦笑し、ミントは肩をすくめる。
「でもまぁ、ノーラのアナグラ、わりと快適だよ。
前に一晩泊めてもらったけど、野宿と比べれば天国だったし」
「それ、フォローになってるのかな……」
ソルトは苦笑しながらも、ルチェアに向き直った。
「心配しなくて大丈夫だよ。ノーラさん、こう見えて面倒見はいいから。
嫌だったら、いつでもギルドの宿泊所に行っておいで。簡易だけど、保護者付きなら格安で泊まれるからさ」
「……はい」
ルチェアは小さく頷き、ノーラの横に並んだ。
「じゃ、数日は別行動か」
ジンジャーがあたりを見渡しながら言う。
「盗賊の件の書類整理も残ってるし、ギルドからの聞き取りもある。
しばらくは、こっちで地味な仕事をしてるから、何かあったらギルドに連絡してくれ」
「うん。こっちも、ルチェアの生活基盤を整えたら、一旦ギルド経由で次の依頼を選ぶつもり」
ノーラはいつもの調子で頷く。
「……じゃ、解散ね。また近いうちに」
「おう。またな」
「元気で。ルチェアちゃんも」
「ありがとうございました!」
簡素な別れの挨拶を交わし、ソルトたちはギルド近くの路地へと消えていった。
街外れの森は、夜ともなればひんやりとした空気に包まれる。
背の高い針葉樹の間を縫うように進み、茂みを抜けると――見覚えのある土と木の小屋が現れた。半分地面に埋もれたような、粗末なアナグラ。だが、入口からはかすかに温かな光が漏れている。
「ここが……」
「そう、私のお城」
ノーラは肩をすくめ、簡素な木の扉を押し開けた。
中は意外に広かった。
土壁には簡易棚が打ちつけられ、鍋やカップ、保存食の袋が整然と並んでいる。
隅には小さな暖炉代わりの炉床、その上には黒ずんだ小鍋。
壁際の木箱には、ルーン書と帳簿、地図がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
そして、手前の壁には――灰色のローブが、一着、丁寧にかけられている。
くたびれているはずなのに、どこか上質な布地。
ランタンの光を受けて、淡く揺れる灰色。
「……ここで、寝泊まりしているんですか?」
「そうよ。宿代ゼロ、光熱費ほぼゼロ。最高でしょ」
ノーラは当然とばかりに言う。
「人間、床と屋根さえあれば何とかなるものよ。贅沢言ったらキリがないしね」
ルチェアはしばし黙って中を見回し――やがて、小さく笑った。
「……思ってたより、ずっとちゃんとしてます」
「失礼ね。見た目はボロでも、内情は堅実なのよ」
ノーラは炉床の灰をかき回し、火種を起こした。
水魔法で鍋に水を満たし、残り物の乾燥野菜と固いパンを放り込む。
「今夜は質素なスープしかないけど、まあ最初の晩なんてこんなものよ。
明日からは、あんたにも稼ぎ方を教えるから。覚悟しておきなさい」
「……はい。よろしくお願いします」
ルチェアは深く頭を下げた。
ノーラは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐにいつもの調子に戻る。
「ひとまず、ここでのルールを説明するわね」
指を三本立てる。
「一つ、現金と食糧の在庫は常に把握すること。
一つ、火と水と寝床の管理は共同作業。私の瞑想タイムは絶対に邪魔しない。
一つ――いつか自分の寝床を、自分の稼ぎで確保すること。そのつもりで、全部学んでもらう」
ルチェアはこくりと頷く。
「分かりました。……いつか、自分の家を持てるくらい、ちゃんと稼げるようになります」
「その意気よ」
ノーラは満足げに笑い、鍋を軽くかき混ぜた。
「――ようこそ、アナグラへ。今日からあんたは、銀刻の値踏み姫が見習いとして認めた、正式な修行中の弟子よ」
「……かっこいいような、そうでもないような肩書きですね」
「文句は成長してから言いなさい」
二人の笑い声が、土と木の小さな空間に柔らかく広がっていく。
外では、ジルコールの街灯りが遠く瞬いていた。
盗賊団の一件はようやく一区切り――だが、ノーラの手元には、まだ開けていない小さな木箱と、赤い光を宿した魔石が残っている。
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