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強欲魔女の経済学~銀刻交易連合記~  作者: 彩栗ナオ
忘れ谷と祝福印の少女
29/38

29~忘れ谷の後始末


 谷間の夜明けは、ひどく静かだった。

 盗賊のアジトから連れ帰った荷車には、縛り上げられた盗賊たちと、奪われていた穀物袋、家畜用の干し草、そして金品の詰まった木箱が積まれている。


 その一番後ろ――麻袋にくるまれた小さな木箱の中には、

赤い光を宿した魔石がひっそりと眠っていた。


(再生魔石……これは、これは人前でする話じゃない)



 ノーラは意識的に視線を逸らし、村の門へと顔を上げた。


 忘れ谷の寒村。


 昨夜見た時よりも、朝靄の中の村は一層くすんで見える。外柵の丸太は腐りかけ、家々の屋根には藁の継ぎ接ぎが目立っていた。

 荷車の音に気づき、村人たちが広場へと集まってくる。

 肩を寄せ合う年寄り、土埃まみれの子どもたち。彼らの視線は、荷台の盗賊たちと、その隣を歩くルチェアへと釘付けになった。


「……戻ってきた、のか」


 誰かがぽつりと呟いた。


 それが、ルチェアを指しているのか、盗賊を指しているのかは分からない。


 広場の奥から、村長と例の貴族風の男――この村に越してきた雇い主が現れる。

 二人とも顔色は悪く、だが取り繕うように背筋を伸ばして歩いてくる。


「お、お前たち……その有様は……」



 村長は縛られた盗賊を見て、あからさまに顔を引きつらせた。

 隣の男は、逆に目を細めて状況を値踏みしている。


「討伐は完了しました。ご安心を」

 ジンジャーが淡々と告げる。


 肩には包帯が巻かれ、ミントが施した簡易回復術の光がまだわずかに残っていた。


「依頼どおり盗賊の被害原因の調査と対処は完了。……ついでに、ここから売られる予定だった女の子も回収しました」


 ノーラはルチェアの肩に軽く手を置き、村長を見据える。

「ねぇ、村長さん。説明してくれる?」


 その声音は静かだったが、広場にいる誰もが、そこに漂う冷たさを感じ取った。


「そ、それは……だな……」


 村長の額に汗が滲む。貴族風の男が一歩前へ出て、代わりに口を開いた。


「勘違いしてもらっては困る。これは契約だ。

 この村は度重なる不作で貧しく、税も重い。そこを私が立て替え、仕事を斡旋してやっていた。その対価として娘を預かる――紙の上では雇用契約だが、行き先が少々荒事に近いことは、互いに承知の上だ」



 男は肩をすくめ、あたかも当然のことを言っているように微笑む。


「盗賊のアジトと繋がっていたのは、あくまで向こう。私は仕事を紹介しただけだ。

 ……まぁ、貴女方が盗賊を片付けてくれたなら、むしろ感謝すべき立場かもしれないな」



「よく回る口ですわね」


 フレアリスが、扇子をぱん、と鳴らした。


「少々荒事などと耳障りのいい言葉で誤魔化してますけど、この村から子どもを売っていた事実は変わりませんわ。高貴を騙るには、いささか下衆が過ぎると思いませんこと?」



 ざわ、と村人たちがざわめいた。


 「子どもを売る」

 「盗賊」


――それらの単語に、ようやく点が線になった人間も多いのだろう。



 ノーラはカバンから、洞窟で見つけた帳簿と契約書の束を取り出した。


「盗賊のアジトから、こういうものが出てきたわ。

 忘れ谷村より、健康な女子一名――引き渡し済。支払い金額、金貨1枚。仲介手数料として銀貨2枚……」


 ノーラはさらりと読み上げ、視線を貴族男へと向ける。


「仲介手数料の欄に、あなたの印がある。

 あと、ルチェアの売買契約書もね。村長名義で」


 村長の肩がびくりと震えた。


 貴族男は一瞬だけ目を細めたが、すぐに笑みを貼りつけ直す。


「それがどうした? 貧しい村が生き延びるためによくある話だ。

 彼女一人を売れば、何人もの子どもが冬を越せる。その判断を、外野が裁けるのかね?」



 広場の空気が重く沈む。

 誰かが震える声で呟いた。「本当に……売るつもりだったのか?」


 ルチェアが、ぎゅっとノーラの袖を掴んだ。


 指先が、小さく震えている。

「……いいわ。感情論は後」


 ノーラは息を吐き、いつもの調子で言葉を並べた。


「まず事実の整理から。

 一つ、この村の名で、人身売買に相当する契約が結ばれていたこと。

 二つ、その引き渡し先は盗賊団と結託した裏仕事だったこと。

 三つ、依頼を受けた私たちは、盗賊団を討伐し、証拠と被害者を保護したこと」

 

淡々と、しかし一言一言を村人の耳に刻み込むように言う。


「ギルドの規約上、これは重大な違法斡旋と人身売買に該当する。

 報告はギルド経由で王都にも上がるわ。あなたがどう言い繕おうと、帳簿と契約書のコピーがあれば十分」

 

貴族男の顔から、さすがに笑みが消えた。


「……っ、冒険者風情が――」

「それでもね」


 ノーラは一歩だけ彼に近づき、声を落とした。

「ここで全部ぶちまけて、村を丸ごと焼き直しにするのが、一番正しいとは限らないのよ」


 村人たちが、はっと顔を上げる。


「この村が今どれだけギリギリで生きてるかは、昨日の宿屋と、倉庫の中身で十分分かったわ。盗賊に穀物を抜かれ、税も重く、冬を越せるかどうか――そんな場所で、いきなり村長を逮捕して、外から兵をどかどか送り込めばどうなると思う?」

 


沈黙。


 ミントが横目でノーラを見る。

(やり方だけ見れば、ノーラはかなり冷たい。けど——)


 ノーラは、縛られた盗賊たちを見やる。



「だから、折衷案を出すわ」

 ノーラは帳簿をぱさりと開き、貴族男と村長に見せる。


「まず――ルチェアの売買契約は、不履行として破棄。

 彼女を買った金貨1枚分は、盗賊から取り返した金品と、あなたがせっせと貯めていた隠し金庫から立て替える。利息も含めてね」


「な――っ!」

 貴族男が顔色を変えた。


 ノーラは洞窟戦利品の木箱をコン、と足先で叩く。


「盗賊の保管庫にあった金貨と宝飾品、あれ全部出所不明ってのは通らないわよ。

 ギルドへの報告では、村への被害返還と罰金として徴収って扱いにする。

 あなたに残るのは、最低限の路銀だけ。ここから先は、別の土地で真っ当に稼ぎなさい」

 

フレアリスが扇子で口元を隠しながら、くすりと笑う。


「処刑ではなく国外追放――いえ、村外追放、というところですわね。

 高貴なる私にしては甘すぎる判決ですが……ノーラの情けに感謝することですわ」


「ふ、ふざけるな! こんな辺境の村一つのために、わた——」


「……黙りなさい」


 普段は小声の多いミントが、珍しくきっぱりと言い切った。

 三白眼に冷たい光が宿る。


「これ以上、ルチェアの前で言い訳したら、私、本気で殴るからね」

 貴族男はその目を見て、思わず言葉を詰まらせる。

 ジンジャーが小さく苦笑した。


「次に、村長」

 ノーラの視線が、今度は村長に向く。


「あなたの名義で結ばれた契約は、全部ギルドに情報を送る。

 事情はあったが、犯罪行為に署名したという事実は消せないわ」

 村長は歯を噛みしめ、膝を震わせた。


「だが、今すぐ縄をかけて連行する気はない。

 盗賊の被害からの立て直しと、冬支度を整える責任は、まだあなたにやってもらう」


 ノーラは村人たちをぐるりと見回した。


「盗賊から取り返した穀物と家畜、道具の一部は、この村に置いていく。

 代わりに、村として今後一切人身売買に関わらないって誓約書を書いて。

 破ったら――次は本当に、村ごと裁かれることになるわ」

 

 誰も、反論しなかった。

 雨でしみ込んだ地面に、村長が膝をつき、小さく頭を下げる。


「……分かった。誓おう。

 ルチェアも、その……今後はこの村の責任として……」


「いいえ」


 そこでノーラがぴしゃりと言葉を切った。


「ルチェアは、私が預かる」

 広場の空気が、再びざわめいた。



「は、預かるって……!」


「身売りじゃないわよ。私の助手見習いとしてね。

 魔術と読み書き、計算と、旅のやりくり。全部叩き込んでやる。

 その上で、彼女自身がどこで生きていくかを選べるようにする」

 

ノーラはルチェアの肩から手を離し、本人に問いかけた。


「ルチェア。あんたはどうしたい?」


 ルチェアは一瞬、村の方を振り返る。

 冷たい雨の日、石打ちされそうになった土間。

売られる話を聞いた夜の、母代わりの女の人の泣き顔。


 そして、あの洞窟で、震える自分の手を取ってくれたノーラたちの姿。

 しばらく唇をかみしめていたが、やがて小さく言った。


「……行きたい。ノーラさんたちと、一緒に行きたいです」


 その声は、か細いけれど、はっきりしていた。

 村長は目を閉じ、深く、深く息を吐いた。

 何人かの村人が、申し訳なさそうに、そしてどこかほっとしたような顔でルチェアを見つめていた。


「……分かった。 行きなさい。……ルチェア。いつか、本当に胸を張って帰ってこられるようになったら、その時は……」



 最後の言葉は、雨音とざわめきに紛れて聞こえなかった。

「じゃ、そういうことで」


 ノーラは帳簿をまとめ、フレアリスに目配せをする。


「盗賊と貴族風のこの人間は、ギルドの支部まで護送する。


 村との取り決めは文書にして、ジンジャーたちに証人署名してもらうわ」


「了解。面倒な仕事ばかり押しつけるね」


「これでも依頼料の交渉、ギルドで上げといてあげるから我慢しなさい」


 ソルトが苦笑し、ミントはため息をつく。

「また書類仕事……でも、まぁ、こういう後処理しないと全部台無しなんだよね」


「そういうこと」

 ノーラは頷き、最後に一度だけ村全体を見渡した。


「――この谷が、本当に忘れられたままになるかどうかは、これから次第よ。

 せめて、次に来た時に、誰も売られてない村であることを祈ってる」

 


そう言い残し、ノーラたちは荷車を引き、広場を後にした。

 ルチェアは一度だけ立ち止まり、振り返る。


 藁屋根の家々、雨で黒ずんだ土、繋がれたままの痩せた牛。

 それでも、あの寒い夜に比べれば――ほんの少しだけ、世界が広がった気がした。


(ここが、全部じゃない)


 彼女は両手で荷物の紐を握り直し、ノーラたちの後を追った。

 忘れ谷の寒村の朝は、重い雲の下で、静かに幕を閉じた。

 


閲覧いただきありがとうございます。

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