28~再生魔石と囚われた子供たち
ノーラは鍵束を拾い上げ、
倒れ伏す頭領を横目に、ノーラはすぐさま部屋の奥へと足を進めた。
「さ、ここからが本番よ。お宝鑑定タイムの始まり」
フレアリスが呆れた顔をしつつも後に続く。
部屋の隅には、大きな鉄の鎖で留められた木製の宝箱が三つ。
ノーラは腰を下ろすと、手際よく鍵穴に針金を差し込む。
「……ふふ、甘い鍵ね。ほら、開いた」
中から現れたのは、
・銀製の燭台と食器一式(純度の高い銀)
・細工が精緻な金の懐中時計
・紅玉が嵌め込まれた短剣
・複数の革袋に詰まった金貨と銀貨
ぎっしりだ。
「これだけでも相当な額になるわね……」
ノーラの頬が、正直に緩む。
「盗賊のくせに、変に趣味がいいですわね……」
フレアリスが鼻を鳴らす。
だが、そのフレアリスが――
壁際を何気なく指でなぞり、ぴたりと足を止めた。
「……この壁、妙に響きが違いますわ」
軽く叩いた音が、他と違う。
鈍く、奥に抜ける。
「隠し、ですか?」とソルト。
「ええ。こういうのは大抵、本命が奥ですわ」
力を込めて押すと、石壁の一部が沈み込み、
低い音を立てて横へとスライドした。
現れたのは、ほの暗い小部屋――
隠し書庫。
棚には、革張りの帳簿、契約書、地図。
乱雑だが、捨てられた形跡はない。
「……情報まで揃ってる。
これ、ただの盗賊団じゃないわね」
ノーラの声から、浮かれた調子が消えた。
フレアリスは紅玉の短剣を手に取り、くるりと回して腰に差す。
「面白くなってきましたわね。
お宝だけでなく、情報という上物まで――」
その言葉が、途中で止まる。
書庫のさらに奥。
棚の影に、小さな石箱が置かれていた。
装飾はない。鍵も、単純。
だが――近づいた瞬間、空気が変わる。
「……ちょっと待って」
ミントが、無意識に一歩下がった。
「これ、嫌な感じする。
聖堂で触るなって言われるやつに似てる」
ソルトも眉をひそめる。
「魔力反応が……おかしい。流れてない。溜まってるでもない。……循環してる?」
ノーラは、答えずに箱を開けた。
中にあったのは、拳大の魔石。
透明に近く、濁りはない。
だが中心で、心臓のように淡く脈打つ光がある。
一拍の沈黙。
「……魔石?」
フレアリスが、慎重に言葉を選ぶ。
「いいえ」
「……これは?」
鍵を回し、そっと蓋を開ける。
中には、手のひら大の赤い魔石がひとつ。
血のような光を内側にたたえ、微かに脈打つように輝いていた。
ルチェアが、息をのむ。
「……きれい」
「見た目に騙されちゃダメよ。これは――」
ノーラは慎重に魔石を取り上げ、指先に小さな切り傷を作った。
軽く魔力を流し、魔石に触れる。
瞬間、赤い光がノーラの手を包み込んだ。
「っ……!」
痛みは一瞬。
次の瞬間、切り傷は跡形もなく消えていた。
「……傷が、消えた」
ソルトが目を見開く。
ミントも思わず前に出た。
「回復魔法じゃなくて……物質側が勝手に元の形に戻ろうとしてる。
これは治癒魔術というより――再生ね」
「壊れた物も、戻るってか? じゃあ試しに」
ジンジャーが試しに、刃こぼれした短剣を折り、二つに分ける。
ノーラが魔石を刃の断面に近づけ、再び魔力を流した。
赤い光。
二つに割れた短剣が、ゆっくりと吸い寄せられるように結びつき――
何事もなかったかのように一本の剣へと戻っていく。
「……マジかよ」
ジンジャーが絶句した。
「再生魔石。噂では聞いたことがあったけど、実物を見るのは初めてだわ」
ノーラは低く呟く。
「傷を瞬時に治し、壊れた物を修復する。
王都の上級魔術師や大貴族なら、喉から手が出るレベルの代物。
下手な領地ひとつより高くつくかもね」
フレアリスが目を細める。
「なるほど……これを持つ者は、戦場でも経済でも優位に立てますわね。
貴族同士の取り合いになるのも、分かりますわ」
「だからこそ、普通の店は怖がって買い取らないのよ。
どこから出たか説明がつかないと、命が軽く飛ぶレベルの品だから」
ノーラはそっと魔石を布に包み、胸元のポーチに仕舞い込んだ。
「とりあえず、これは戦利品として私が預かる。
ギルドには存在だけ報告して、詳細はぼかす。異議ある?」
皆は顔を見合わせ――誰も何も言わなかった。
ジンジャーが、ゆっくりと笑う。
「命の取り引きに使われるくらいなら、あんたの手の中にある方がまだマシだな」
「僕もそう思う。ノーラさんなら、変な使い方はしないでしょ」
「変なの基準が違う気はするけど……ま、いいか」
ミントはぼそりと呟き、肩をすくめた。
ルチェアは、ポーチを見つめながら小さく息を吐いた。
「……そんなすごい石なのに、人を箱に入れて売ろうとする人たちのところにあったんだね」
「だから取り返したのよ。
値踏みっていうのは、本来は物に対してやるものであって――
人の命を秤にかける連中の仕事じゃない」
ノーラはそう言って、静かに笑った。
続けてノーラ達は、鍵のついた小部屋の前に立つ。
鍵穴は古く鍵束の鍵が二つが合わなかった。
三つ――四つ目で、かちりと音がした。
扉が開く。
中は狭い。湿った空気。
灯りはなく、壁際に藁の束が無造作に積まれている。
そして――
「……っ」
ルチェアが息を呑んだ。
藁の影で、小さな塊が動いた。
子供だ。三人。
年は、十にも満たない。服は汚れ、頬はこけ、目だけがぎらりとこちらを見た。
逃げない。
逃げる体力がないのか、逃げたら殴られると知っているのか。
「……大丈夫。もう終わった」
ノーラは、声を落として言った。
恐怖を刺激しないように、ゆっくりとしゃがむ。
「私たちは盗賊じゃない。――助けに来た」
子供の一人が、唇を震わせた。
「……うそ」
かすれた声。喉が荒れている。
「うそじゃないわ。ねえ、ミント」
ミントが前に出る。
いつもの毒気が、少しだけ薄い。
「ほら。水、飲める? むせるなら、ゆっくりね」
小さな水袋を差し出すと、子供は一瞬だけ怯えたが、耐えきれずに両手で掴み、口をつけた。
ごく、ごく、という音が、やけに大きく聞こえる。
「……食べ物は」
二人目が、目を逸らしながら言った。
「ある。持ってる」
ジンジャーが背嚢を下ろし、乾パンを割って差し出した。
子供はそれを握りしめ、噛む。
泣かない。泣く余裕がない。
ソルトが周囲を見回し、壁の鎖と、擦り切れた縄を見つけて顔をしかめた。
「……縛っていた痕跡がある。逃げたら追われたんだろう」
「逃げたら……」
三人目が、ぽつりと言った。
「売られる。『港に出す』って……」
それ以上は言えず、子供は口を閉ざした。
ルチェアが、思わず一歩前に出る。
「……ごめんね」
謝る相手は違うのに、声だけが先に出た。
子供はルチェアを見て、少しだけ顔を歪めた。
「……おねえちゃん、魔女?」
「えっ……」
ルチェアは言葉に詰まる。
そこでノーラが、間に入った。
「魔女でも、そうじゃなくても、いま大事なのはそこじゃない。
――歩ける?」
子供たちは、うなずいたり、首を振ったり、ばらばらだ。
「歩けない子は、ジンジャーが抱えていく。
ソルト、外の様子は?」
「広間は制圧できてる。残党がいたとしても、もう散ってるはず」
「よし。ミント、簡単な治癒だけ。骨は後で」
「りょーかい」
ミントが短い聖句を唱えると、子供の唇の割れが塞がり、震えが少し落ち着いた。
それでも、目の奥の怯えは消えない。
フレアリスが扇子で口元を隠し、珍しく静かな声を出した。
「……こんなことをする連中が、恥を知らずに生きているのですわね」
「怒りは後。今は連れ出す」
ノーラの声は硬い。
いつもの軽口がない。
子供たちを洞窟の入口側へ誘導しながら、ノーラは一瞬だけ振り返った。
「それだけ。
今は子供が優先。話は外で」
言い切って、ノーラは歩き出した。
ルチェアが、ノーラの背中を見た。
言葉にはならない何かが、胸の辺りで引っかかる。
けれど今は、子供の小さな手が服を掴んでいる。
「……だいじょうぶ?」
子供が聞く。
ルチェアは、きゅっと口元を結んで頷いた。
「うん。一緒に外へ行こう」
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