27~盗賊との闘い
風路標の残した、目に見えない風の筋を辿りながら、一行は谷の奥へと進んでいた。
「ここ、砕石魔石の採掘場跡だね」
ソルトが周囲を見回しながら呟く。
崩れかけの支柱、えぐれた岩肌。
ところどころに、魔力を吸い取られたあとの空の魔石殻が転がっている。
「事故が多発した……って場所にしては、妙に放置されてるわね。管理の人間が引き上げた形跡すらない」
ノーラが岩を軽く叩くと、ぱらぱらと砂が落ちた。
ジンジャーは剣の柄に手をかけ、警戒を強める。
「気をつけろ。こういう場所は、落ちた石の陰に盗賊が巣を作る。定番だ」
「それ、説得力あるのやめて」
ミントがぼそっと返す。
笑いにもならない軽口が、逆に緊張を整えた。
やがて、風の尾は岩壁の裂け目へと続いていく。
僅かな人の出入りの跡。靴跡と、車輪の筋。
「あそこがアジトの奥、本命ってワケね」
ノーラは指先で土をなぞり、ルーンを刻む。足音を吸い込むための簡易魔術だ。
「ジンジャーが前。私が中衛。後ろはミントとルチェア。そのすぐ前にソルト。フレアリスは――」
「もちろん、派手に焼き払う役目ですわね?」
「必要になったらね。洞窟の中で盛大にやると、私たちも一緒に焼けるから」
フレアリスは不満げに扇子を鳴らしたが、黙って頷いた。
ルチェアは唇を噛み、谷の暗がりを見つめている。
怖いのは顔に出ていた。けれど足は止まらない。
「……大丈夫?」
ノーラが小声で聞くと、ルチェアは一瞬だけ頷き、すぐ首を横に振った。
「大丈夫、じゃないです。でも……行かなきゃって、思うんです」
「そう。なら、私の背から離れないで」
ノーラは短く言った。
洞窟奥の広間は、場違いなほど豪華な椅子が一脚だけ据えられていた。
赤いビロードのひじ掛け椅子。その上に、角付きの鉄兜をかぶった大男がふんぞり返っている。
額から頭部を覆う無骨な鉄兜――両脇に湾曲した角。
鉄の胸当てを締めた恰幅の良い身体。鈍重そうに見えて、その肩には厚い筋肉が鎧の上からでも分かる。
「……歓迎してくれるにしては、趣味の悪いインテリアね」
ノーラが小さく呟くと、鉄兜の男は口元に嗜虐的な笑みを浮かべた。
「まずは部下をいたぶってくれた礼だ。手土産をくれてやる――冥土の土産だ、存分に味わえ!」
右手が高く掲げられた瞬間。
背後の石柱の影から、影が四つ、滑り出る。
弓兵だ。
無言で弦を引きしぼり、矢羽根が一斉に軋む。
「ッ――射手!」
四方から放たれた矢が、空気を裂く音とともに一直線に突き進む。
ノーラは咄嗟に前へ踏み込み、無詠唱のウォーターボールを連射した。
弾幕のような水球が矢を叩き落とし、木の矢が床に散らばる。
だが、全ては落としきれなかった。
「っぐ……!」
一本がジンジャーの肩をかすめ、もう一本がミントの脇を掠めて岩に突き立つ。
擦過傷とはいえ、血の匂いが一瞬で場に広がった。
「さすがに、これで終わるとは思っちゃねえ!」
頭領が吠える。
「全員、魔女を狙え! 接近戦に持ち込めばどうということはねえ!」
射手たちは壁の陰に退き、次弾を素早く装填。
代わって、剣・斧・槍を手にした精鋭三人と、フードをかぶった魔術師が一斉に前へ出た。
魔術師の指先に、氷のルーンが淡く浮かび上がる。
「まず射手を潰さないと!」
ノーラの声には、珍しく焦りが滲んだ。
「分かっておりますわ……ですが――ッ!」
フレアリスが駆け出した瞬間。
斧持ちの精鋭が斜め上から覆いかぶさるように、巨大なバトルアックスを振り下ろす。
鈍重な一撃――だが破壊力は桁違いだ。
床石をかすめただけで石片が爆ぜる。
刹那、フレアリスは敵の肩を踏み台にして側宙のように跳び、背後へと着地した。
「っ……!」
斧持ちは振り返り、笑みを深める。好敵手を得た狂戦士の笑み――それに舌打ちで応えるフレアリス。
「フレアリス……ドジで運動神経ないと思ってたけど、やるじゃない!」
「そのようなことを言ってる場合ですか! 囲まれておりますわよ!」
もう一人の精鋭――二刀を構えた剣士がジンジャーへ飛び込み、槍兵がその死角を突くようにノーラへ間合いを詰める。
「ジンジャー、前出て! ノーラさんは下がって!」
ソルトが叫ぶや否や、腰のツボを叩いた。
「風篭りのツボ、《回避陣》展開ッ!」
ツボから吹き出した風が渦を巻き、矢と砂塵を巻き上げる。
第二射を放とうとしていた弓兵たちの視界がぶれた。
「ナイス! でも長くは持たない、手短にお願い!」
ノーラは後退しながら叫ぶ。
ジンジャーはその声を背に受けて、一歩前へ出た。
「前衛は任せろ!」
大盾で槍先を弾き、逆に踏み込んで剣士の二刀を受け止める。
金属音が連続して響き、火花が散った。
「ミント、ジンジャーのフォロー! 出血は最小限に!」
「はいはい……ほんとに、無茶な前衛」
ミントは杖を掲げ、短い聖句を唱える。
「《小癒の輪》、前列!」
淡い光がジンジャーの足元に広がり、かすり傷を即座に塞いでいく。
その頃――
「氷対火、ですか……」
フレアリスの前で、フードの魔術師が一歩進み出た。
「魔術師同士、正々堂々と……と言いたいが、生憎そんな騎士道は持ち合わせておらん」
魔術師の口元が歪む。
手の甲に刻まれた氷のルーンが、一気に輝きを増した。
「凍てつけ、《氷槍》!」
頭上に鋭い氷槍が十数本、花のように展開し、フレアリスへと降り注ぐ。
「こんなもの――!」
フレアリスは足元に二重の魔法陣を刻む。
「迎え火よ、虚飾を焼き払え! 《試しの魔火》!」
炎の糸が空中を奔り、氷槍とぶつかる。
激しい蒸気爆発。白い霧が一帯を覆い、視界が一瞬で奪われた。
その一瞬を待っていたかのように、魔術師が低く詠唱に入る。
「凍てつき、閉ざせ……《氷壁》」
床から盛り上がる氷の壁が、フレアリスとノーラたちの間を断ち切った。
同時に天井から垂れる氷柱が落ち、逃げ道を塞ぐ。
「ちっ、分断か!」
ノーラは咄嗟に後ろへ下がるが、背後には――あの角付き鉄兜の頭領が立ちはだかっていた。
「魔女風情が、ここまで踏み込んできやがって……」
巨大なウォーハンマーを肩に担ぎ、じりじりと距離を詰めてくる。
両脇の岩陰から、弓兵が半身を覗かせ、再び矢をつがえた。
「ソルト、これ以上はもたない!」
「分かってる、ツボの中身はもうスカスカだよ!」
風の渦が弱まり、矢の雨が再び降り始める。
一本がミントの脚を掠めた。
「っ――!」
ミントが膝をつく。
ルチェアが思わず駆け寄ろうとし――ジンジャーに肩を掴まれた。
「出るな、ルチェア! 今は下がってろ!」
「でも――!」
「今前に出たら、真っ先に狙われる!」
ジンジャーは歯を食いしばり、身体をひねって二刀の斬撃を受け止めた。盾に火花が散り、腕に鈍い衝撃が伝わる。
ルチェアは、その場で止まった。
怖い。足が震える。けれど――それでも、目だけは逸らさなかった。
「……右。矢、来ます!」
小さく、掠れた声。
ルチェアの祝福印の星眼印は未来に起きそうな嫌な出来事を、ほんの一拍先に捉える。精度は完璧ではない。だが戦闘時においては、一瞬先の予知をできるアドバンテージは大きい。
ノーラが反射的に腕を上げた。
「――ウォーター・シールド!」
刹那、水の扇が広がり、矢を弾く。
守られたのは、ミントのすぐ横。あと半歩で致命傷だった場所。
「……助かった。ありがと、ルチェア」
ミントが歯を食いしばりながら言う。
ルチェアは答えず、ただ息を吸った。泣きそうな顔で、しかし踏ん張っていた。
「ノーラ、そっちは!?」
「こっちはこっちで厄介よ!」
頭領がウォーハンマーを振りかぶる。
振り下ろされた瞬間、床石が粉々に砕けた。
(まともに食らったら、一撃で終わりね……)
ノーラは短く息を吸い、足元に薄く水を広げる。
その下には、目に見えない段差。
だが頭領は慎重に一歩ずつ踏み込み、足元を確かめながら距離を詰めてくる。
「小細工は見飽きた。魔女なんざ、頭を潰せばそれで終いよ!」
「それ、どっちかというとあんたの頭に当てはまりそうなセリフね」
ノーラは皮肉を飛ばしつつ、耳だけで周囲の音を拾った。
氷壁の向こうでは、フレアリスの詠唱と氷の砕ける音が交錯している。
(――時間稼ぎにも限界がある。どこかで一気に崩さないと)
その頃、氷壁の向こう側。
足元の石床は、既に一面が凍りついていた。
フレアリスは滑りやすい床を慎重に踏み締めながら、魔術師と対峙している。
「足元を奪った。もう跳ね回る真似はできまい」
「誰が跳ね回ってましたの。高貴なる歩法がちょっと滑っただけですわ」
魔術師――名を名乗った「オーガスト」は、薄く笑った。
「死ぬ者に名は不要だが……無名で逝かれては浮かばれまい。覚えておけ、炎の小娘。お前を凍らせる者の名を」
「お断りですわ。凍らされる気は毛頭ありませんので」
フレアリスが扇子を打ち鳴らすと同時に、オーガストは詠唱を完了する。
「凍てつけ、貫け――《氷槍乱舞アイス・スパイン》!」
四方から、氷の槍が乱舞するように飛んできた。
回避を許さない角度と数。体術でどうにかできるレベルを越えている。
「くっ……!」
フレアリスは全てを見切るのを諦め、一点に魔力を集中させる。
「――《熱界焦断バーン・ブレイク》!」
爆発的な熱が彼女の周囲に奔り、直撃コースの氷槍を蒸発させた。
それでもいくつかは掠め、頬と腕に薄い切り傷を刻む。
「……やりますわね」
「そちらこそ。火の魔女にしては、まだ腐りきっていない」
「褒め言葉と受け取っておきますわ!」
フレアリスは傷の痛みを無視し、逆に前へ出た。
「氷で逃げ場を無くしたのは、悪手ですわね。
暦後の不死鳥と言われたルクレールの炎――とくと味わうがいいですわ。
咲きなさい紅蓮の爆華!」
フレアリスがルーン展開し詠唱を終えると、着弾点に高密度の魔力を流した炎の花が爆発しオーガストは炎に包まれ、うめき声をあげながら前のめりに倒れこむ。
フレアリスが指をぱちっと鳴らすと、炎が衣を脱ぎ捨てたように消え去った。
「この高貴なる私を凍らせようなど、千年早いですわ」
フレアリスは焦げたマントの裾を払いながら、鼻で笑った。
氷壁が音を立ててひび割れ始める。
「フレアリス! そっちは終わった!?」
「当然ですわ! そちらこそ――まだぐずぐずしてらっしゃるの?」
「こっちはこっちで、なかなかタフな相手なのよ!」
ノーラの前で、頭領が再びウォーハンマーを振り上げた。
足元には薄い水膜。そして、その下には目に見えない段差。
「そろそろ決着つけましょうか。《水断刃アクアスラッシュ》――」
ノーラは詠唱のフレーズをわざと口に出し、頭領の注意を上へ向けさせた。
その瞬間、真正面からジンジャーが飛び込む。
「おらぁっ!」
盾でハンマーの軌道を外し、頭領の脛を蹴りつける。
その足が、ノーラの水膜に乗った。
「……っ!?」
巨体がわずかに浮き、重心がずれる。
床の“段差”に踵が引っかかり――頭領は後ろへと倒れ込んだ。
その胸元めがけて、ノーラは指先を突き出す。
「今のはブラフよ。本命はこっち。《ウォーターガン》!」
高圧の水流が一直線に放たれ、胸当てと兜の隙間を打ち抜く。
頭領の巨体が床に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
一拍遅れて、氷壁が完全に崩れ落ちる。
矢をつがえていた射手たちは、既にソルトの風ツボとジンジャーの突撃で無力化され、床に転がっていた。
洞窟の広間に、しばし静寂が訪れる。
荒い息と、血と蒸気の匂いだけが残っていた。
「……全員、生きてる?」
ノーラが周囲を見渡す。
ジンジャーは肩で息をしながらも、剣を支えに立っている。ミントは矢傷に手を当てながら、ルチェアの肩を借りていた。
「生きてる……けど、もうちょっと優しい依頼が良かったなぁ」
「贅沢言わないの。命が残って、給金も出るなら上等よ」
フレアリスが扇子をたたみながら、口元を上げる。
「やはり、この程度ですわね。高貴なる私の敵ではありませんわ」
「腕と火力は認めるけど、そのセリフのせいで台無しなのよね……」
ソルトが苦笑する。ルチェアはまだ震える膝を必死に抑えながら、皆の姿を見回していた。
「……みんな、すごかった」
「まだ終わってないわよ、ルチェア。ここからが、冒険者の仕事」
ノーラは倒れた頭領の方へ歩み寄り、戦利品袋より先に、奥の小部屋へと視線を向けた。
「根っこを断っただけじゃ足りない。
何を盗み、何を売り、何を隠してきたか――全部、確かめて精算する」
そう言って、ノーラは鍵束を拾い上げ、小部屋の扉へと手を伸ばした。
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