25~決定的な証拠
貴族風の男の馬車が去り、広場には妙な静けさが残った。
村長はノーラたちとルチェアに少し説明をしたあと、「今日はもう解散だ!」とだけ怒鳴って自分の家へ引っ込んでしまう。
残された村人たちはというと――
ルチェアを見る目には、感謝でも安堵でもなく、言いにくそうな気まずさが滲んでいた。
「……助かったのは、よかったんだろうけどよ」
誰かが小さく漏らす。
「借金、どうすんだ……」
「おれたちだって、もう限界なんだ」
そうして、誰も彼女に近づこうとはしなかった。
(……救ったというより、村とルチェアの間に楔を打ち込んだ感じ、ね)
ノーラは、ルチェアの横顔をちらりと見る。
少女は何も言わなかったが、その掌は固く握られていた。
夕方、ノーラは、宿の外でひとり地面に棒切れで図を書く子どもたちを見つけた。
「ねぇ、ちょっといい?」
ふたりの子どもはびくっと肩を揺らした。
よそ者に話しかけられ、明らかに警戒している。
「さっきの広場のこと。みんな、あんまり驚いてなかったわよね」
「……べ、別に」
「ああいう出ていき方を見たことある?」
ノーラは、さりげなく手の中で銅貨を転がした。チャリン、と小さく音が鳴る。
「ちょっと教えてくれたら、これはあんたたちのお小遣い。
私、情報には正当な対価を払う主義なの」
子どもたちは一瞬目を見合わせ、それからおそるおそる近づいてくる。
「……ルチェアの前にも、いなくなった人が何人かいるよ」
「みんな、『街に働きに行った』って大人は言うけど、手紙も何もこないし……」
「どこから連れて行くの?」
「村はずれの、古い納屋。夜になると、知らない馬車が来るんだ。
大人は“寝てろって言うけど、屋根の上から見たことある」
ノーラは銅貨を二人の手にそっと乗せた。
「ありがとう。……十分な情報料よ」
ノーラ達は村に一泊し、明日の夜に納屋に荷馬車が来る情報を掴む。
そして、翌日。
夜の忘れ谷の村は、雨上がりのせいか妙に静かだった。
家々の窓には薄く灯がともり、遅い夕餉の気配だけがかすかに漏れている。
村はずれの、使われなくなった古い納屋。
ノーラたちは、その影に身を潜めていた。
「……もう一度確認するわね」
納屋の裏手、崩れかかった石垣の陰。ノーラは小声で囁いた。
「中に入り込むのは私とジンジャー。
ソルトは小屋の裏で待機。何かあったら例の風ツボで援護して」
「了解。煙とか矢とか飛んできたら、全部そらしてみせるよ」
ソルトは不安げに笑いながらも、腰のポーチをそっと叩く。魔道具がぎっしり詰まった、彼の命綱だ。
「ミントとフレアリスは村側で待機ね。怪我人が出たら任せる。あと、やりすぎて村ごと燃やさないように」
「失礼ですわね。わたくしの炎は高貴で繊細。無駄火など出しませんわ」
フレアリスはそう言いながらも、村から少し離れた丘の上に陣取る。
ミントは渋々といった様子で頷いた。
「……はいはい。撃ち合いになったら、こっちに走ってきて。生きてる限りは治すから」
「限りってつけるのやめなさいよ」
ノーラは苦笑しながら、ジンジャーと目を合わせた。
「じゃ、行きましょうか。前衛さん」
「おう。玄関ドアぐらいなら、盾でどうにかなるさ」
二人は物音を立てないように納屋の脇へ移動する。
軋んだ木壁越しに、内側の空気を確かめるようにノーラが指を当てた。
(……魔力の気配は、薄い。今は空っぽか)
ノーラは手早く土にルーンを描き、小さな水の膜を扉の蝶番に流し込む。
乾いた木がしっとりと濡れ、軋み音が和らいだ。
「ジンジャー、三つ数えたら押して」
「あいよ」
「――いち、にい、さん」
扉が静かに押し開かれる。
中は暗く、湿った藁と油の匂いが鼻を刺した。
ルミナストーンを布で半分だけ覆い、弱い光だけを漏らす。
ジンジャーが先に入り、ノーラがその後ろに続いた。
積み上げられた木箱、古い農具、荷車――その奥に、異質なものがあった。
鉄枷。鎖。
そして、荷車に括りつけられた、錠前付きの木箱。
「……完全にアウトね」
ノーラは眉をひそめ、鎖を指先で弾いた。錆は浅い。最近まで使われていた跡。
「ここで人を縛って、荷車に積んで……夜の馬車で運ぶ。そんなところでしょう」
「冗談じゃねぇな……」
ジンジャーが低く唸る。怒りで拳に力がこもった、その時――
遠くから、車輪の軋む音が聞こえてきた。
「戻るわよ。今度は現行犯で押さえる」
二人は素早く納屋の外へ退き、扉を半分だけ閉める。
ノーラは裏手のソルトに合図を送った。
やがて、闇の中からランタンの光が揺れながら近づいてくる。
粗末な馬車が到着した。その前を歩くのは、昼間ルチェアの前に立っていた、あの旅装の男だった。
その後ろには、粗末な鎧を纏った男たちが二人。腰には短剣と棍棒。
「……間違いない。盗賊か、せいぜい人買いの手先ね」
男たちはきょろきょろと辺りを確認した後、納屋の扉を開けた。
「今のところは静かだな。……今夜は一人も用意できなかったか。ケチな村だ」
「仕方ねぇさ。前金はもうもらったしよ。出来のいい娘一人で砕石魔石をチャラにするって話だったんだろ?」
「ちっ……ギルドの連中が余計な口を出してきたせいで、計算が狂った」
旅装の男が舌打ちする。
ノーラは木壁越しに、その声をじっと聞いていた。
(やっぱり、ルチェアだけが特別じゃない。これは商売として続いてた)
「おい、お前ら。残った鎖と枷は積んでおけ。谷の向こうの連中に渡す分だ。
それと――例の石もな。あれを運び込んだのが、バレてはまずい」
「へいへい。あの光るやつだろ? 変な魔石」
男たちが納屋に入り込んだ、その瞬間――ノーラは指を鳴らした。
「今!」
ジンジャーが盾を構えて飛び出す。
同時に、ソルトの風篭りのツボが唸りを上げ、納屋の中の灯りを一気に吹き消した。
「なっ――!?」
「動くな。ギルド任務中の冒険者だ」
盾の裏からジンジャーの声が響く。
旅装の男が反射的に腰の短剣に手を伸ばしかけ――止まった。
暗闇の中で、彼の頬を冷たい何かがかすめたのだ。
ノーラの魔力で形作られた細い水刃。ほんの少し、皮膚を切り裂いて血をにじませる。
「……最低限の礼儀として、私語をやめて両手を挙げてくれない?」
「ちっ……」
旅装の男は舌打ちしながらも、ゆっくりと両手を上げた。
だがその目は、暗闇の奥で油断なく光っていた。
「ギルドの犬め。ここまで嗅ぎつけるとはね」
「犬でも猫でもいいわ。人身売買の証拠付きで押さえられるなら上等よ」
ノーラは冷ややかに言い放つ。
「質問に答えてもらう。
あんたらのアジトはどこ? 谷の向こうって、どの谷?」
「さあね」
旅装の男は笑った。
次の瞬間、彼の足元で何かが弾ける。
「――ッ! 煙玉!」
白い煙が一気に広がり、視界と呼吸を奪った。
「ジンジャー、下がって!」
ノーラは咄嗟に、煙の流れを読むように空気の動きを感じ取る。
水の薄膜を盾のように展開し、最悪の毒だけは弾きながら、外へと飛び出した。
納屋の外。
すでに馬車は向きを変え、全速力で走り出していた。
「ソルト!」
「分かってる! 風路標!」
ソルトは魔道具の小石を高く上げる。
石から吹き上がった風が、逃げていく馬車の車輪にまとわりつき、目に見えない風の尾を残した。
「しっかり跡つけておいたから、明日でも辿れるよ!」
「上出来。今追うのは無茶ね。こっちは怪我人チェックと証拠確保が先」
納屋の中でむせるジンジャーに駆け寄りながら、ノーラは息を整えた。
「……ま、逃げ脚だけは大したものね。ああいうのは、後からまとめて精算するのが一番よ」
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