19~忘れ谷の寒村の妙な噂
廃教会から戻った翌日。
ジルコール冒険者協会の受付前は、朝から妙な熱気に包まれていた。
「……今日は一段と混んでるわね」
ノーラは受付の列を眺めながら、小さくつぶやいた。
クエスト掲示板の前には、いつもより多くの冒険者が群がっている。
「魔物の討伐依頼、多くなってない?」
「谷間の方で、また行方不明だってよ」
「いやだねぇ、こういう連続ものは」
断片的な冒険者の会話が耳に入った。
「おう来たなお前ら。もう一度、詳細を説明するぞ」
低く渋い声が割って入った。
木製カウンターの奥から現れたのは、ギルド支部長のバルロだった。
大柄な体躯に傷跡だらけの腕、鋭い眼光。元一線級の冒険者だ。
「では聞かせていただきましょうか。この高貴なるわたくしが請け負う価値があるかどうかを」
「価値があるかどうかは……受けてみてからのお楽しみだな」
バルロは手にしていた書類束から一枚を抜き取り、カウンターに置いた。
「――昨日、話した忘れ谷の寒村からの正式依頼だ」
その一言に、周囲の冒険者たちもざわつく。
廃教会へ向かうルートにある寂れた谷の奥地。
「へぇ……あんな所に村なんてあったんだ」
ジンジャーが書類を覗き込む。
「厳密には村として登録されていない集落だ。もともと砕石魔石の採掘を細々とやっていた一族がいてな。正式な村に昇格させる話も、王都の役所で一時出ていた」
そこで一拍置き、バルロは声を潜めた。
「だが、最近になって――報告が途絶えている。
砕石魔石の出荷記録も不自然に途切れた。
代わりに、周辺の街道で怪しい連中の目撃情報が増えている」
「怪しい連中?」
ソルトがごくりと唾を飲む。
「身なりだけは整えた連中が、荷馬車を連ねて夜に抜けていく。
地方貴族の関係者と言っているらしいが……
砕石魔石の正規ルートとは別に、何かを動かしているようだ」
ノーラの瞳が、わずかに細くなる。
(貴族絡みで、正規ルート外の物流……
砕石魔石か、それとも別の高値商材か。いずれにせよ、金の匂いは濃い)
「依頼の名目は二つ」
バルロは指で書類を叩いた。
「砕石魔石の現地調査と、村側の状況確認。
村とギルドの連絡役としての契約打診だ。
……が、こっちとしてはもう一つ、真の目的がある」
バルロの声色が、さらに低くなる。
「行方不明者が出ている。ここ一ヶ月、安い賃金に釣られて谷の方の仕事に行ったって奴らが、戻ってこない」
ミントが眉をひそめた。
「魔物にやられた、って線じゃなくて?」
「魔物だけが相手なら、まだいい。
――人の匂いが濃すぎる。だからギルドとして、信用できる連中を送り込みたい」
バルロの視線がノーラへ、そしてソルトたちへ向けられる。
「お前たちは廃教会の件で、きちんと報告書を上げた。
過不足なく、脚色なく、だ。
それだけで、半端な手練れよりよほど信用できる」
「……買いかぶりすぎよ。私は金の匂いにしか動かない強欲魔女なんだけど?」
「ならちょうど良い」
バルロはにやりと笑った。
「砕石魔石の価値を正しく見極めてくれる奴でなきゃ、話にならん。
村側が搾取されてるのか、逆に村と貴族がグルなのか――
金の流れを嗅げる目が必要なんだ」
「金の流れを嗅ぐ……ですか」
ノーラは軽く顎に手を添えた。
それは、最も得意とする分野だった。
「ちなみに、報酬は?」
「基本報酬に加え、砕石魔石の査定料として成功時ボーナスをつける。
お前の鑑定で、村とギルド双方の利益が守られたなら――その分はきちんと上乗せする」
「ボーナス、ですって? 悪くありませんわね」
フレアリスが、すかさず乗ってくる。
「さらに、もし悪事を働く卑劣な者がいたなら――正義の炎で浄化する大義名分も得られるわけですわ!」
「大義名分を得た瞬間、一番暴れるのがあんたなのよね……」
ノーラは頭を押さえつつも、書類から目を離さない。
――砕石魔石。
安定した魔力媒体。岩盤に取り付けて起動させ衝撃を与えると固い岩盤も簡単に壊せる便利な魔石だ。王都の貴族や商会、建設関係者が喉から手が出るほど欲しがる逸品。それを扱える寒村が、正規ルートから外れ、どこかと繋がったとしたら――。
胸の奥で、嫌な予感と、同じくらい強い好奇心が同時に膨らんだ。
「ソルト君たちは?」
バルロは、ジンジャーたちにも視線を向ける。
「前衛、後衛、回復。パーティーとしてのバランスは悪くない。
フレアリス嬢の火力は……まあ、扱いに注意すれば頼もしい。
忘れ谷の道は険しい。だがお前たちならこの依頼を達成できるとこちらは踏んでいる」
ジンジャーは短く息を吐き、頷いた。
「行くよ。行方不明者がいるってんなら、ほっとけないしな」
「僕も行きます。砕石魔石の現場なんて、滅多に見られませんし……!」
ソルトが目を輝かせる。
「……めんどくさいけど、怪我人出るなら放っておけないし」
ミントはぼそっと呟きつつも、しっかりと了承の意を示した。
「決まりだな」
バルロは大きく頷き、最後の一枚の書類を取り出した。
「もう一つだけ注意事項がある。
――忘れ谷に、『最近越してきた貴族』を名乗る男がいるらしい」
「貴族?」
「名目上は開発のための資本提供者。
だが、正式な文書はまだ王都の役所に確認が取れていない。
村長と結託しているのか、村を利用しているのか……その辺りも、さりげなく見てきてほしい」
ノーラの口元がかすかに歪む。
「貴族と村長と、怪しい物流。――うん、分かったわ。
損を被ってる側と、得をむさぼってる側。どっちがどっちか、ちゃんと見極めてきてあげる」
「頼んだぞ」
バルロは書類にギルド印を押し、一行に差し出した。
「依頼名、《忘れ谷寒村・砕石魔石調査および行方不明者情報収集》。
ランクは中級上限、複数パーティー推奨。
……だが、この街で頼れるのは、お前たちくらいだ」
「言ってくれるじゃない」
ノーラは肩をすくめ、依頼書を受け取る。
「よろしいですわ。
このフレアリス=ヴァン=ルクレールが同行する以上、
その村の運命、炎と共に華麗に塗り替えて差し上げますわ!」
「炎で塗り替える前に、先に話を聞くこと。いい?」
「……努力しますわ」
その日の午後。
ジルコールの街道を、五つの影が忘れ谷へと向かっていた。
荷を積んだ小型の荷車を引きながら、ジンジャーが振り返る。
「しかしノーラさん、あんたにしてはずいぶん乗り気だったな。
砕石魔石、そんなにおいしいのか?」
「おいしいわよ。
正しく運用すれば、安定した収入源にも、交渉の切り札にもなる。
――それにね」
ノーラは灰色のローブの裾をかすかに握りしめた。
「魔女狩りの時代に、いちばん最初に狙われたのは知識と魔石だった。
燃やされ、奪われ、隠された。
砕石魔石の流れが歪んでいるなら、その先にはたいてい誰かの欲がある」
「……あなたが言うと説得力しかないですわね」
フレアリスがくすりと笑う。
「強欲と欲深さ、その違いを見極めるのも――立派なお仕事よ」
ノーラは前方、谷の入り口へ続く細い道を見据えた。
忘れ谷の寒村へと続く道を。
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