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進捗

「先生!」

大声と共に扉が開かれる。部屋に炸裂(さくれつ)した約七十五デシベルに、ペンを持っていた手がブルッと震える。振り返ると、そこには黒いショートボブに灰色のスーツを着て青いフチの眼鏡をかけた背の高い女性が立っていた。目つきは猛禽類(もうきんるい)の如くするどく、身にまとう空気は高校時代の部活動で鬼のように厳しかった部長に似ている。

「ぐ、軍曹(ぐんそう)さん……!」

魔剤(まざい)先生!原稿受け取りに来たんですが、進捗どうなんですか?」

「きょ、今日終わらせるから……!」

「同じセリフ一ヶ月前に聞いたんですが!?デジャヴですか!?」

厳しい口調が部屋の中で銃口を向けている。この状況、圧倒的不利。これは今までのように誤魔化しは効かない。

ペンネーム〝魔剤〟は、アングラSF小説でコアなファンがいる新進気鋭の若手作家。私生活は不健康自堕落ド底辺だが、作品の才能はここ最近の作家の中では上位に食い込むものを持っている。そのことから、ネット上では彼の事を「才能を人間性で買った男」と評されている。

そんな魔剤のアシスタントを担当しているのは、ペンネーム〝軍曹〟という二十三歳の女性。彼女は元陸上自衛官という異色の経歴を持つ人物で、ペンネームも自衛隊時代に友人から呼ばれていたあだ名から来ている。実際、そのペンネームに相応しい厳しさを持っている。

「先生!今日という今日は逃がしませんからね……!げ、ん、こ、う。書けてないならここで書いてもらいますから」

「そ、そんなぁ……。今ちょっと離脱症状で身体が動けなくて……」

「じゃあカフェインでもコデインでも何でもいいので飲んで下さい!ホラ早く!」

「クスリについては否定しないのか……」

「今回ので第二章が終わるんですよね?それが終わればしばらく休載でいいですから!」

「休載より書けないから救済が欲しい……」

「ダジャレ言ってる場合ですか!」

魔剤は机の横で山になっているシナリオのプロットを書いた紙を読みながらエナジードリンクを啜った。柑橘の甘酸っぱさとカフェインによる覚醒効果が脳を駆け巡るものの、それで筆が乗ったら苦労はしない。彼はシナリオとカレンダーを見比べながら、さらに一口啜った。

「……先生?時間稼ぎのつもりですか?」

「そ、そそそそそそんなことはナイヨー……」

「じゃあなんでパソコン閉じてるんですか?」

「い、今、アップデート中で……」

「そんなわけないでしょうが!」

軍曹は肩にかけていたバッグを床に置くと、中からパソコンを取り出して電源を入れた。

「どんなシナリオなんです?差し支えなければ、私も手伝いますから。何なら箇条書きでもいいんで書いて下さい。私が整頓しますから」

「いや漫画家かっての……」

「こうでもしないと先生書かないじゃないですか!」

「……Queen(クイーン)の『Don't(ドント) Stop(ストップ) Me(ミー) Now(ナウ)』を流してくれれば書けるかもぉ」

「どんな注文ですか!」

軍曹は呆れながらスマートフォンの音楽アプリを開き、注文された曲を流した。この曲は魔剤のお気に入りのひとつであり、デビューして間もない頃はモチベーションアップのために流しながら作業に励んでいたこともあった。それも今となっては、コデインによる多幸感から踊るためのBGMに変わっている。

「あ~これいいなぁ」

「ほら、文字通り〝今私を止めないでくれ〟ですよ。書いて下さいよ」

「そうだなぁ。シナリオも頭の中にまとまってることだし……」

「それで書かなかったんですか……?一発殴らせてくれます……?」

「君に殴られるのなら、我々の界隈ではご褒美です」

「うっ……。すみません撤回します……」

「まぁおかげでヤル気が湧いた。さ、書くかな」

「ここまでしないと書けないんですか……?」

魔剤は咳止め薬をソーダと混ぜてリーンカクテルを作り、それを一気飲みすると、まるで人が変わったようなスピードでキーボードを叩き始めた。

パタパタパタパタ…………。パタタパタタパタタパタタ……。

「な、なんてスピード……。これを一ヶ月前にしてくれれば……」

「凄まじい効き目だね。音楽とコデインのキセキの相乗効果!なんだか楽しくなってきただろ?千冬(ちふゆ)、君をモデルにしたキャラをエキストラで出してもいいか?」

「やめて下さい。物語終わっちゃうので。てか何でいきなり本名呼び……?」

パソコンの画面が、いつの間にか文字で埋め尽くされていく。軍曹が来た時にはたった数千字だった文字数は一気に一万字を越え、あっという間に目標文字数である三万字に辿り着いた。ドーピングありとはいえ、その電光石火の作業スピードに、それまで厳しい表情をしていた軍曹は初めてその目を丸くしていた。

「よし……!一通り書けた。あとは誤字脱字の修正や矛盾がないかのチェックだな」

「……さすが〝魔剤〟のペンネームは伊達じゃないですね。もういっそ全作品同じ名義でいきません?」

「それはダメなんだ。本名〝鬼龍院(きりゅういん)仙太郎(せんたろう)〟と、ペンネーム〝魔剤〟は別人だからね」

(魔剤名義の方がぶっちゃけ面白いけど……、それを本人に言うのは野暮だな……)

こうして魔剤は無事に原稿を完成させ、軍曹に提出し、彼の今日の仕事は終わった。ここから彼は、第三章のシナリオ組み立てや取材のために、三週間ほどの休載期間に入る。

「じゃあ、私はこれで失礼します。また何かあれば、連絡するので、そのつもりでいてくださいね?」

「了解したっ。色々世話になったな」

「まるでこれで終わりかのような言い方……」

そして、軍曹は荷物をまとめて去って行った。すっかり外は真っ暗になっていた。

「さてと……。今日はもう寝るか……、な……っ!?」

魔剤は、まるで身体から全てが引き抜かれたようにベッドに崩れ落ちた。微睡(まどろ)んでいく意識の中、彼が感じていたものは、まるで一切が溶かされていくような、抗う理由のない深い呼吸だけだった…………。

軍曹「先生!次回作はあるんですか!?」

魔材「あ、あるかなぁ……???」

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