事故物件で出会った幽霊の女の子が、好みのどストライクだった話
気が付くと、死んでいた。
とはいえ、自分が死んでいることに、すぐには気付けなかった。
意識が戻ってから、周囲を見回して。
自宅にいるのだと気付いて。
さらに、自分が宙に浮いていることにも気付いて。
ゆっくりと、これまでの経緯を思い起こした。
北海道札幌市。
水梨環奈がこのアパートに住み始めたのは、もう二年も前だ。就職し、実家を出て一人暮しを始めた。
三階建てのアパートの二階。一DK。プロパンガスの、築十二年。ペット不可。家賃は四万円。
若く新入社員である環奈は、それなりにモテた。社会に出て半年で彼氏ができ、平穏で幸せな毎日を過ごしていた。
けれど、幸せは唐突に終わりを告げた。
彼氏の浮気発覚。
彼氏の浮気相手は、環奈とはまったく異なるタイプの女性だった。
環奈の身長は一五二センチ。バストは九十センチのGカップ。体重は五十キログラム。
彼氏の浮気相手は、身長はたぶん一七○くらい。細身で、体重は環奈より少し重いくらいだろう。胸はペッタンコだったけど。
そういうタイプが好みなら、最初に言って欲しかった。浮気相手を見たとき、彼氏の気持ちが戻ってくることはないと確信してしまった。
やさぐれて、金曜の夜には一人で呑んだ。居酒屋を二軒三軒と渡り歩き、浴びるように呑んだ。そのせいで、何度もトイレに行く羽目になった。オシッコと吐瀉物を、これでもかというくらいに居酒屋のトイレで出した。
呑んだけど、呑んだ以上に出した。そのせいか、ひどく喉が渇いていた。けれど、喉の渇きなどどうでもよくなっていた。自暴自棄になっていた。付き合っていた一年半のうち、半年もの長きに渡って浮気されていたのだ。きっと、彼氏は、自分と浮気相手を天秤にかけていたに違いない。Gカップとスレンダーの、どちらを取るか。
結果、スレンダーが選ばれた。
家に帰り、こたつのスイッチを入れて潜り込んだ。暖まるまでしばらくかかったが、こたつから発せられる熱は、環奈を優しく包んでくれた。彼氏はもう、環奈を包んでくれないけれど。
こたつの中で泣き、泣き疲れ、そのまま環奈は眠ってしまった。
気が付くと、幽霊になっていた。
宙に浮いたまま、自室の光景を眺めていた。北海道にも関わらず、二重サッシになっていない窓。だから冬場は、信じられないほど寒くなる。室温が零度になることもあった。
そんな寒い部屋に、警察の人達。こたつの中には、もう目を覚まさない環奈の体。
結局、環奈の死は、事故死として処理された。こたつに入ったまま眠り、脱水で命を落とした。
宙に浮いたまま、環奈は頭を抱えた。死に方があまりに馬鹿過ぎる。酒に溺れて脱水状態となり、そのままこたつで眠ったことで、さらに水分を失った。失恋で自暴自棄になり、脱水症状による事故死。おまけに、部屋を事故物件にしてしまった。
――私の人生って、何だったんだろう。
体がないので涙は出ないが、気分としては泣きそうだった。自分の人生がひどく間抜けで、凄まじく無価値なものに思えてきた。
では、自分の人生を無価値で間抜けなものにしたのは何か。
――男だ。
世間には、巨乳好きな男が多くいる。環奈の彼氏も、そんな男の一人だった。
そんな男だったはずなのに。
巨乳好きの振りをして、スレンダーに乗り換えた。
――許せない。
彼氏に復讐してやろうと思ったが、できなかった。この部屋から出られなかった。本能的に成仏の仕方は分かるが、成仏しない限り、この部屋から出ることはできないようだった。自分は、いわゆる地縛霊というやつになったのだろう。
だったら、と思った。この部屋に入居した男を、自分の道連れにしてやろう。
現場検証をする警察官を使って、環奈は、幽霊になった自分に何ができるかを試した。
大したことはできなかったが、一つだけ、幽霊としての特徴を見つけた。生きている人間に触れたときだけ、体が実体化するのだ。離れると幽霊に戻り、姿が消える。これは、環奈が意図してコントロールできるものではない。成仏も、実体化しているときはできないようだ。
使える特徴だ、と思った。
この部屋に入居してきた男を、この特徴を使って精神的に壊してやるんだ。
そして、この世でもっとも間抜けな死に方をさせてやる。
自分と同じように。
そこまで考えて。
ひとつ思いついた考えに、環奈は首を捻った。
次に入居してきた人が女だったら、どうしよう?
◇
「俺は自由だ!」
引っ越したばかりの部屋で、下能太刀雄は両手を振り上げた。
一月。自分以外、誰もいない部屋。荷物は段ボールに入ったままだ。
昼間の日差しが、窓から差し込んでいる。北海道の物件なのに、二重サッシになっていない窓。そのせいで、室内はかなり寒い。息も白くなっている。
太刀雄は先月、二十三歳になった。
名前を書けば入学できるような高校を卒業したが、そんな高校だから、進学はできなかった。就職も苦労したため、仕方なく、アルバイトから始めた。食品製造工場のアルバイト。実家で暮らしながら、毎日コツコツと働いた。
仕事が終わると、高校時代の悪友と相談し、しばしば合コンを開いた。
太刀雄は、自他共に認めるほど性欲が強い。一晩で、最大八回もしたことがある。相手の女性には、それっきり愛想を尽かされたが。
アルバイトなので、太刀雄には金がない。女性と付き合っても、デートの金も捻出できないから長続きしない。もっとも、長続きしない理由は、ラブホテルデートばかりだからなのだが。
ラブホテルデートといっても、やはり金はかかる。金がほしい。だから正社員になりたい。安定した給料を貰って、ボーナスもほしい。ラブホテルデートは休憩ではなく、宿泊でしたい。一晩中セックスしていたい。
相手の気持ちなど微塵も考えない素直な欲望が、太刀雄の原動力となった。二十歳のときに契約社員となり、正社員登用試験に合格し、去年の十月から正社員となった。
正社員になることが決定したとき、太刀雄はふと考えた。
デートのたびにラブホテルに泊まるくらいなら、いっそ、一人暮らしした方がいいんじゃないか?
短絡的な発想から物件探しを始めた。家賃は、四万円程度を想定していた。
だが、不動産屋が、素晴しく好条件の物件を教えてくれた。一DKプロパンガス、築十二年で、家賃が一万五千円。
ただし、事故物件。前の住人が事故死したという。
太刀雄は、事故物件など気にしなかった。即入居を決めた。父親を保証人として契約をし、引っ越し業者に依頼をし。
今日、とうとう引っ越しが完了した。
胸が踊った。目に映るのは、和室に運んだベッド。こたつ。妄想が、太刀雄の頭に湧き上がった。
合コンで知り合った女の子を連れ込む。寒いだろ、温め合うか、などと言ってベッドに連れ込む。もしくは、一緒にこたつに入る。体を密着させたら、互いにその気になってくる。キスをし、服を脱がし合い、そのまま……。
「よっしゃ! やるか!」
気持ちの入った声を出し、太刀雄は、ポケットからスマートフォンを取り出した。悪友に電話を架ける。
目的はもちろん、次の合コンの計画だった。
◇
自分が事故死した部屋に、若い男が入居してきた。年齢は、自分の一つ下。名前は、下能太刀雄。
部屋の入居者が決まったとき、環奈は大笑いしながら喜んだ。この男に、私と同じくらい間抜けな死に方をさせてやる。
そこまで考えて。
環奈は、ふと考えた。
世の中の男がみんなクズだとは限らない。もしかしたら、入居してきた男が、誠実で紳士な人物である可能性もある。もし太刀雄がそんな男なら、命を奪ってはいけない気がした。自分を振った男のように、二股をかけてグラマーとスレンダーを交互に味わうようなクズなら構わないが。
環奈は一旦、太刀雄を観察することにした。彼がどんな男か、見極めてみよう。
どうやら太刀雄は、真面目に仕事をする男のようだ。冷蔵庫にシフト表を貼り、毎日欠かさず出勤する。無遅刻無欠勤無早退。健康にも気遣っているらしく、外出時のうがいと手洗いを欠かさない。
しかし、真面目に仕事をする理由が、クズそのものだった。友人と合コンを開いて、女の子をお持ち帰りしたい。一人暮しを始めた理由も、ラブホテルに泊まるより家に連れ込んだ方が安上がりだから。
実際に太刀雄は、合コン後に酔った女の子を家に連れ込んでいた。引っ越してきてからわずか二週間で、二人も。
太刀雄は、環奈を振った彼氏以上のクズだった。環奈の彼氏は二股を掛けていたが、太刀雄は、口説いた女の子と付き合う素振りも見せない。ただセックスしたいだけ。女の子で、性欲を解消したいだけ。
環奈は、きっぱりと断言した。幽霊なので声にはならないが。
「うん。こいつは死ぬべきだわ」
太刀雄に間抜けな死を与えることに、環奈は、何の躊躇いもなくなった。性欲にまみれ、相手の気持ちなど微塵も考えないクズ男。
太刀雄の性欲は、それはもう凄まじかった。彼は、概ね朝の七時半ころに家を出て、夜の七時頃に帰宅する。帰ってすぐにこたつのスイッチを入れ、簡単な夕食を取る。夕食後、こたつに入ったままオナニーをする。それが彼の、毎日のルーティーンだった。しかも、一日平均六回もオナニーをしていた。出勤前に二回。帰宅後に四回。
性欲が強いのは仕方がない。個人の体質だったり性質によるものなのだから。自分自身で発散するか、一人の女性を愛し、その女性に負担がかからない範囲で解消するなら、何の問題もない。
太刀雄がクズなのは、相手の女性の気持ちを考えないところだ。甘い言葉を巧みに用いて女性を家に連れ込み、真剣に交際する気もないのにセックスをする。セックス以外の目的では、女性に会おうとしない。
こいつには、女性の怖さを思い知らせる必要がある。
環奈は、太刀雄を殺す算段を立てた。方法は簡単だ。彼に触れれば、環奈は実体化する。離れれば幽霊に戻り姿が消える。その性質を利用して、この部屋に入居したことを後悔させてやろう。恐怖に震える彼を脅し、真冬のこの季節に水浴びでもさせた挙げ句、全裸で外に出してやろう。そのまま、間抜けな姿で凍死でもすればいい。
女性を食い物にする男が、恐怖に震える姿。太刀雄の怯える顔を想像して、環奈はほくそ笑んだ。
◇
水曜日の午後七時。
太刀雄は、いつも通りに仕事を終えて帰宅した。
仕事は、やはりかったるい。毎日毎日延々と続く作業に、うんざりとする。
さらに、一緒に仕事をする女性の中に、太刀雄の好みのタイプがいない。仕事のフォローする振りをして、さりげなくボディタッチをする、なんて楽しみもない。
今の太刀雄の楽しみは、週末の合コンだった。今週も友人に声をかけ、セッティングしてもらった。
女性を口説く話術には自信がある。ルックスにも自信がある。自信が過信ではないと証明するように、合コンでは、毎回女の子をお持ち帰りできている。
「早く金曜にならねぇかな」
ボソリと呟いて、太刀雄は、和室にあるこたつのスイッチを入れた。合わせて、ストーブも点ける。石油ファンヒーター。温度設定は20℃。現在の温度は「1℃」と表示されている。家の中でも、息が白い。
家の中でもダウンジャケットを着たまま、太刀雄は冷蔵庫から食材を取り出した。野菜と肉を切り、簡単に味付けして炒める。米は、電子レンジで温めるパック。温め時間を二分に設定し、スイッチを押す。
夕食ができた。ほとんど無心で腹の中に入れた。太刀雄の頭の中は、食欲よりも性欲に満ちあふれていた。
夕食を食べ終える頃には、室温も少しだけ温かくなってきていた。ストーブの表示は「12℃」となっていた。まだ寒いが、息が白くなるほどではない。
太刀雄はこたつに入り、器用に体を動かして服を脱いだ。全裸になって、こたつの熱を直接肌で感じた。
目を閉じる。週末の合コンへの期待とともに、妄想を膨らませた。
太刀雄の好みは、少しポッチャリとしたグラマラスなタイプだった。柔らかい感触の、胸が大きい女性。小柄ならなおいい。身長が一五〇ほどで胸の大きな女性が、太刀雄のもっとも好みとするタイプだった。
直近二回の合コンに、太刀雄の好みにピッタリの女性はいなかった。小柄だが胸は小さいか、胸が大きいが身長も割りと大きな女性。もしくは、まったく好みに当てはまらないか。
もっとも好みに近い女性に接近し、彼女達の話を共感しながら聞き、打ち解けたところで甘い言葉を吐いた。彼女達が嫌がらないように上手く酒を勧め、肩を貸す必要が出る程度に呑ませた。そのまま、言葉巧みに家に連れ込んだ。
今度の合コンには、好みのタイプがいてほしい。そんな願いを抱きつつ、妄想の中では願いを叶えてゆく。合コンで、小柄で胸が大きな女性を見つける。彼女に接近し、話を聞きながら酒を勧める。酔った彼女がいい気分で話し続ける。すっかり打ち解ける。やがて彼女は、酔いが回って足取りがおぼつかなくなる。優しい言葉をかけて、太刀雄が肩を貸す。そのままタクシーを呼んで、家に連れ込む。
『ねぇ、太刀雄君』
妄想の中で、家に連れ込んだ女の子が甘い声を出した。同時に、現実の中で、太刀雄はオナニーを始めた。こたつの中はすっかり温かくなっていて、細かく動いていると、じんわりと汗が滲んできた。
『ねえ』
妄想の中で、連れ込んだ女の子が切なげな声を出している。今日の妄想は、妙にリアリティーがあった。まるで、本当に声を掛けられているかのようだった。さらに、気のせいかも知れないが、首元を誰かに触れられているような気がした。もちろん、気のせいだろうが。
軽く息を切らしながら、太刀雄のオナニーが捗ってきた。妄想の中で、連れ込んだ女の子はすでに全裸になっていた。
『ねえ。ねえってば』
それにしても、今日の妄想は本当にリアリティーがある。目を閉じながら、太刀雄は、自分の想像力に感心すら覚えた。女の子の姿形だけではなく、声まで妄想できているのだから。
『ねえ、ちょっと!』
妄想の中で、女の子が、表情や仕草とは合わない声を出した。太刀雄の妄想の中にいる、お持ち帰りした女の子。酔いと雰囲気で目はトロンとしていて、頬は、恥ずかしさと興奮で紅潮している。それなのに、妄想の中で聞える彼女の声は、どこか怒っているようだった。
「なんだよ。焦らしたから、怒ってるのか?」
つい、妄想に対して言葉を発してしまう。誰もいないから、別にいい。リアリティーのある声が聞えるのだから、言葉を返したくもなる。妄想と対話しつつも、オナニーをする手は止まらない。むしろ、あまりにリアリティーのある妄想のせいで、いつもよりもオナニーに没入していた。
「ちょっと!」
妄想の中にいる女性の声が、大きくなった。
「目ぇ閉じてないで、こっち見てよ! さっきから声かけてるのに! どんだけオナニーに夢中になってるの!?」
「……は?」
妄想の中で、太刀雄は、女の子と絡み合っていた。
太刀雄と絡み合っている女の子が「オナニー」などと言うはずがない。彼女としているのはセックスなのであって、オナニーではないのだから。
妄想から現実に引き戻されて、太刀雄は目を開けた。
誰もいるはずのない部屋に、一人、女の子がいた。すぐ近くに座っている。太刀雄の首に、彼女の右手が触れていた。
「やっとこっち見た」
女の子は、心底呆れた顔をしていた。
見ず知らずの他人がいきなり自宅に現われたら、当然だが驚く。もちろん、太刀雄も例外ではない。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
意味不明な声を張り上げて、太刀雄は、こたつの中で身を退いてしまった。ガンッと、こたつの足に背中がぶつかった。それほど痛くはなかったが。
女性の手が、太刀雄の首から離れた。
直後、彼女の姿がフッと消えた。
「……へ?」
つい、太刀雄は間抜けな声を漏らした。
自宅に現われた、見ず知らずの女性。赤の他人。彼女の声も、間違いなく現実だった。夢でも妄想でもにない。それなのに、突如として姿が消えた。まるで霞のように。
「……何なんだ?」
バクバクと、太刀雄の心臓が大きな音を立てていた。それは決して、夢中でオナニーをしていたからではない。
理解不能なことが目の前で起こった。すぐに、太刀雄の頭の中に、一つの事実が思い浮んだ。
この部屋は、事故物件だ。前の住人が事故死した。前の住人がどんな人物なのかは聞いていない。興味がなかったので、不動産屋に確認もしなかった。
「もしかして、この部屋で死んだ奴か?」
「正解」
再び、太刀雄の首に、触れられた感触。同時に声が聞えてきた。
「私、環奈っていうの。この部屋で死んじゃったんだ」
「……」
太刀雄は目を見開き、姿を現した環奈を凝視した。たぶん、年齢は太刀雄と同じくらい。可愛らしい顔。座っているから正確なところは分からないが、身長は一五○くらいだろう。さらに、かなり胸が大きい。太刀雄の目測では、GカップかHカップだ。
「あなた、太刀雄君って言うんでしょ?」
「ああ」
「ねえ、太刀雄君。私ね、寂しいの」
「そうなのか」
また、環奈の姿がフッと消えた。今度は、太刀雄の肩口に触れられた感触。同時に、再び彼女が姿を現した。
「だからね、私と遊んで欲しいな」
環奈は薄く笑っている。彼女の表情がどんな意味を表すのか、太刀雄には分からない。彼女の言う「遊んで」が、どんな望みを示しているのか、想像もつかない。
ただ一つ、太刀雄には断言できることがあった。
「可愛い!」
ほとんど無意識で、太刀雄は、自分の感想を口にした。環奈に対する第一印象。
「……はい?」
「モロ好み!」
「……え?」
環奈は、太刀雄の好みにぴったりのタイプだった。「ど」の付くストライクだった。ストライクゾーン真っ直ぐだ。一ミリのズレもない。さらに剛速球だ。メジャーでもまずお目にかかれないような、時速一七○キロメートルはあるのではないかというほどの。
太刀雄は、環奈に完全に一目惚れした。彼女の姿を見て、太刀雄の息子は完全に固く反り勃っていた。彼女が太刀雄のストライクなら、太刀雄の息子は金属バットになっていた。
こたつの中で股間のバットを準備しながら、太刀雄は表情を引き締めた。じっと環奈を見つめる。
「環奈ちゃん、だったよね?」
「あ……うん」
「俺と一緒に、こたつに入らない?」
「は?」
環奈の口から、間の抜けた声が出た。
「いや、あの……私の話、聞いてた?」
「事故死したんだよね? この部屋で」
「うん。だから……」
「でも可愛い。モロ好み」
「あの……ちょっと?」
「環奈ちゃん、寂しいんだよね?」
「あ……うん、そうそう、寂しいの。だから――」
「じゃあ、俺が慰めてあげるから!」
もう我慢できなくなって、太刀雄は環奈に抱きついた。そのまま、こたつの中に引き釣り込む。
「ね、環奈ちゃん! 寒いだろ!? 寂しいんだろ!? だったら、俺が温めてあげるから!」
「いや! 私幽霊だから! 別に寒くないから!」
「でも、体もあるよ! 触れるよ!」
「でも幽霊なの! さっき見せたでしょ!? あんたに触れてないと、消えちゃうの!」
「そんなの、小さなコトだって! ずっと触ってればいいんだから!」
「やっ……ちょっ……なんで服の中に手を入れるの!?」
「好きだから!」
「何が好きよ!? 今知り合ったばかりでしょ!?」
「愛に時間は関係ない!」
「ヤリたいだけでしょ!?」
「そうかも知れない!」
「素直なの!? ああ、そうじゃなくて!」
「ね、環奈ちゃん! 寂しいんだろ!? だったら、俺と温め合おう! 慰め合おう!」
「やだ! 脱がさないで!」
「温め合うなら、裸と裸が基本だろ!?」
「雪山じゃないんだから!」
「この家、めちゃ寒いから! 雪山みたいなもんだから!」
「やだやだやだやだやだ! ちょっ……おっぱい触らないで! 離して!」
「いいだろ! 好きなんだから! ほらほら、パンツも脱がすから!」
「やだ! 変態! 犯罪者!」
「幽霊に刑法は適用されませーん! たぶん!」
勢いのまま環奈を全裸にし、すっかり暑くなったこたつの中で、太刀雄は燃え上がった。何度も何度も彼女に覆い被さった。今まで出会った中で、もっとも好みの女性。燃え上がらないはずがなかった。こたつの熱に、体の奥底から湧き上がってくる興奮。
太刀雄は、大量に汗をかいた。こたつの下に敷いた絨毯は、バケツの水をこぼしたようにベチャベチャになった。五回連続で致した後は、疲れ果て、体にまったく力が入らなくなった。
そのまま太刀雄は、こたつの中で眠ってしまった。眠るというよりも、気絶に近かった。突如電源が切れたように、意識を失った。
それから、どれくらい時間がたっただろうか。
ストーブは自動タイマーが効いて停止し、室内は零度近くまで温度が下がっていた。
ふと、太刀雄は目を覚ました。
目を覚ました途端に、強烈な気持ち悪さに襲われた。吐き気と頭痛。景色が回って、平衡感覚がまるでない。床に寝っ転がっているのに、転倒しそうな不安定感に襲われていた。
喉がカラカラだった。本能的に、水を摂らないと危険な気がした。そういえば、セックスでずいぶん汗をかいた。さらに、こたつの中で眠ったことで、さらに汗をかいたはずだ。もしかしたら、脱水症状になっているのかもしれない。
体に力が入らないが、なんとかこたつから抜け出した。ダイニングまで行って、水を飲まないと。でも、立ち上がることも困難だ。
室温は下がっているのに、不思議と、寒さは感じなかった。寒さが、気持ち悪さに打ち消されているのかも知れない。
太刀雄は床を這いずり、なんとかダイニングまで行こうとして。
そこで再び、意識が途切れた。
◇
事故物件で、再び事故が発生した。
三階建てアパートの二階。
死亡したのは、二十三歳の男性。名前は、下能太刀雄。
死因は凍死。こたつに入ったまま眠り、脱水症状になりかけ、ダイニングで水を飲もうとした。しかし、ダイニングに辿り着く前に意識を失い、そのまま凍死した。
――というのが、捜査をした警察の見解だった。なお、太刀雄が全裸だったのは、性器の状態から、こたつの中で自慰行為に耽っていたからだと考えられている。あまりの間抜けな死に様に、警察官達は失笑していた。
環奈は宙に浮きながら、太刀雄の遺体と警察関係者を見下ろしていた。
この部屋に入居した男を道連れにする。自分と同じように、間抜けな死に方をさせる。それが、環奈の目的だった。
目的は果たした。
でも、環奈は、まったく満たされていなかった。
むしろ、死んでいるから疲れることはなくても、五回連続で突かれ続けるのは、精神的に疲弊した。もううんざりだった。
環奈は両手で顔を覆い、涙声で呟いた。誰にも届くことのない声。
「こんな、脳ミソまで金玉でできてるケダモノに襲われるくらいなら、もう、道連れなんていらない」
そのまま、本能に任せて成仏した。
環奈によって事故物件となった部屋。
環奈が去った後は、太刀雄によって事故物件となった。
◇
俺、死んだんだ。
太刀雄はすぐに、自分の状況を理解した。
幽霊と遭遇し、セックスまでした太刀雄だからこそ、簡単に理解し、受け入れることができた。
幽霊になった。
幽霊は、生きている人間に触れると実態化することができる。
それならば、やることはひとつだ。
太刀雄は、口の端を上げた。
この部屋に入居してきた女の子を襲おう。めくるめく快楽の日々を過ごすのだ。もっとも、環奈ほどの好みのタイプには、もう出会えないだろうが。そこは妥協しよう。
太刀雄は、次の入居者を待った。
事故物件だから、なかなか入居者が決まらない。
一年ほど待って。
ようやく、次の入居者が決まった。
この部屋に引っ越してきたのは、腹の出た、清潔感のない、四十過ぎの中年男だった。
太刀雄は泣いた。
地縛霊になってしまったから、この部屋から出ることもできない。
成仏しない限り、この中年男と同居することになるのだ。
「もういい……」
絶望を抱えながら、太刀雄は、本能に任せて成仏した。
(終)




