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事故物件で出会った幽霊の女の子が、好みのどストライクだった話

作者: 一布
掲載日:2026/01/02


 気が付くと、死んでいた。


 とはいえ、自分が死んでいることに、すぐには気付けなかった。

 意識が戻ってから、周囲を見回して。

 自宅にいるのだと気付いて。

 さらに、自分が宙に浮いていることにも気付いて。


 ゆっくりと、これまでの経緯を思い起こした。


 北海道札幌市。

 水梨(みずなし)環奈(かんな)がこのアパートに住み始めたのは、もう二年も前だ。就職し、実家を出て一人暮しを始めた。

 三階建てのアパートの二階。一DK。プロパンガスの、築十二年。ペット不可。家賃は四万円。


 若く新入社員である環奈は、それなりにモテた。社会に出て半年で彼氏ができ、平穏で幸せな毎日を過ごしていた。


 けれど、幸せは唐突に終わりを告げた。

 彼氏の浮気発覚。

 彼氏の浮気相手は、環奈とはまったく異なるタイプの女性だった。


 環奈の身長は一五二センチ。バストは九十センチのGカップ。体重は五十キログラム。

 彼氏の浮気相手は、身長はたぶん一七○くらい。細身で、体重は環奈より少し重いくらいだろう。胸はペッタンコだったけど。


 そういうタイプが好みなら、最初に言って欲しかった。浮気相手を見たとき、彼氏の気持ちが戻ってくることはないと確信してしまった。


 やさぐれて、金曜の夜には一人で呑んだ。居酒屋を二軒三軒と渡り歩き、浴びるように呑んだ。そのせいで、何度もトイレに行く羽目になった。オシッコと吐瀉物を、これでもかというくらいに居酒屋のトイレで出した。


 呑んだけど、呑んだ以上に出した。そのせいか、ひどく喉が渇いていた。けれど、喉の渇きなどどうでもよくなっていた。自暴自棄になっていた。付き合っていた一年半のうち、半年もの長きに渡って浮気されていたのだ。きっと、彼氏は、自分と浮気相手を天秤にかけていたに違いない。Gカップとスレンダーの、どちらを取るか。


 結果、スレンダーが選ばれた。


 家に帰り、こたつのスイッチを入れて潜り込んだ。暖まるまでしばらくかかったが、こたつから発せられる熱は、環奈を優しく包んでくれた。彼氏はもう、環奈を包んでくれないけれど。


 こたつの中で泣き、泣き疲れ、そのまま環奈は眠ってしまった。


 気が付くと、幽霊になっていた。


 宙に浮いたまま、自室の光景を眺めていた。北海道にも関わらず、二重サッシになっていない窓。だから冬場は、信じられないほど寒くなる。室温が零度になることもあった。


 そんな寒い部屋に、警察の人達。こたつの中には、もう目を覚まさない環奈の体。


 結局、環奈の死は、事故死として処理された。こたつに入ったまま眠り、脱水で命を落とした。


 宙に浮いたまま、環奈は頭を抱えた。死に方があまりに馬鹿過ぎる。酒に溺れて脱水状態となり、そのままこたつで眠ったことで、さらに水分を失った。失恋で自暴自棄になり、脱水症状による事故死。おまけに、部屋を事故物件にしてしまった。


 ――私の人生って、何だったんだろう。


 体がないので涙は出ないが、気分としては泣きそうだった。自分の人生がひどく間抜けで、凄まじく無価値なものに思えてきた。


 では、自分の人生を無価値で間抜けなものにしたのは何か。


 ――男だ。


 世間には、巨乳好きな男が多くいる。環奈の彼氏も、そんな男の一人だった。

 そんな男だったはずなのに。

 巨乳好きの振りをして、スレンダーに乗り換えた。


 ――許せない。


 彼氏に復讐してやろうと思ったが、できなかった。この部屋から出られなかった。本能的に成仏の仕方は分かるが、成仏しない限り、この部屋から出ることはできないようだった。自分は、いわゆる地縛霊というやつになったのだろう。


 だったら、と思った。この部屋に入居した男を、自分の道連れにしてやろう。


 現場検証をする警察官を使って、環奈は、幽霊になった自分に何ができるかを試した。


 大したことはできなかったが、一つだけ、幽霊としての特徴を見つけた。生きている人間に触れたときだけ、体が実体化するのだ。離れると幽霊に戻り、姿が消える。これは、環奈が意図してコントロールできるものではない。成仏も、実体化しているときはできないようだ。


 使える特徴だ、と思った。

 この部屋に入居してきた男を、この特徴を使って精神的に壊してやるんだ。

 そして、この世でもっとも間抜けな死に方をさせてやる。

 自分と同じように。


 そこまで考えて。

 ひとつ思いついた考えに、環奈は首を捻った。


 次に入居してきた人が女だったら、どうしよう?


 ◇


「俺は自由だ!」


 引っ越したばかりの部屋で、下能(しものう)太刀雄(たちお)は両手を振り上げた。

 一月。自分以外、誰もいない部屋。荷物は段ボールに入ったままだ。

 昼間の日差しが、窓から差し込んでいる。北海道の物件なのに、二重サッシになっていない窓。そのせいで、室内はかなり寒い。息も白くなっている。


 太刀雄は先月、二十三歳になった。

 名前を書けば入学できるような高校を卒業したが、そんな高校だから、進学はできなかった。就職も苦労したため、仕方なく、アルバイトから始めた。食品製造工場のアルバイト。実家で暮らしながら、毎日コツコツと働いた。


 仕事が終わると、高校時代の悪友と相談し、しばしば合コンを開いた。


 太刀雄は、自他共に認めるほど性欲が強い。一晩で、最大八回もしたことがある。相手の女性には、それっきり愛想を尽かされたが。


 アルバイトなので、太刀雄には金がない。女性と付き合っても、デートの金も捻出できないから長続きしない。もっとも、長続きしない理由は、ラブホテルデートばかりだからなのだが。


 ラブホテルデートといっても、やはり金はかかる。金がほしい。だから正社員になりたい。安定した給料を貰って、ボーナスもほしい。ラブホテルデートは休憩ではなく、宿泊でしたい。一晩中セックスしていたい。


 相手の気持ちなど微塵も考えない素直な欲望が、太刀雄の原動力となった。二十歳のときに契約社員となり、正社員登用試験に合格し、去年の十月から正社員となった。


 正社員になることが決定したとき、太刀雄はふと考えた。


 デートのたびにラブホテルに泊まるくらいなら、いっそ、一人暮らしした方がいいんじゃないか?


 短絡的な発想から物件探しを始めた。家賃は、四万円程度を想定していた。


 だが、不動産屋が、素晴しく好条件の物件を教えてくれた。一DKプロパンガス、築十二年で、家賃が一万五千円。

 

 ただし、事故物件。前の住人が事故死したという。


 太刀雄は、事故物件など気にしなかった。即入居を決めた。父親を保証人として契約をし、引っ越し業者に依頼をし。


 今日、とうとう引っ越しが完了した。


 胸が踊った。目に映るのは、和室に運んだベッド。こたつ。妄想が、太刀雄の頭に湧き上がった。


 合コンで知り合った女の子を連れ込む。寒いだろ、温め合うか、などと言ってベッドに連れ込む。もしくは、一緒にこたつに入る。体を密着させたら、互いにその気になってくる。キスをし、服を脱がし合い、そのまま……。


「よっしゃ! やるか!」


 気持ちの入った声を出し、太刀雄は、ポケットからスマートフォンを取り出した。悪友に電話を架ける。


 目的はもちろん、次の合コンの計画だった。


 ◇


 自分が事故死した部屋に、若い男が入居してきた。年齢は、自分の一つ下。名前は、下能太刀雄。


 部屋の入居者が決まったとき、環奈は大笑いしながら喜んだ。この男に、私と同じくらい間抜けな死に方をさせてやる。


 そこまで考えて。


 環奈は、ふと考えた。


 世の中の男がみんなクズだとは限らない。もしかしたら、入居してきた男が、誠実で紳士な人物である可能性もある。もし太刀雄がそんな男なら、命を奪ってはいけない気がした。自分を振った男のように、二股をかけてグラマーとスレンダーを交互に味わうようなクズなら構わないが。


 環奈は一旦、太刀雄を観察することにした。彼がどんな男か、見極めてみよう。


 どうやら太刀雄は、真面目に仕事をする男のようだ。冷蔵庫にシフト表を貼り、毎日欠かさず出勤する。無遅刻無欠勤無早退。健康にも気遣っているらしく、外出時のうがいと手洗いを欠かさない。


 しかし、真面目に仕事をする理由が、クズそのものだった。友人と合コンを開いて、女の子をお持ち帰りしたい。一人暮しを始めた理由も、ラブホテルに泊まるより家に連れ込んだ方が安上がりだから。


 実際に太刀雄は、合コン後に酔った女の子を家に連れ込んでいた。引っ越してきてからわずか二週間で、二人も。


 太刀雄は、環奈を振った彼氏以上のクズだった。環奈の彼氏は二股を掛けていたが、太刀雄は、口説いた女の子と付き合う素振りも見せない。ただセックスしたいだけ。女の子で、性欲を解消したいだけ。


 環奈は、きっぱりと断言した。幽霊なので声にはならないが。


「うん。こいつは死ぬべきだわ」


 太刀雄に間抜けな死を与えることに、環奈は、何の躊躇いもなくなった。性欲にまみれ、相手の気持ちなど微塵も考えないクズ男。


 太刀雄の性欲は、それはもう凄まじかった。彼は、概ね朝の七時半ころに家を出て、夜の七時頃に帰宅する。帰ってすぐにこたつのスイッチを入れ、簡単な夕食を取る。夕食後、こたつに入ったままオナニーをする。それが彼の、毎日のルーティーンだった。しかも、一日平均六回もオナニーをしていた。出勤前に二回。帰宅後に四回。


 性欲が強いのは仕方がない。個人の体質だったり性質によるものなのだから。自分自身で発散するか、一人の女性を愛し、その女性に負担がかからない範囲で解消するなら、何の問題もない。


 太刀雄がクズなのは、相手の女性の気持ちを考えないところだ。甘い言葉を巧みに用いて女性を家に連れ込み、真剣に交際する気もないのにセックスをする。セックス以外の目的では、女性に会おうとしない。


 こいつには、女性の怖さを思い知らせる必要がある。


 環奈は、太刀雄を殺す算段を立てた。方法は簡単だ。彼に触れれば、環奈は実体化する。離れれば幽霊に戻り姿が消える。その性質を利用して、この部屋に入居したことを後悔させてやろう。恐怖に震える彼を脅し、真冬のこの季節に水浴びでもさせた挙げ句、全裸で外に出してやろう。そのまま、間抜けな姿で凍死でもすればいい。


 女性を食い物にする男が、恐怖に震える姿。太刀雄の怯える顔を想像して、環奈はほくそ笑んだ。


 ◇


 水曜日の午後七時。

 太刀雄は、いつも通りに仕事を終えて帰宅した。


 仕事は、やはりかったるい。毎日毎日延々と続く作業に、うんざりとする。

 さらに、一緒に仕事をする女性の中に、太刀雄の好みのタイプがいない。仕事のフォローする振りをして、さりげなくボディタッチをする、なんて楽しみもない。


 今の太刀雄の楽しみは、週末の合コンだった。今週も友人に声をかけ、セッティングしてもらった。


 女性を口説く話術には自信がある。ルックスにも自信がある。自信が過信ではないと証明するように、合コンでは、毎回女の子をお持ち帰りできている。

 

「早く金曜にならねぇかな」


 ボソリと呟いて、太刀雄は、和室にあるこたつのスイッチを入れた。合わせて、ストーブも点ける。石油ファンヒーター。温度設定は20℃。現在の温度は「1℃」と表示されている。家の中でも、息が白い。


 家の中でもダウンジャケットを着たまま、太刀雄は冷蔵庫から食材を取り出した。野菜と肉を切り、簡単に味付けして炒める。米は、電子レンジで温めるパック。温め時間を二分に設定し、スイッチを押す。


 夕食ができた。ほとんど無心で腹の中に入れた。太刀雄の頭の中は、食欲よりも性欲に満ちあふれていた。


 夕食を食べ終える頃には、室温も少しだけ温かくなってきていた。ストーブの表示は「12℃」となっていた。まだ寒いが、息が白くなるほどではない。


 太刀雄はこたつに入り、器用に体を動かして服を脱いだ。全裸になって、こたつの熱を直接肌で感じた。


 目を閉じる。週末の合コンへの期待とともに、妄想を膨らませた。


 太刀雄の好みは、少しポッチャリとしたグラマラスなタイプだった。柔らかい感触の、胸が大きい女性。小柄ならなおいい。身長が一五〇ほどで胸の大きな女性が、太刀雄のもっとも好みとするタイプだった。


 直近二回の合コンに、太刀雄の好みにピッタリの女性はいなかった。小柄だが胸は小さいか、胸が大きいが身長も割りと大きな女性。もしくは、まったく好みに当てはまらないか。


 もっとも好みに近い女性に接近し、彼女達の話を共感しながら聞き、打ち解けたところで甘い言葉を吐いた。彼女達が嫌がらないように上手く酒を勧め、肩を貸す必要が出る程度に呑ませた。そのまま、言葉巧みに家に連れ込んだ。


 今度の合コンには、好みのタイプがいてほしい。そんな願いを抱きつつ、妄想の中では願いを叶えてゆく。合コンで、小柄で胸が大きな女性を見つける。彼女に接近し、話を聞きながら酒を勧める。酔った彼女がいい気分で話し続ける。すっかり打ち解ける。やがて彼女は、酔いが回って足取りがおぼつかなくなる。優しい言葉をかけて、太刀雄が肩を貸す。そのままタクシーを呼んで、家に連れ込む。


『ねぇ、太刀雄君』


 妄想の中で、家に連れ込んだ女の子が甘い声を出した。同時に、現実の中で、太刀雄はオナニーを始めた。こたつの中はすっかり温かくなっていて、細かく動いていると、じんわりと汗が滲んできた。


『ねえ』


 妄想の中で、連れ込んだ女の子が切なげな声を出している。今日の妄想は、妙にリアリティーがあった。まるで、本当に声を掛けられているかのようだった。さらに、気のせいかも知れないが、首元を誰かに触れられているような気がした。もちろん、気のせいだろうが。


 軽く息を切らしながら、太刀雄のオナニーが捗ってきた。妄想の中で、連れ込んだ女の子はすでに全裸になっていた。


『ねえ。ねえってば』


 それにしても、今日の妄想は本当にリアリティーがある。目を閉じながら、太刀雄は、自分の想像力に感心すら覚えた。女の子の姿形だけではなく、声まで妄想できているのだから。


『ねえ、ちょっと!』


 妄想の中で、女の子が、表情や仕草とは合わない声を出した。太刀雄の妄想の中にいる、お持ち帰りした女の子。酔いと雰囲気で目はトロンとしていて、頬は、恥ずかしさと興奮で紅潮している。それなのに、妄想の中で聞える彼女の声は、どこか怒っているようだった。

 

「なんだよ。焦らしたから、怒ってるのか?」


 つい、妄想に対して言葉を発してしまう。誰もいないから、別にいい。リアリティーのある声が聞えるのだから、言葉を返したくもなる。妄想と対話しつつも、オナニーをする手は止まらない。むしろ、あまりにリアリティーのある妄想のせいで、いつもよりもオナニーに没入していた。


「ちょっと!」


 妄想の中にいる女性の声が、大きくなった。


「目ぇ閉じてないで、こっち見てよ! さっきから声かけてるのに! どんだけオナニーに夢中になってるの!?」

「……は?」


 妄想の中で、太刀雄は、女の子と絡み合っていた。

 太刀雄と絡み合っている女の子が「オナニー」などと言うはずがない。彼女としているのはセックスなのであって、オナニーではないのだから。


 妄想から現実に引き戻されて、太刀雄は目を開けた。


 誰もいるはずのない部屋に、一人、女の子がいた。すぐ近くに座っている。太刀雄の首に、彼女の右手が触れていた。


「やっとこっち見た」


 女の子は、心底呆れた顔をしていた。


 見ず知らずの他人がいきなり自宅に現われたら、当然だが驚く。もちろん、太刀雄も例外ではない。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 意味不明な声を張り上げて、太刀雄は、こたつの中で身を退いてしまった。ガンッと、こたつの足に背中がぶつかった。それほど痛くはなかったが。

 

 女性の手が、太刀雄の首から離れた。

 直後、彼女の姿がフッと消えた。


「……へ?」


 つい、太刀雄は間抜けな声を漏らした。

 自宅に現われた、見ず知らずの女性。赤の他人。彼女の声も、間違いなく現実だった。夢でも妄想でもにない。それなのに、突如として姿が消えた。まるで霞のように。


「……何なんだ?」


 バクバクと、太刀雄の心臓が大きな音を立てていた。それは決して、夢中でオナニーをしていたからではない。


 理解不能なことが目の前で起こった。すぐに、太刀雄の頭の中に、一つの事実が思い浮んだ。


 この部屋は、事故物件だ。前の住人が事故死した。前の住人がどんな人物なのかは聞いていない。興味がなかったので、不動産屋に確認もしなかった。


「もしかして、この部屋で死んだ奴か?」

「正解」


 再び、太刀雄の首に、触れられた感触。同時に声が聞えてきた。


「私、環奈っていうの。この部屋で死んじゃったんだ」

「……」


 太刀雄は目を見開き、姿を現した環奈を凝視した。たぶん、年齢は太刀雄と同じくらい。可愛らしい顔。座っているから正確なところは分からないが、身長は一五○くらいだろう。さらに、かなり胸が大きい。太刀雄の目測では、GカップかHカップだ。


「あなた、太刀雄君って言うんでしょ?」

「ああ」

「ねえ、太刀雄君。私ね、寂しいの」

「そうなのか」


 また、環奈の姿がフッと消えた。今度は、太刀雄の肩口に触れられた感触。同時に、再び彼女が姿を現した。


「だからね、私と遊んで欲しいな」


 環奈は薄く笑っている。彼女の表情がどんな意味を表すのか、太刀雄には分からない。彼女の言う「遊んで」が、どんな望みを示しているのか、想像もつかない。


 ただ一つ、太刀雄には断言できることがあった。


「可愛い!」


 ほとんど無意識で、太刀雄は、自分の感想を口にした。環奈に対する第一印象。


「……はい?」

「モロ好み!」

「……え?」


 環奈は、太刀雄の好みにぴったりのタイプだった。「ど」の付くストライクだった。ストライクゾーン真っ直ぐだ。一ミリのズレもない。さらに剛速球だ。メジャーでもまずお目にかかれないような、時速一七○キロメートルはあるのではないかというほどの。


 太刀雄は、環奈に完全に一目惚れした。彼女の姿を見て、太刀雄の()()は完全に固く反り勃っていた。彼女が太刀雄のストライクなら、太刀雄の息子は金属バットになっていた。


 こたつの中で股間のバットを準備しながら、太刀雄は表情を引き締めた。じっと環奈を見つめる。


「環奈ちゃん、だったよね?」

「あ……うん」

「俺と一緒に、こたつに入らない?」

「は?」


 環奈の口から、間の抜けた声が出た。


「いや、あの……私の話、聞いてた?」

「事故死したんだよね? この部屋で」

「うん。だから……」

「でも可愛い。モロ好み」

「あの……ちょっと?」

「環奈ちゃん、寂しいんだよね?」

「あ……うん、そうそう、寂しいの。だから――」

「じゃあ、俺が慰めてあげるから!」


 もう我慢できなくなって、太刀雄は環奈に抱きついた。そのまま、こたつの中に引き釣り込む。


「ね、環奈ちゃん! 寒いだろ!? 寂しいんだろ!? だったら、俺が温めてあげるから!」

「いや! 私幽霊だから! 別に寒くないから!」

「でも、体もあるよ! 触れるよ!」

「でも幽霊なの! さっき見せたでしょ!? あんたに触れてないと、消えちゃうの!」

「そんなの、小さなコトだって! ずっと触ってればいいんだから!」

「やっ……ちょっ……なんで服の中に手を入れるの!?」

「好きだから!」

「何が好きよ!? 今知り合ったばかりでしょ!?」

「愛に時間は関係ない!」

「ヤリたいだけでしょ!?」

「そうかも知れない!」

「素直なの!? ああ、そうじゃなくて!」

「ね、環奈ちゃん! 寂しいんだろ!? だったら、俺と温め合おう! 慰め合おう!」

「やだ! 脱がさないで!」

「温め合うなら、裸と裸が基本だろ!?」

「雪山じゃないんだから!」

「この家、めちゃ寒いから! 雪山みたいなもんだから!」

「やだやだやだやだやだ! ちょっ……おっぱい触らないで! 離して!」

「いいだろ! 好きなんだから! ほらほら、パンツも脱がすから!」

「やだ! 変態! 犯罪者!」

「幽霊に刑法は適用されませーん! たぶん!」


 勢いのまま環奈を全裸にし、すっかり暑くなったこたつの中で、太刀雄は燃え上がった。何度も何度も彼女に覆い被さった。今まで出会った中で、もっとも好みの女性。燃え上がらないはずがなかった。こたつの熱に、体の奥底から湧き上がってくる興奮。


 太刀雄は、大量に汗をかいた。こたつの下に敷いた絨毯は、バケツの水をこぼしたようにベチャベチャになった。五回連続で致した後は、疲れ果て、体にまったく力が入らなくなった。


 そのまま太刀雄は、こたつの中で眠ってしまった。眠るというよりも、気絶に近かった。突如電源が切れたように、意識を失った。


 それから、どれくらい時間がたっただろうか。


 ストーブは自動タイマーが効いて停止し、室内は零度近くまで温度が下がっていた。


 ふと、太刀雄は目を覚ました。

 目を覚ました途端に、強烈な気持ち悪さに襲われた。吐き気と頭痛。景色が回って、平衡感覚がまるでない。床に寝っ転がっているのに、転倒しそうな不安定感に襲われていた。


 喉がカラカラだった。本能的に、水を摂らないと危険な気がした。そういえば、セックスでずいぶん汗をかいた。さらに、こたつの中で眠ったことで、さらに汗をかいたはずだ。もしかしたら、脱水症状になっているのかもしれない。


 体に力が入らないが、なんとかこたつから抜け出した。ダイニングまで行って、水を飲まないと。でも、立ち上がることも困難だ。


 室温は下がっているのに、不思議と、寒さは感じなかった。寒さが、気持ち悪さに打ち消されているのかも知れない。


 太刀雄は床を這いずり、なんとかダイニングまで行こうとして。


 そこで再び、意識が途切れた。


 ◇


 事故物件で、再び事故が発生した。

 三階建てアパートの二階。

 死亡したのは、二十三歳の男性。名前は、下能太刀雄。

 死因は凍死。こたつに入ったまま眠り、脱水症状になりかけ、ダイニングで水を飲もうとした。しかし、ダイニングに辿り着く前に意識を失い、そのまま凍死した。


 ――というのが、捜査をした警察の見解だった。なお、太刀雄が全裸だったのは、性器の状態から、こたつの中で自慰行為に耽っていたからだと考えられている。あまりの間抜けな死に様に、警察官達は失笑していた。


 環奈は宙に浮きながら、太刀雄の遺体と警察関係者を見下ろしていた。


 この部屋に入居した男を道連れにする。自分と同じように、間抜けな死に方をさせる。それが、環奈の目的だった。


 目的は果たした。


 でも、環奈は、まったく満たされていなかった。


 むしろ、死んでいるから疲れることはなくても、五回連続で突かれ続けるのは、精神的に疲弊した。もううんざりだった。


 環奈は両手で顔を覆い、涙声で呟いた。誰にも届くことのない声。


「こんな、脳ミソまで金玉でできてるケダモノに襲われるくらいなら、もう、道連れなんていらない」


 そのまま、本能に任せて成仏した。


 環奈によって事故物件となった部屋。

 環奈が去った後は、太刀雄によって事故物件となった。


 ◇


 俺、死んだんだ。


 太刀雄はすぐに、自分の状況を理解した。

 幽霊と遭遇し、セックスまでした太刀雄だからこそ、簡単に理解し、受け入れることができた。


 幽霊になった。

 幽霊は、生きている人間に触れると実態化することができる。


 それならば、やることはひとつだ。

 太刀雄は、口の端を上げた。


 この部屋に入居してきた女の子を襲おう。めくるめく快楽の日々を過ごすのだ。もっとも、環奈ほどの好みのタイプには、もう出会えないだろうが。そこは妥協しよう。


 太刀雄は、次の入居者を待った。

 事故物件だから、なかなか入居者が決まらない。


 一年ほど待って。

 ようやく、次の入居者が決まった。


 この部屋に引っ越してきたのは、腹の出た、清潔感のない、四十過ぎの中年男だった。


 太刀雄は泣いた。

 地縛霊になってしまったから、この部屋から出ることもできない。

 成仏しない限り、この中年男と同居することになるのだ。


「もういい……」


 絶望を抱えながら、太刀雄は、本能に任せて成仏した。


(終)


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― 新着の感想 ―
幽霊よりもやばい男の話であったか(;゜Д゜) タイトルからして種族こえたラブロマンスかと思いきや(;゜Д゜) むしろ男の方が生きてても死んでても怪異じゃないですかこれ(;゜Д゜) 怪異系の事件にな…
 環奈の方はある程度予想はできていましたが、それだけに太刀雄のオチが予想できてませんでした。両者の懐く虚しさの違いを巧い具合に対比させたものです。  まあ、愛情を求める女性の寂しさを、男性の性欲が補う…
こわっ……。 太刀雄が、こわっ……。 そしてラストの絶妙な空気感の悪さに人生の静かな恐怖を疑似体験しました。 ご愁傷さまでした(。-人-。)
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