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裏切り

〈裏切りの薫り漂ふ春の宴 涙次〉



【ⅰ】


 時計は朝9時半を指してゐた。

 そしてテオの聲。「皆さん、酒宴の翌朝になんですが、プロジェクトから仕事の依頼が!!」テオ自身、何もこんな早くから、と云ふ氣持ちはあつた。昨夜のまたゝび酒が躰に殘つてゐて、何をするのも億劫だつた。

 メールは、「魔界壊滅プロジェクト」の陣頭指揮に当たる、佐々圀守(さつさ・くにもり)警部補からのもので、彼は、早くも、担当警官二名が鰐革男サイドに寢返つた、と云ふ。同僚に、「鰐革様を盛り立てないで、何が日本の平和だ」と触れ回つてゐる、と云ふ事らしい。鰐革がどんな洗脳を彼らに施したのかは、分からない。「南無Flame out!!」カンテラは外殻から、出た。


 カンテラ自身は、例へアルコホル度數75%の火酒を呑んでも、ちつとも酔はないし、じろさんは、何事も(刺激物は)控へ目に、と云ふ武術の基本理念を守つてゐたので、酒を翌朝まで殘すと云ふ事はなかつた。


 カンテラは、佐々に、「場合に依つては寢返り組、斬るぞ」と、云ひ置いた。「それも致し方ありません。何もかも自分たちの氣の緩みから起きた事」佐々は承諾した。また、身近に迫る文字通り【魔】の手を恐れてもゐたのだ。規律、と云ふものに関はりなく、魔手は伸びてくる。身につまされる、とはこの事だつた。



【ⅱ】


 鰐革は、昨夜、カンテラ一味を招いての宴席が仲本氏に拠つて設けられた事を、何故か知つてゐた。てつきり、カンテラも宿酔(ふつかよ)ひしているものと思ひ込んで、彼ら一味が動き出すのは遅い時間帯になるだらう、と、朝も早くから、担当警官の誘惑、と云ふ手に出たのだ。

 だが、カンテラ、じろさんに宿酔ひと云ふ、失態はない。考へてみると、カンテラ・じろさんの事は何も知らない、鰐革であつた。それでよくカンテラのライヴァルが自稱出來るな、と皆さんお考へかとは思ふ。だが、カンテラ自身、鰐革が韓国の魔界で誕生した經緯とか、彼の前世(【魔】にも輪廻の仕組みは作用している)について、何も知らない。知らない同士で、抗争してゐる- 尤も、人間界でそれはよくある事ではあつた。



【ⅲ】


 だから、鰐革は、カンテラが何故かうも迄カネなるものに、固執するのかは、知らないのだつた。カンテラに、「愛」と云ふ、まあしがらみの一種と云つても良かろうものが、備はつてゐない、と受け取るのは、早計に過ぎた。カンテラは、悦美を、そして仲間たちを、愛してゐた。だがそれにはアンドロイドの躰、特に脳、が邪魔なのだつた。

 安保さんは「あんたの躰のことは、俺に任せて置け」とカンテラに常々云つてゐた。だが、こと「愛」の問題については、彼の手に余つた。カンテラは、カネさへ積めば、この問題を解決してくれる、ブラックジャックのやうな人物を、()()()()()()のだ。そして自分に、健康な人間の男子の如き慾情と、仲間への深い信頼の絆、が生まれる事を、心底願つてゐたのだ。カンテラが、カネ、と云ふものに寄せる期待は、そんなふうにして生まれた。



⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈カネカネと云へば盲目の証しか今日を信じて生きてはみるが 平手みき〉



【ⅳ】


 カンテラ、じろさんは、寢返り組の二名が監禁されゐる、留置場を訪れた。場合に依つては、彼らを翻心させる事が出來るのではないか、そんな淡い期待があつた。が、カンテラ一味=敵、と云ふ鰐革の思想に染まつた彼らと、心を通はすのは、容易ではない。

 カンテラ、じろさんとゝくと話し合つた。「斬るか。佐々の承諾もある」-「何か奥の手はないもんかなあ」-「期待出來るやうな狀況に、彼らがあると思ふ?」-「全然、思はない」

 カンテラの冷酷さ、をじろさんは緩和する役目も担つてゐた。カンテラの「殺人マシーン」時代から、彼を掬ひ上げたのも、じろさんだつた。だが... 致し方ない、と云ふラインは、自ずと引かれてしまつてゐる。じろさんがその裏切者たちを説得しても、埒が明かず、結局、カンテラ「しええええええいつ!!」-彼らを斬つた。「プロジェクト」内に、鰐革思想が蔓延するのは、だうしても避けなければならなかつた。



【ⅴ】


 なんだ、結果としては、俺たち今、【魔】を相手にしてるのと同じぢやないか。じろさんは溜め息を吐いた。人間に寄せる、「人間らしさ」への希望が、こゝから崩れてくる。じろさんは自らを戒めた。鰐革の卑劣さは、その「崩れ」を利用する事にある。裏切者は消せ、と云ふんぢや、鰐革と何ら變はりがない。


「プロジェクト」内の失態は、幾許かのカネによつて(あがな)はれた。金尾(もう一人の「覺醒者」である)がそのカネを受け取つたのだが、カンテラから、「自分の身は自分で守つてくれ。兎に角己れは己れで律するしかない」と、佐々には傳言があつた。


 鰐革、自分のヘマは、無論棚に上げる。「俺がカンテラたちについて、無知だつたのがいけなかつたのだ」とは、絶對に認めない。鰐革は、自分が寢返り警官たちに込めた魔術が、足りなかつた、のだと、信じやうとしてゐた。彼には基本的にそんな愚かなところがあつたのだけれど、その尻尾は摑ませない。本能のやうな、保身ばかりに長けてゐたのである。



⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈人戀しと云ふは人への懸想でも信頼でもなくたゞの愛着 平手みき〉



 お仕舞ひ。鰐革、色々やつてくるが、全て裏目。だが諦めないしつこさを、彼は持つてゐる。それでこそ、鰐革の鰐革たる所以(ゆゑん)なのではなからうか。ぢやまた。





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