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ただ死にたいだけ。  作者: 丸井 ヒロユキ
1 不登校少女編
2/2

01 後ろの席のウザイやつと犬になった僕

プロローグから少し時間が空いてしまいました。

申し訳ございません。


9月2日


世間一般で言う秋の訪れを感じる日中

歴史になぞれば無条件降伏の日だっただろうか。


市立一刻(いちのこく)高等学校

通称一高(イッコー)が僕の通う学校。


退屈な始業式で終わった昨日とは違い、2日目ともなる今日は完全平日となり時間割は6限までキッチリだ。


強いて普段と違う点をあげるとすれば、休みボケの影響なのかクラスメイト、教師共にどこかやる気のない浮ついた様子だと言う所。

お陰様で僕が一眠りついていたとて指摘する者はどこにもいないという事だ。


ぐぅ。


(はじめ)……。私の授業中に堂々と居眠りとは中々いい度胸じゃないか」

「いて…」

ズビシと伏せていた頭頂部に硬い何かの角を叩き落とされた。反射で思わず声が出てしまう。


一体どんな悪漢がと思いつつしょもしょもと霞む目元を擦りつつ顔を上げると、仁王立ちで僕を見下ろす女性の姿が目に映った。

くたびれたパンツスーツ姿と雑に結ばれた漆黒の長髪。目元に浮かぶ薄いクマは実年齢よりもくたびれた印象を感じさせるが、切れ長の瞳や薄い唇のパーツから察するに圧倒的な美人である。

もう少し容姿を気にすれば良いのに…と言うような会話を教室内で耳にした覚えがある。

そんな残念美人の担任兼社会科担当の「明日香 六月(あすか むつき)」が睡眠妨害の主犯だった。

ちなみに凶器は右手に携えられた出席簿。


「目覚めたようで何より。次に寝たら角打ち2回をプレゼントしてやる」

「……結構です」

「遠慮はいらんよ、出来高払いだからな」


ため息を一つついて六月は教壇に踵を返した所で、くるりと振り返って

「一、後で私のところに来たまえ」

と告げた。


……居眠りは呼び出しモノの重罪だったか。


面倒な用事が増えた現実を受け止めつつ寝ぼけた頭を目覚めさせる。


なんてったって面倒な用事はこれだけじゃない。

僕は一昨日の事を思い出しながら小さくため息をついた。


一学期は特に人と関わることなくなぁなぁに過ごしていた訳だが今日からはそういうわけにも行かない。


ケンちゃん……そう呼んで慕う兄、

朔乃 健二(さくの けんじ)」の言葉が僕の頭の中で木霊する。


死にたくない理由を作れ

友達を作って仲良く

出来た友達をケンちゃんに紹介


………面倒くさい。


ケンちゃんの喜ぶ事であれば叶えたい…その一心でその場を了承したはいいものの。一学期丸々を終了したこのクラス内において、ある程度のコミュニティなるものは形成されている。

コミュニケーション能力に自信があればここから入れる保険もある…のだろうか。

いずれ僕には無理な話だ。


ただでさえも浮いている容姿だと言うのは自覚している。

西洋人の母から遺伝した白金頭髪(プラチナブロンド)に空色の瞳。

入学当初から明らかに人が避けているのを感じていた。


そんな僕が今更友達になろうだなんて声をかけたら間違いなく苦笑いで終わってしまうだろう。


はてさてどうしたものやら……。


「いやぁ〜居眠りって重罰だねぇ?」

1人ボヤボヤと思考している最中、いきなり後ろから軽薄そうな声がかかった。

声の主は先程の六月との会話を面白がっているらしく、ケラケラとした堪えきれない笑い声が聞こえてきた。

んと、後ろの席は確か

「誰だっけ?」

チラリと首を回しつつ笑い声の主に目線を送ると、僕の声が伝わっていたらしい青年が笑いを引っ込めて驚愕の表情に変わる姿が写った。

「いやいやいや、一学期からずっと後ろだったよね俺」

「うん……そうだっけ」

「そうだよ間違いなく!名前覚えられてないとは思わなかったけどね!」


授業中を考慮してか抑え目の声量でこそあるものの、明らかに傷ついたような抗議を訴えかけて来ている。

薄い茶髪に人懐っこそうな猫目、どことなく軽薄さを感じる笑みを浮かべた口元。

言われてみれば確かにこんな容姿の男に一学期中何度か声をかけてきたような気がする。


「いやぁ〜今学期は席替えないんだってさ〜」

「その髪天然?名前的に日本人だよね?」

「起きて〜プリント配って〜」

「お兄さん暇?お茶しない?」

「今日雨やばいね〜?傘壊れちゃってさ〜良かったら帰り、入れてくれないかな?相合傘で愛を育む…そう!友情から芽生える、愛!」

「ねぇ無視しないでよ!何でアタシの電話でてくれないの!?ねぇ!!」

「おーい、聞こえてますかぁー」

「一学期終わっちゃうよ!夏休みだよ!夏を満喫しようよ!?」

「ねぇーーーーーー」


………


「思い出した、ウザイ人」

「ウザイ人!?!?!?」

目の前の青年、もといウザイ人は先程までの驚愕の色に悲壮さを足してリアクションを取ってくる。

一学期の間は対して気にもしていなかったが、きっとこれまでもこんなリアクションを含めて片側一方通行のキャッチボールを投げかけてきていたのだろう。

よかった、関わっていなくて。


「俺四音、花曇 四音(はなぐも しおん)!!自己紹介初めてじゃないんだけどね!?」

「ん、そっかどうも」

四音と名乗った青年にじゃ、と手を小さく挙げて教壇に向き直る。

後ろの席ではちょっとー!?だのなんだのと騒いでいるが……明日には四音の名前を忘れているだろうし問題は無い。

その後もしばらくブツブツと呟きつつ聞く耳を持たなくなったことに気づいたのか、項垂れた様子の四音を無視し今後の計画立てに戻る。


手頃に喋りやすそうでその場しのぎでも友達役を買って出てくれそうな軽いヤツ。


そんな丁度いい感じの奴はこのクラスの中に存在しているのだろうか。

かと言ってわざわざよそのクラスに探しに行くのも………。



ん?

………待てよ?


1度向き直した体を再度捻り、項垂れる四音の机に投げ出された手を両手で抑える。

いきなりの事に困惑した様子の四音に向けて僕は一言。


「僕の家に来てくれないか」


……


「何もかもをすっぽかし過ぎじゃないかなぁ!?」

一瞬の沈黙の後、四音は頬を赤面させつつ大声を上げながら勢いよく席を立った。

手を握ったままの僕も釣られて席を立つ。

授業中真っ只中に立ち上がる男2人の暴挙にクラスの視線は何事かと釘付けとなる。

それは勿論

教鞭を奮っていた六月も例外じゃないらしく。


バチンッ


……教室内に響き渡る破裂音と共に背面黒板からポロポロと砕け落ちるチョークだったものを見た事で気付かされた。


亜音速で2人の首筋を掠めさせた投球ホームのまま、六月は三日月形に裂けたような笑みを浮かべ一言。

「花曇、お前も一とこい」


如何なる抵抗も無駄と感じさせる声色で告げられた命令に僕達は声を揃えてはいと返すしかなかった。



※※※



昼休み


皆が各々昼食をとって午後の授業に備える時間。


四音と巻き添えの僕は2人揃って昼下がりの校舎裏へ呼び出されていた。


今のご時世校舎裏に呼び出しだなんて古いのではなかろうか…なんて事を考えながら呼び出した張本人を直立で待つ事5分。

黒髪を1つで結んだ隈の目立つ麗人……担任の六月がのそのそとした動きで現れた。

「呼び出しなら職員室で良かったんじゃないかなぁ六月ちゃん?」

「先生と呼べ花曇。……まぁ別にそれでも構わんのだが、何分職員室では喫煙ができないんでね」


まだ夏の残暑が残る秋口、そんな日中の校舎裏に呼び出されたことに対する四音の苦言は、随分と私欲的な意見で叩き落とされた。

当の六月はお構い無しにスーツの胸ポケットからソフトパッケージのタバコを取りだして100円ライターで火をつける。


ハイライト……名前の割には肺にヘビーそうだな。


なんて事をぼんやり考えていると、隣に立っていた四音が呆れ顔で口を開いた。

「生徒の前で堂々と喫煙ってどうなの?」

「教師っていうのはな、こうでもしないとやっていけない仕事なんだ」

ため息のように煙を吐き出しながら六月は答える。


社会人の闇なのかこの人個人の闇なのか。

長期的な作戦にはなるが、喫煙で肺を壊すというのも死に方の1つとして使えるかもしれない。


そこから3度ほど吸っては吐くを繰り返し、タバコの長さが半分を迎えた辺りで六月は呼び出しの本題に入った。


「で、ここにお前達を呼び出した訳だが……一、お前は前学期部活動に入部していないな?」

「え……あー、そうだっけ」

「我が校の方針を知っているか?」

「全く」

「お前が話を一切聞いていなかったことはよく分かった。が、別にそれをとやかく言う気は無い。私も面倒だしな」


根元まで吸い切ったタバコを踏み消しながら六月はため息をついた。

今のところ置いてきぼりにされている四音は隣でキョトンとした顔をしている。

踏み潰された吸殻は秋風に攫われてカサカサと転がって行ってしまった。


「吸殻……拾わなくていいんですか?」

「かまわん。元は自然のものだからな」

「いやぁダメでしょ流石に!教師的に!」


的確なツッコミを入れる四音を無視して当の六月は2本目に火をつける。


……ペースがエグイなぁ


口にするだけ無駄だと言うのは今の吸殻問答で理解した。


「私の吸殻で気をそらそうなんて無駄だぞ」

「なんのことですかね」

「白々しいのは髪だけにしたまえよ」

「……時代が時代なら吊るされますよ。その差別」

「私が生きる時代にそういった風習は無い。社会科の教師に時代で喧嘩を売れると思ったのか?」

「暴論だ……」

僕達の不毛な会話に呆れ顔の四音が再度ツッコミを入れる。

コイツは意外とツッコミ属性的なものを持っているらしかった。


「一、お前は意外と口が回る。思わず興が乗ってしまいそうだよ…本題を忘れてしまいそうな程にな」

「お褒めにいただき光栄です。是非お忘れなさって下さい」

「遠慮しいだな。だが受け取ってもらうよ」

「二人で話し回るなら俺帰ってもいいんじゃないかなぁ……」

「拗ねるな花曇、お前達2人に頼みたいことがあるんだ」

「六月ちゃんの頼みかぁ…なんか怖いなぁ…」

心底嫌そうな顔をする四音に六月はニヤリと口角を上げる。

「一、お前は前学期部活動に所属していなかったが我が校では生徒全員の部活動入部が校則だ」

「初耳です」

「知らなかったなら別にいいさ。今教えたからな……そこで、だ。今学期からはキッチリと所属してもらうように上からのお達しがきたという訳でね」


部活動か……はっきり言って面倒臭い。基本的に放課後を潰すのはケンちゃんと過ごす時間が減ることに直結するいい迷惑だ。


「だがそこで優しい私は上を言い包めるいい餌を思いついたんだ」

「餌て……」


四音がボソりと零すのを流し六月はニヒルな笑みを浮かべて続けた。


「一を私の下で犬として働かせる。花曇とセットでな」

「まてまてまてまてまてぃ!」


ここに来ての急展開に、四音はビシリと音が立ったと錯覚する程のツッコミを入れた。


「ちょっと待ってよ六月ちゃん!?俺はサッカー部あるんだけど!?」


どうやら四音は部活動に所属済みだったらしい。


だがそんな四音の反応は予想通りだったらしく、六月は先程までよりも明確に嗜虐の意を込めたニヒルな笑みを強めた。


「ほぅ?サッカー部ねぇ…おかしいな花曇、お前は5月の3週目から部に顔を出していないはずだが?二学期からは無くしたやる気も戻ったのかい?」

「あっ……いやぁ………ぅぐ……」


……四音は言葉にならない声を上げて項垂れた。

六月が四音を巻き添えにしたのは裏があったということか。

嗜虐心が収まったのか笑みを抑え六月は灰を落とした。


「面倒くさいんで嫌です」

「俺も流石に……ねぇ」


僕の反抗と四音の追従

だがこの反応も六月にとっては予想通りのものだったらしい。


「まぁそう邪険にするな。さっきも言った通り、お前たち2人の部活動についてはこれで折りをつけてある。なに、悪いようにはせんさ」


どうやら決定事項という事らしい。

逃れられないのならばせめて、面倒くさくない事を祈りたい…そう思って口を開く。


「僕達は何をやればいいんですか」

「乗り気なようで嬉しいよ」

「違います」

「お前たち2人に早速やってもらいたいことがある」


僕の反論は華麗に流され、2本目の吸殻を投げ捨てた六月は両腕を組んだ。秋風に吹かれる校舎裏がまるで軍隊の司令室か何かみたいだ。


「私のクラスには現状1名新学期から登校していない女生徒がいる。名前は三葉 茜(みつばあかね)……花曇、お前はよく知っているな?」


六月の問に四音は少し気まずそうな顔になる。

聞き覚えのない名前ではあったが、そもそも誰の名前も大して覚えていない僕とは空気感が違う。


「私は別に生徒個人間の関わりなぞに興味は無い……が、知り合いであれば都合がいい。お前達2人には三葉が登校してくるように説得をしてもらう」


六月からの依頼……、要約すると不登校児を更生させてこいとでも言ったところか。一歩間違えれば更生させられるのは僕になるとこだった。

四音は苦虫を噛み潰したような顔を続けていて、鬱陶しさも鳴りを潜めている。三葉……とか言った女生徒とも何か訳ありなのだろうか。

そんなことを考えていると四音は表情を変えず、おずおずと手を挙げて口を開いた。


「それどうしても俺も行かなくちゃダメ…すかねぇ?」


心から乗り気ではない様子に六月はため息をついて腕を組み直した。


「花曇…私はお前のコミュニケーション能力を高く評価している。まして三葉は同じ中学の出身、なら適任だろう?」


断らせる気は毛頭無いであろう六月の口ぶりに四音は諦めたのか、分かりましたよとため息気味に返した。


「なに、私に媚びを売って損はさせんよ。しっかりと働いてくれたまえ」

「サー、イェッサー」


要件を終えた煙の匂いを薄ら纏う背中を二人で立ち竦み眺める。


「僕達、どうしよっか」

「やるしかない……んじゃない?」


途方に暮れた気分のする問い。

やれやれとした様子の四音はグイッと背伸びをすると、僕の目の前に右手を差し出した。


「?」

「握手だよ握手」

「なんで?」

「俺達は今日から六月ちゃんの犬同盟だよ?てことは必然的に仲良くなるわけじゃん」

「それは、わからないけど」

「そこは仲良くしようよ!?」


ちゃんとウザイ人に戻ったな。


そう考えながら僕は差し出された右手を握る。


「一 恭。よろしく四音」

「よろしく、恭ちゃん」


片目をパチリと閉じて四音は自己紹介に応じた。


これはきっと、友達なのでは無いだろうか。


難攻不落に思われたケンちゃんのお題は案外すんなりと片付いてしまった。

果たしてこれが僕の自殺防止に繋がるのか、もしくはちゃんと僕を殺してくれるキッカケになるのか。


先の事をほんの少し想像していると、四音が少し困ったような顔をして口を開いた。


「出しててアレなんだけど……いつまで握ってるの?」



……



昼終わりの校舎裏。2人の犬は手を握り合いながら予鈴の音を聞いた。



一の友達「1人目」










第一章不登校少女編、スタートです。

また時間が空いてしまうかも知れませんが長い目で見ていただけると幸いです。

ではまた。

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