伊藤の5月20日④
この2ヶ月、河津課長の話はたまに出た。総じて普通の人であった。社食で健康定食を選び、すき家で1人分のテイクアウトを受け取り、イオンシネマに入るのを目撃され、電車の乗車時間5分で居眠りをしていた。
聞いた中で反感を買っているとすれば、フォルクスワーゲンのポロというコンパクトカーにに乗ってることだった。もっといい車に乗れだの、外車はずるいだの、フットサルサークルの飲み会での話だったが、同期の佐藤くんも「これだから独身貴族は」と声を荒げ、ビールを飲み干していた。
そんな賛否を巻き起こしていることを知ってるかどうかわからないが、その人は17インチのノートパソコンのキーボードに手をかけ、すでにこちらを見ていた。「どうしました?」と声をかけられ「これ提出してと頼まれて」と封筒を手渡した。
封筒の差出人を確認し、封をするための紐をクルクル外しながら
「あれかな、今日が期限の」
「すみません、遅れてしまって」
「全然いいよ。そんなすぐに確認しないし、一報もらえれば社内便でよかったのにね。」
暑い中15分歩いてきたことが少し無駄だったように感じた。
なにか察したのか「ごめんね、わざわざありがとう。遠かったでしょ。下のカフェでお茶でもする?」
3時になると休憩を促す穏やかな音楽が流れるのは、3号館も本部も同じようだった。「中村さんも行く?」とデスクのマイボトルを持ち河津さんは声をかけた。中村さんは「わーい」と嬉しそうに両手を挙げ立ち上がった。
カフェは3階下の10階にある。噂では人がコーヒーを淹れてくれるらしい。というと単なる普通のカフェなのだが、伊藤のいる3号館は社員食堂と売店しかないため、休憩時間は自動販売機かペットボトルや缶入りの飲み物しか飲めない。
エレベーターは休憩にいく人、会議などに向かう人など意外と混んでいた。河津さんは中村さんと今日のランチの感想を交換していた。
グリーンがところどころに飾られ、木目調のインテリアがゆったりくつろげる印象だ。就職活動で行った会社のオフィスに似ている。
「なににする?」と河津さんに聞かれ、暗い木目調のカウンターにいる店員さんにアイスコーヒー、中村さんはキャラメルラテと伝える。河津さんはマイボトルを渡してブランドコーヒーを頼み、社員証で3人分をピッと決済した。
ごちそうさまですとお礼を言ってる間に奥でドリンクは用意され、お盆にはロータスのビスケットが3枚載っていた。
窓際の2人掛けソファが向かい合う席に案内されて座る。窓からは通勤路の見覚えのある街並み、お店の看板、住宅街、そしてカフェのグリーンが霞むほどに田園風景が広がり遠くには山なみがうっすら見える。
注目すべきはそんな地方都市の風景ではない。向かいのソファには中村さんが1人で座る。女性だから。