伊藤の5月20日①
「伊藤、これ人事部に提出しておいて」と書類が入ってるであろう封筒を課長から渡された。社内の書類配送便を使えばいいのに、と思っていたら見透かされたように「締め切りが午前だったから」とケラケラ笑って言われた。
動きの悪いパソコンにヤキモキしていたので、気持ちを切り替えられるのはよかった。
社内便の封筒には行き先が書いてあり、人事部の課長宛てになっていた。
「お前知ってる?人事部の王子、本部にいる社長の弟、ヒョロヒョロの。」
内心、来た!と思った。
課長からの情報はそれだけで、あとは隣の席に座る庶務の山本さんが、丁寧に社外秘の地図を出して場所を説明してくれた。「今日は暑いし、時間かかるから、ゆっくり行って来たらいいよ。」とねぎらってくれた。
法務部のある社屋は3号館と呼ばれ会社の敷地の南の隅の方にある。それは歴史ある建物であるという理由でもあり、新しい建物は北の方にどんどん建てられていった。今から行く本部は10年ほど前に完成し、来客対応のためのロビーや会議室、自社開発された製品の展示スペースもある。会長と社長、そして総務部もここにあり、会社の中枢と呼べる。
縦に長い敷地は徒歩で移動するには不便だ。しかし自転車は社内を走る車と接触事故があったことやメンテナンスを誰がするか、という点でほとんど使われなくなったようだ。
初夏の太陽は容赦なく照りつける。これが真夏なら死者が出るのではないか。
山本さんは外を通るルートと敷地内の建物や工場を通るルートがあることを教えてくれたが、一旦は外のルートを教えてくれた。災害があったときにすぐに逃げられるようにね、ということだった。
平日昼間に1人で外を歩く、ということがなんと貴重なことだろうかと深呼吸した。
なにかわからない機械のゴーッゴーッと鳴る音を聞く。働いていればわかるようになるのだろうか。外にあるトタン屋根の喫煙室で談笑する声を聞き、まぶしく咲く赤紫のツツジの植木を見た。
そしてこの街にとって、ひときわ目立つ15階のビルに到着した。