伊藤の5月6日
緩い学生生活の延長のような新入社員研修は終わった。街路樹はいつの間にかさわがしいくらい緑の葉がついていた。
初めての風景もいつの間にか見慣れた風景になり、空気が体になじんできたのを感じた。
研修3日目の講師はあのときだけの存在と思っていたが、頻繁に姿を現した。姿といっても「話題」としてだった。
彼は特別な存在で「王子」「王子様」と呼ばれていた。それは敬称としてではなく、彼のいないところで使われるあだ名のようなものだった。話の内容によっては揶揄ともいえ気の毒なほどだ。
そう言われるのは今に始まったものではなく、上司が、先輩が、職場で、休憩時間に、飲み会で何となく呼んでいるのを下の世代も学び呼んでいる。
伊藤は同情した。彼の境遇が特異なだけで注目を集めてしまう。それは彼の本質ではないのに。
といっても、1度会っただけで話したことない人をフォローするのもおかしいし、実際に注目されるくらいおかしいところがあるのかもしれない。
起動の遅い古いパソコンの画面を眺めながら考えていると、向かいの課長が飲みいこう、金曜日だからと誘われた。スマホのスケジュールを見るふりをして断る理由を探した。