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律の26年前の話

律はふと気づいた。シャープペンシルの芯はHB以外に2Bがあることを。


学校が終わり築30年の木造アパートの1階にある自宅に戻り宿題を始めようと、ペンケースの中のシャープペンシルをカチカチと押した。芯は力なく押し出された。芯があと1本しかなかった。


母が帰る時間は夜6時すぎ、今は5時半。歩いて10分の小さな文房具店「でんこや」にゆっくり行って帰っても6時には帰れる。でんこやに到着したとき、黒い雲の存在が不安になった。


シャープペンシル売り場でいつもの芯を手に取り、はたと気づいた、2Bの芯があることを。柔らかい芯の書き味はどうなのだろうか。使ってみたいけど200円は高い。いつも使うHBも一緒に買ったら400円だ。それに書き心地がイマイチだったら嫌だ。気持ちが焦っていたのは黒い雲の存在だった。お店の出入口にあるプラスチックの雨よけがポツポツと天気を知らせた。


どうしよう、と頭でぐるぐる考えながら、お店の人にHBのシャープペンシルの芯を渡す。200円です、とお金を渡す。芯の入った細長いケースは赤いギンガムチェックの小さな紙袋に包まれて、Thank youと書かれた色付きのテープで封をされた。


きっと通り雨だから少し待っていきな、とカウンター後ろのお座敷に入れてくれた。お店の人は母よりも歳上だけどおばあちゃんというには若い女性だった。座布団に座るようにうながされ、テレビをつけてくれたが、女性は奥の台所で夕食の準備をするために消えた。テレビの情報番組の時計は5:50と表示されていた。テレビの音がかき消されるザーザーと降る雨。大きな雷の音。他人の家の緊張感。母が帰る時間。母が嫌いな雷。胸がいっぱいになる。出された麦茶はダラダラと汗をかく。


時計が5:58をさしたとき、不安になりお店の人に帰ります、と伝えた。雨の音は消えていないが、少しおさまったようだ。お店の人は傘持ってる?と聞き頭を横に振ると、赤い傘を貸してくれた。うちの子の昔使ってたやつだから、と笑って言っていた。


お店を出ると雨よけからダラダラ水滴が垂れていたが、降る雨はパラパラと弱々しく舞っていた。パッと傘を開くと思ったより小さくて真っ赤で、骨の先についた丸い飾りも少し恥ずかしかった。


10歩歩くと無視できる程度の小雨になり、静かに傘を閉じた。早足で家に戻ったが母は帰っていなかった。その代わり留守番電話をランプが点滅していた。


帰りが少し遅れる、という内容だった。もう少しでんこやでゆっくりしてれば傘は借りずに済んだなと、玄関に置いた赤い傘を思い出した。


壁にかけた時計は6時10分。母の帰宅が遅くなりそうな日は、ご飯を炊いてサラダを作る。冷凍庫を開けると冷凍のシューマイが未開封で入っていた。お母さん、なにか帰りに買ってきてくれないかな。律はお腹が空いていた。お米をといで炊飯器のボタンを押すと、玄関のドアが開いた。


「思ったより早かったね」

「うん、会社の人が車で送ってくれた」


律の母がいつもの通勤カバンしか持っていないことに律は少しガッカリした。


「玄関に傘あったから誰か来てるのかと思った」

と言ってカバンをあけ、傘をでんこやで借りたことを伝えると

「確かにひどい雨と雷だったね、ほんと嫌だ。」

と空のお弁当の包みを出して机に置いた。


他には何も出てこなかったけれど、母が早めに帰ってきたことは律にとって嬉しかった。

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