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伊藤の13年前の話①

伊藤が男性に恋愛感情を抱く、と気づいたのは中学生のころだった。


父親の仕事の都合で小学校高学年はドイツにいた。

日本に帰国して中学に入学すると黒い制服がうごめく空間にぞっとした。学校の建物も古く、何千人、何万人もが歩いたと想像できる黒ずんだ床も気味が悪かった。


入学して初日にピアスを外すように注意され、さらに気持ちがすさんだ。トイレで鏡を見ると自分が今どこにいるのか、実は夢ではないか、現実に戻ろうと心で叫んでも、ここが現実だった。


桜は嫌いだった。よく見ると木の幹とおなじ色合いの毛虫がいるから。名前でからかわれるのも嫌だった。


ドイツなら誰もなにも言われなかったのに、桜月でさつきと読ませることがキラキラネームでその上、女子の名前のようだ、と。桜は4月なのにさつきは5月では、という人もいた。


自分がつけた名前じゃないのに言われても、困惑から苛立ちに変わっていった。


環境にもクラスメイトにもカルチャーショックを受けながら、4月も中旬になり桜の花は死んで葉が生まれつつあった。


英語の授業のあと、担当の教師に呼び止められた。

「桜月くん、1つ質問していい?」

伊藤にしてみたらアホみたいな授業をする先生だった。名前で呼ぶのは伊藤という名字の生徒がほかにいるからだった。


「君がこの前まで海外にいたから、現地のことを知りたくて」

ドイツですけど、と言うと、ドイツは英語も通じるでしょ、と話を続けた。

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