婚約破棄?よろしい、ならば弾幕シューティングです
「アピス=B・アングリーボス、君の度重なる悪行にはもうウンザリだ。
婚約を解消させてもらう!」
そう宣言するのは、この王国の皇太子。
そしてアングリーボス家は貴族ではないが、国内有数の商会を運営する大商人。
シュバルリッツ=R・アングリーボスは元々蜜蜂の飼育をしていた養蜂農家の出であったが、良質な蜂蜜が領主に評価されお抱えとなる事で蜂蜜製品売買の商人として名を馳せ、やがて娘が皇太子に紹介され見初められるまでの地位を手に入れる。
と、そこまでは良かったのだがシュバルリッツの娘であるアピスが少々調子に乗りすぎた。
親が富と権力を手に入れた途端に横暴な振る舞いをする様になり、金に物を言わせて爆買い浪費をする、学園に入学すれば派閥を作りそのボスとして君臨し、同じ平民である生徒を見下し徒党を組んで虐めを行うなどやりたい放題であった。
そりゃあ皇太子も流石に見限るわな、とアピスこと私は他人事の様にそう思った。
実際、ほぼ他人事である。
何しろ私が前世の記憶を思い出したのは、つい昨日の事であったから。
この世界は乙女ゲーム「蜂の悪嬢」の舞台そのもので、一応私がゲームシナリオの担当ではあるけれど。
さてゲーム「蜂の悪嬢」の内容の説明をする前に、まずはゲームを作った会社で私の元勤務先でもあったK社の数奇な沿革の話をしなければならない。
元々K社はアクションゲーム、特にシューティングゲームに力をいれていた会社であり、ゲームセンターでの業務用ゲームや家庭用ゲーム全盛期には開発したゲームが一世を風靡し、特に弾幕シューティングに於いては他の追従を許さぬ程の人気を誇った。
しかしシューティングゲームのブームが去り、それ一本ではやっていけないと感じたK社が次に手掛けたのが乙女ゲーム。
一見無謀とも思える挑戦だが、時を同じくして悪役令嬢小説が流行り始めていて、それに便乗する形でのシナリオコンテストが開催された。
当時私は大学生で、付き合ってた彼氏を友人に寝取られるという苦い体験をしており、彼女をモデルに設定マシマシで書き上げた「悪嬢」がK社のコンテストで大賞を獲得してシナリオに採用される。
そしてK社社長の先見の明と運にも助けられて、完成した乙女ゲーム「悪嬢」はK社復活を業界に轟かせる大ヒットゲーム作品となったのだ。
当然ヒットに乗じて「悪嬢」はシリーズ化され、その後私もシナリオ担当としてK社に社員として採用されるのだが、数作シリーズが続いた時点で方向性を見失い内容の迷走を始める。
そしてシリーズ八作目「蜂の悪嬢」はその迷走の果て、と言うよりはある意味K社の原点回帰とも言えるゲームで、ジャンルは「弾幕シューティング乙女ゲーム」。
例えるならカレーライスに納豆をぶち込んだ様なこの奇異な作品が、後にどんな評価をされたのかは完成前に私が事故で亡くなったので知る由はない。
ただ、一言言わせてもらえばヒロインのアピスの設定が大概おかしい。
悪行の限りを尽くした令嬢が最終的に断罪され非業の死を遂げるのが悪嬢シリーズの売りではあるものの、私が制作に携わった段階ではここまで極端に酷い、というか頭の悪いキャラではなかったはずである。
とは言え、何の因果か今のアピスは私なのだ。
そしてゲームの様にセーブ機能や残機があるとも思えない、と言うかぶっちゃけ死にたくない。
と思っていると。
「何だこの音楽は!?何処から聞こえてくる!!」
突然城内に鳴り響く、聞き覚えのあるアップテンポのピアノ曲に皇太子が狼狽する。
これは悪嬢シリーズでヒロインが置かれた立場から起死回生の逆転のチャンスに流れてくる、通称「処刑用BGM」。
つまり……これは勝てる。
「な、何をこの状況で笑っているのだアピス!」
あらごめんあそばせ皇太子様、表情に出てました?
「お気を付けください殿下、この面妖な音楽といい彼女の豹変と言い、彼女に憑いた悪霊がついに本性を剥き出したと思われます!」
「悪霊だと!?
成程、悪霊憑きだと言うなら彼女の今までの非道の数々も納得だ」
あーうん。
ゲーム内転生って説明しても理解出来ないだろうし、そっちの方が分かりやすいし、何かもうそれでいいや……
って……痛っ!!
目の前のこの騎士、いきなり剣から光の球を発射して攻撃してきやがりましたよ?!
「悪霊め、神の加護を受けし我々聖騎士の刀の錆になるが良い!」
そして他の騎士も、私に対して剣先を向けてくる。ほうほう、聖なる騎士様には悪霊の私は滅すべき敵であると。
……ふーん。
「ところで殿下。
蜜蜂に伝えよ、という言葉はご存知です?」
「テリングザビーズ?
ああ、あの養蜂家に伝わるという迷信の事か」
養蜂家に生まれた者、そしてその家族になる者は大事なニュースを前もって養ってるミツバチに伝えないといけないという、前世でも中世の西洋にも存在する風習だ。
そうしないと蜂がヘソを曲げて巣を作ってくれず養蜂家にとって死活問題になるからという理由なのだが、このゲーム世界内ではもっと重い、そうしないと大変な事が起きるという言い伝えにしてあり……
「それがね、実は迷信じゃないんですよ!」
私はそう言うと、まるでダンスを踊る様にその場で一回転する。
すると養蜂家としての魂が私を取り囲むように無数の針の形状の光弾の形を取り、弾幕として周囲に拡散される。
「グアッ」
「があはっ!」
光弾は次々に騎士達に命中し、その身体が光の粒子となってその場から消える。
「な、な……」
「さあ、殿下。次はあなたの番ですわよ」
腰を抜かしてその場に尻もちをつく皇太子に私は言い放つ。
さあ反撃してくるがいい、1面ボス。