石の街
眼下に広がる暗闇の中に、ぼんやりと光る一帯が見えてきた。
「あの光っている辺りには、半妖達の暮らす街があるんだ。まずは一番近い街に降りて、情報を集めながら今後の動きを決めよう」
ユキ達は、光を放つ石が敷き詰められた路地裏に降り立った。
一つ一つの石の輝きが、周囲に建ち並ぶ石造りの建物を幻想的に浮かび上がらせている。
「これ全部……宝石なの?」
屈み込んだユキは、足元にある石を一つ手に取って呟く。
「いや、ただの光る石ころだよ」
シグレの返答に、ユキは手のひらに載せた石を改めてよく見てみる。
ただの石ころと呼ぶには、あまりにも美しい。
「凄く綺麗……」
石に見惚れているユキに、ハヤテが声をかける。
「ユキの衣服をどこかで調達しよう。その格好は、ここでは異質過ぎる」
ユキは今、長袖のTシャツに薄手のパーカーを羽織り、ジーンズを履いている。人間の世界ではいたって普通の格好だと思うが、妖魔の世界では違うらしい。
「お前達はここで待っていろ」
一人で路地裏から出て行こうとするハヤテに
「半妖の僕もいた方が警戒されにくいだろうから、一緒に行くよ」
と言って、シグレはヒサギの咥えていた杖を受け取り、ハヤテの後を追った。
ユキは、手のひらに載せた宝石のような石を地面に戻そうと、その場にしゃがみ込んだ。
「おい」
不意に嗄れた声がして、ユキは動きを止めた。
すぐそばにいたヒサギが周囲を見回す。
「ここだよ、ここ。お前らの上にいるよ」
ユキとヒサギが見上げると、石造りの建物にあけられた穴から、猿に似た生き物が顔を出していた。
皺くちゃの赤ら顔をしており、遠目だと梅干しみたいに見える。
「妖魔が街中にいるなんて珍しいな。迷い込んじまったのか? そんなところにいると、トコヤミに連れて行かれちまうぞ。中へ入って来いよ」
トコヤミと聞いて、ユキは思わず口を開いた。
「あなた、トコヤミを知っているの?」
「当たり前だろ」
「それじゃあ、トコヤミに呑み込まれたらどこへ連れて行かれるのかも知ってる?」
「それは知らない。呑み込まれた奴らが帰ってきたって話は聞いたことがないからな」
シグレと同じ答えに、ユキは肩を落とす。
「裏口の扉を開けてやるから待ってろ」
そう言って、猿に似た生き物は穴から顔を引っ込めた。
「どうしよう、こっちへ来ちゃう」
ユキは急に怖くなり、ヒサギに身を寄せる。
「ちょうどいい。あいつから妖力をいただくとしよう」
ヒサギはユキの前に進み出ると、路地裏に面した扉の前に陣取った。
向こう側から呪文のような低い呟きが聞こえると同時に、扉が音を立てて開いていく。
室内からは、むせかえるような甘い香りが漂ってきた。
ユキはヒサギの背後から顔を出し、部屋の中を見ようとしたが、暗すぎてよく分からない。
「入ってこいよ」
声だけが聞こえてくる。
「どうする?」
と小声で尋ねるユキの頭の中に
「相手のテリトリーに入るのは不利だ。出てくるのを待とう」
というヒサギの言葉が流れ込む。
「……何をコソコソしているんだ? 怪しいな……まさか、リュウゼンコウを奪いにきたんじゃないだろうな」
先程までの親しげな話し方とは全く異なる、凍りつくような声音だった。
ユキの全身に鳥肌が立つ。
「伏せろ!」
ヒサギの声が頭の中に響く。
だが、突然の指示に体が反応しない。
次の瞬間、赤ら顔をした皺くちゃの化け物が、鋭い牙を剥き出しにして勢いよく飛び出してきた。
立ち尽くして悲鳴を上げるユキを、ヒサギの大きな尻尾がなぎ倒す。
地面に倒れたユキの上に、尻尾がドサリとのし掛かった。
重い。痛い。
でもそれ以上に恐ろしくて、ユキはヒサギの尻尾の下で身を縮め、息を潜める。
耳をつんざくような叫び声と共に、バリバリと何かを噛み砕くような音や、クチャクチャという咀嚼音のようなものが聞こえた後、周囲に静けさが戻った。
ヒサギがユキの体の上から尻尾をどかし
「もう大丈夫だ。怪我はないか?」
と尋ねてくる。
倒れた時に打ちつけた腕や足が少し痛かったが、大したことはなさそうだ。
「平気」
と答えるユキを、ヒサギの額にある第三の目が見つめる。
そして、全身が温かな空気に包まれたかと思うと、先程までの手足の痛みが消えていた。
「凄い。ヒサギが治してくれたの?」
ユキの問いに
「そうだ」
と短く答えると、ヒサギは建物の方へと歩み寄り、開きっぱなしの扉に顔を突っ込んで中を覗き込んだ。