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記憶の欠片

「ヒサギ、ユキに(いや)しの術をかけろ。頭が痛いと言っている」


 黒い翼を背負った化け物が、ユキを指差しながら命じる。

 ヒサギと呼ばれた獣は、額にある第三の目を爛々(らんらん)と光らせてユキを見つめた。


「肉体的な損傷は見当たらない。頭の痛みなど気のせいだ」


 その言葉は耳から聞こえたのではなく、頭の中へと直接流れ込んできた。

 少し前のユキだったら「そんな馬鹿なこと、あるわけない」と鼻で笑い飛ばしたかもしれない。

 でも今は、これが(まぎ)れもない現実であるということを、はっきりと理解している。


 なぜならユキは、あの夏祭りの夜に迎えに来た黒い翼の化け物と共に、ヒサギの背に乗ってこの(あやかし)の森へ降り立った時のことを、おぼろげに思い出していたからだ。


「ハヤテ」

 ユキがつぶやくと、化け物は黒い翼を大きく広げ、笑みを浮かべる。


 そうだ、この化け物の名はハヤテだ。

 妖の森に住む神と信じられている、天狗(てんぐ)末裔(まつえい)


「せっかく解放してやったのに、どうして戻ってきたんだ? ユキに引き寄せられたトコヤミが、村を呑み込んでしまったじゃないか」


「私に引き寄せられた……?」


「そうだよ。そうか……解放する代償に記憶を失ったんだったな。ずいぶん前に、妖魔を引き寄せる人間の子がいると耳にして……成長するに従って力が増幅しているというから、我々の仲間が見張っていたんだ」


「その人間の子って、私のこと?」

 ユキの質問に、ハヤテが(うなず)く。


「あの日、(やまい)が引き金となってユキの力が一気に覚醒したんだ。その結果、眠りについていた厄介な妖魔を目覚めさせてしまい、ちょっとした騒ぎになった。その件は仲間が解決して事なきを得たんだが……あのままユキを人間の世界に置いておくのは危険だということで、連れ出して妖の森に隠したんだ」


 そうだ。そうだった。

 あの時も、ハヤテは同じことを言っていた。


「だが、お前は人間の世界へ戻ることを強く望んだ。だから仕方なく、この地に力を封じて解放したんじゃないか」


 頭に痛みが走る。

 記憶の欠片(かけら)()き集めて、どうにか形にしようとしたけれど、その時のことが上手く思い出せない。


「力を封じたはずなのに、なんで……? どうして村はあんなことになっちゃったの?」


「お前がこの地に戻ってきたからだ。本来なら、ユキが妖の森に足を踏み入れない限り、封印は解けないはずだったんだが……」


「そんなこと知らなかった! 知ってたら、こんなところ絶対に来なかった!! トコヤミって何? お母さんはどうなったの? 村の人達は? 生きてるの? 無事なの? ねぇ、大丈夫だって言ってよ!」


 取り乱すユキを落ち着かせるように、ハヤテは穏やかな声をだした。


(あやかし)の森は今、トコヤミに囲まれている。奴らは森の中までは入って来られないから、ここにいる限りは安全だ」


 そこまで話すと、ハヤテはユキの目から視線を逸らし、言いにくそうに続きの言葉を口にした。


「母親と村の人間達のことは諦めろ。トコヤミに呑み込まれた生き物は、姿を消したらそれっきりだ。戻って来た者がいるという話は聞いたことがない」


「そんな……なんとかしてよ! あなた、妖の森に住む神様なんでしょう? お母さんを返して! 村を元に戻して!」


 ユキは悲痛な面持(おもも)ちで懇願(こんがん)したが、ハヤテは何も答えない。

 そこへ、幼い声が割り込んできた。


「ハヤテは神様じゃないよ。それどころか、天狗族の裏切り者だ」


 いつの間に現れたのだろう。

 ユキとハヤテのすぐそばに、まだ小学生くらいに見える小さな男の子が、ニコニコしながら立っていた。

 女の子みたいに可愛らしい顔立ちをしていて、左手には不思議な紋様の刻まれた腕輪をはめ、右手には背丈よりも大きな杖が握られている。


 ハヤテは眉をつり上げ、少年を睨みつけた。

 周囲が禍々(まがまが)しい空気に包まれる。


「ハヤテ、挑発に乗るな」

 止めに入るヒサギの声が、ユキの頭の中にも流れ込んできた。


「あれ、もしかして怒っているの? 嫌だなぁ、本当のことじゃないか。ハヤテは正真正銘、出来損ないの(くず)だろう?」

 少年が言い終わるや(いな)や、ハヤテは少年の周囲に旋風(つむじかぜ)を巻き起こして吹き飛ばそうとした。


 しかし、少年は微動だにしない。

 旋風の中心で平然としている。


 風が()むと、少年は勝ち誇った顔でハヤテを見た後、ユキに話しかけてきた。


「おかえり、ユキ。必ず戻って来てくれるって信じていたよ」

 そう言いながら、少年がユキの手を取る。

 だが、ユキは彼の顔に全く見覚えがなかった。思わず握られた手を振り払ってしまう。


 少年は傷付いた表情で

「どうしたの? 僕に会えて嬉しくないの?」

 とユキに問いかける。


 ユキの名前も顔も知っているということは、人違いではなさそうだ。でも、少年についての記憶は、頭の中のどこを探しても見つからなかった。


 助けを求めるように 

「ハヤテ……」

 と呼びかけると、彼に

「思い出せるか?」

 と聞かれ、ユキは首を横に振った。


 少年は愕然(がくぜん)とした様子で

「僕のことを忘れるなんて……」

 とつぶやいた。


 それから怒気(どき)を含んだ声で

「お前が何かしたんじゃないだろうな」

 とハヤテのことを睨みつける。


 不穏(ふおん)な空気が漂う中、ヒサギが間に割って入った。


「落ち着け、シグレ。ハヤテには、お前を(あざむ)くほどの力は無い」


 シグレと呼ばれた少年は、駄々をこねる子供のように苛立ちをヒサギにぶつける。


「でも、ハヤテのことは覚えているんだろう? さっき、ユキはハヤテの名前を呼んでいたじゃないか! それなのに、何で僕のことは忘れたままなんだよ!」


「焦るな。その内きっと思い出す。それよりも早く、その杖を使って移動しよう。そのために、ここまで迎えにきたんだろう?」


 ヒサギに(さと)されたシグレは、自分自身を落ち着かせるように大きく息を吸い込んでから、ゆっくりと吐き出した。

 そして、手に持った大きな杖で目の前の空間を縦に切り裂くと、強い力でユキの手首を掴み、切れ目の中へと引きずり込んだ。

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