夏祭りの夜
熱を出すと、必ず思い出すことがある。
あれは、小学生の頃のことだ。
楽しみにしていた夏祭りに行けなかった。
友達と約束していたのに。
風邪をひいて熱が出て、咳が止まらない。
わたあめ、焼きそば、フランクフルトにかき氷。
食べ物のことばかりじゃないかと言われそうだが、祭りの夜に食べるあれこれは、いくつになっても魅惑的だ。
輪投げに射的もいいけれど、一番の楽しみは、汗ばむ熱気の中で頬張る屋台の食べ物だ。
ただし、イカ焼きだけはいただけない。
幼い頃に食べて食あたりになり、それ以来トラウマだ。
イカ焼きが悪いのではなく、たまたま鮮度が悪かったり火の通りがイマイチだったりしたのだろうけれど、今でも敬遠してしまう。
そんなことをつらつらと考えているうちに、眠りに落ちていたようだ。
誰かが部屋のドアを激しくノックしている。
うるさいなぁ。
そう思いながら目を開けると、暗闇の中にいた。
ドアノブがガチャガチャと回され、ドンッという音と共に扉が開き、何かが部屋に飛び込んできた。
そいつは、床を転がりながらベッドの方までやってきて、こう言うのだ。
「迎えにきたぞ」
記憶はいつも、そこで途切れている。
あれは夢だったのだろうか。
それにしてはずいぶんと鮮明に覚えているが、その後のことが記憶からすっぽりと抜け落ちている。
次に思い出せるのは、病院のベッドの上で見た天井だ。
両親は憔悴しきっており、行方不明になっていたユキを、数ヶ月もの間ずっと捜し続けていたのだという。
結局、ユキの身に何が起きたのかは明らかにならないまま、時は流れていった。
「ユキ」
どこかから、呼ぶ声がする。
「ユキ、目を開けろ」
まぶたが重い。まだ眠っていたい。
「迎えがきたぞ」
聞き覚えのあるフレーズに、ユキは目を見開いて飛び起きた。
思い出した。
あの時、部屋に転がり込んできたもの。
それは、こいつだ。
目の前に立つ、異形の化け物。
姿形は人に似ているが、人間よりも大きな体躯には腰巻きしか身につけておらず、背中からは真っ黒な翼が生えている。
高い鼻梁の両側にある、何もかも見透かすかのような鋭い双眸に射抜かれて、奥底に眠っていたユキの記憶が呼び覚まされていく。
頭に割れるような痛みを覚え、ユキはその場にうずくまった。その背中を、化け物が労わるように優しくさする。
「打ちつけた背中は、術で癒したはずだが……まだ痛むのか?」
そう聞かれて、ユキは首を振りながら答える。
「違う。痛いのは、頭」
すると化け物が
「ヒサギ!」
と声を張り上げた。
呼びかけに応じるように木々の間から姿を現したのは、額に第三の目を持ち、金色の艶やかな毛に全身を覆われた巨大な獣だった。