果たされた約束
ユキが山間の村を再度訪れることになったのは、高校三年生の秋だった。
闘病中だった母が亡くなり、この村の近くにある墓へ納骨するためにやって来たのだ。
お世話になった親戚のところへ立ち寄って挨拶し、無事に納骨を済ませたユキは、以前この村へ来た時のことを思い返しながらバス停へと向かった。
数年前にユキと母がこの村に越して来た日、土砂崩れが起きてトンネルの出口が塞がれ、村から町へと通じる唯一の道が閉ざされた。
ユキ自身には、そのあたりの記憶が全く無い。
覚えているのは、引っ越しの片付け中に家を抜け出して、森の近くまで歩いて行ったことだけだ。
その後に起こった出来事については、まるで分からない。
後日聞いた話では、土砂が取り除かれて救助隊が到着した時、村人は全員意識の無い状態で倒れていたらしい。
意識を回復した村人達に「何があったのか」と尋ねても、誰も何も知らなかったそうだ。
村で倒れていた人々は、運ばれた病院で念の為にと精密検査を受けた。
その結果、母の体が病に侵されて重篤な状態であることが発覚し、ユキは目の前が真っ暗になった。
母が長期入院することになり、ユキは児童養護施設に入所した。
制限の多い生活だったが、高校に通いながらアルバイトに励み、時間を作っては病院を訪れて母を見舞った。
時々、何もかも終わりにして楽になりたいと思うこともあった。
けれども、何かやり残したことがあるような気がして、大切なことを忘れているような気がして、いつもギリギリのところで踏みとどまることが出来た。
十八歳になれば、今いる施設を出ていかなければならない。
大学への進学は、とうの昔に諦めた。
春までに住み込みの仕事を見つけて、頑張ってお金を貯めて、いつか自分の部屋を借りよう。
それが今のユキにとっての、ささやかな希望だ。
考え事をしながら歩いていたせいだろうか。
バス停に向かっていたはずのユキは、気が付くと鬱蒼とした森の前に立っていた。
折悪しく、小雨がぱらついてくる。
急いで来た道を戻ろうと向きを変えた時
「ユキ」
と名前を呼ばれた。
振り返ると、先ほどまで誰もいなかったはずの森の前に、少年が立っている。
彼の顔を見た瞬間、頭に痛みが走った。
うずくまって頭を抱えるユキのすぐそばまで、少年が近付いてくる。
「大丈夫?」
その声に応えようとして顔を上げたユキは、彼の瞳に釘付けになった。
どうしてだろう。
初めて会ったはずなのに、胸の奥から懐かしさがこみあげてくる。
「この森の中にはね、永遠に枯れない花が咲いてるんだ。花びらも葉も茎も、全て真紅に染まった美しい花なんだよ。見せてあげるから、ついておいで」
少年がユキの方へと手を差し伸べる。
その腕には、奇妙な紋様の刻まれた美しい腕輪が嵌められていた。
この手をとったら、二度と戻って来られないのではないか。
そんな気がして、少し怖くなる。
でも。
少年の目を見つめながら、ユキは思う。
孤独を湛えたこの瞳を、私は間違いなく知っている。
「ユキ」
少年の呼びかけに、ユキは意を決して立ち上がり、その手を取った。
「おかえり」
そう言って、少年は強く固く、ユキの手を握りしめた。




