閃光の森
「閃光の森に咲く花は色彩を持たないが、雷獣の放つ閃光によってのみ、その輪郭を浮かび上がらせる」
ロウゲツはそう語ると深いため息を一つ吐き、気の進まない様子で話を続けた。
「だから、『色の無い花』を手に入れるためには、先に雷獣を探し出す必要がある」
「それなら、生け捕りにしないといけないな。ヒサギが喰らって腹の中で再生すれば、僕として思い通りに動かせる。そうしよう」
シグレの案に、ヒサギが異を唱える。
「再生する過程で雷獣の妖力を奪ってしまうから、喰らうわけにはいかない。雷獣が妖力を失えば、閃光を放てなくなるだろう。そうすると、『色の無い花』を見つけられなくなる」
「だったらどうするんだよ。雷獣はこの森の主として君臨する妖魔なんだろ? ハヤテの術と僕の打撃だけじゃ、生け捕りにするのは難しいんじゃないか?」
苛立つシグレに、ユキは落ち着いた声で語りかけた。
「ねぇ、こういうのはどう? この森の中にいる間だけ、私にかけた術を解いて妖魔の腕輪を外すの。そうすれば、妖魔を惹きつける私の能力で雷獣を誘き寄せることができるし、シグレも妖力がフルの状態で闘えるでしょ?」
ユキの提案を聞いて、ハヤテが顔を曇らせる。
「危険だ。雷獣以外の妖魔も呼び寄せてしまう可能性が高いし、何よりシグレは力を上手くコントロール出来ない。狙い通りに雷獣を誘き出せたとしても、勢い余って砂粒に変えてしまったら意味が無い」
「そこまでバカじゃない。ちゃんとやれる」
ムッとした顔で宣言するシグレを、ハヤテが小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「いいや、お前には無理だ」
一触即発といった雰囲気で睨み合う二人の間に、ユキが割って入る。
「最初から闘わなくていいんだよ! シグレには、私を抱えて森の中を逃げ回って欲しいの。雷獣に私達を追いかけさせながら閃光を放たせて、『色の無い花』の在処を探せたらなって思うんだけど、どうかな?」
するとロウゲツも話に加わり
「……いいんじゃないか? 俺は賛成だ。ユキとシグレが逃げ回っている後を、俺達が追いかけて『色の無い花』の輪郭を探す。見つけ次第、猛毒の湖で手に入れた赤い樹液をかけて回収する。上手くいけば、俺達も雷獣も無傷で目的が達成できる」
と、ユキの意見を後押ししてくれた。
真っ先にロウゲツが賛同してくれるなんて思いもしなかったので、ユキは大いに戸惑ったものの、なんだか嬉しくて
「ありがとう」
と感謝の気持ちを伝えた。
ロウゲツは、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
相変わらず感じの悪い態度だったが、不思議と前ほど嫌な気持ちにはならなかった。
「では、その作戦でいこう。いいな、シグレ」
ヒサギが三つの目玉をギョロリと動かしてシグレに確認する。
シグレは迷っているような表情でユキの顔を見た。
「お願い」
ユキが強い想いを込めてシグレを見つめ返すと
「分かった」
と言ってシグレも了承した。
ハヤテは、瓶に入った赤い樹液を別の瓶にも半分移し、ロウゲツに手渡しながら指示を出す。
「俺は上空から探す。ロウゲツはヒサギの背に乗って地上から探せ」
ロウゲツは頷きながら瓶を受け取り、ヒサギの背中に飛び乗った。
「腕輪を外すよ」
シグレがユキの手を取り、腕輪に触れる。
ふわりと暖かい空気に包まれた直後、肌に張り付いていた腕輪がゆるんで外れた。
シグレは素早く腕輪を自分の手首に嵌め、杖をヒサギの口に咥えさせると、ユキの体を抱えて空へ飛び上がった。
樹木の間をゆっくりと飛びながら移動するうちに、チイチイという小さな鳴き声が木々の間から漏れ聞こえてくる。
それらの音は徐々に大きくなり、やがて騒音の域に達すると、生い茂る葉の隙間から黒い影が無数に飛び出してきて、眩しい光が放たれた。
大きなネズミのような姿をした化け物達の姿が、閃光の中に浮かび上がる。
轟くような雷鳴と共に、すぐ近くにある木々の枝が破壊されていく。
シグレは素早い動きで雷をかわし、猛スピードで森の中を逃げ回る。
恐怖に押し潰されそうになりながらも、ユキは必死で地面に目を凝らし、『色の無い花』の輪郭を探す。
すると、視界の片隅で何かがチカっと光った。
「あそこ!」
ユキは大声を出して大きな木の根元を指さし、ハヤテとロウゲツに知らせる。
見間違いかもしれない。
でも、そんなこと気にしている場合じゃない。
自分の案を押し通したことで、みんなを危険にさらしているのだ。
一刻も早く『色の無い花』を回収して、この森を抜け出さないと。
ユキは、雷獣の閃光に反応して光るものを見つけるたびに、大声で合図を送り続けた。
逃げ回るうちにシグレの息が荒くなる。表情を見ると、かなりキツそうだ。
どうしよう。
ユキの想いに呼応するように、ヒサギの声が頭に流れ込んできた。
「十分な量の『色の無い花』を回収した。撤収だ」
シグレは息を大きく吸い込むと、スピードをあげて木々の間を突き抜け、空高く舞い上がった。
雷獣達は空を飛べないようで、上空までは追いかけてこない。
呼吸を整えたシグレが、自分の手首から腕輪を外してユキの腕に嵌める。
「ハヤテ! 来てくれ!」
シグレの声に、ハヤテが翼をはためかせながら近付いてきた。
「ユキを頼む」
そう言ってハヤテの腕にユキの体を押し付けると、シグレは目を閉じて落下した。
けたたましい悲鳴を上げて手を伸ばそうとするユキの体を、ハヤテがガッチリと押さえる。
見開いたユキの目に、地上でシグレの体を受け止めるヒサギの姿が映った。
「シグレのところに連れてって! お願い! 早く!」
涙目になって叫ぶユキを抱え、ハヤテは地上へと舞い降りる。
ユキが駆けつけた時、シグレはヒサギの足元に横たわり、安らかな表情で寝息を立てていた。
「目覚めるまで待ってやりたいところだが、ユキが腕輪を外している間に、周辺の妖魔を呼び寄せてしまったかもしれない。先を急ごう」
ヒサギが言うと、ハヤテはシグレを抱きかかえて翼を広げた。
「お前も早く乗れ」
ロウゲツがヒサギの背の上から手を伸ばして、ユキを引っ張り上げる。
「ありがとう」
お礼を言うユキの目を、ロウゲツが覗き込む。
「何? どうしたの?」
怪訝な表情のユキを見つめたまま、ロウゲツは小さな声で呟いた。
「お前、人間だったんだな」
ユキは思わず身を固くする。
腕輪を外したことで、妖魔ではないことが分かってしまったのだ。
どうしよう。
必死で言い訳を考えようとしたが、恐怖と緊張で何も頭に浮かんでこない。
そんな様子に気付いたのか、ロウゲツは薄っすらと笑顔を浮かべる。
「そんなに怯えた顔すんなよ。今の俺は妖力を奪われて何も出来ないから、怖がらなくていい。それに……俺は昔、人里の近くで暮らしていたことがあって、人間の世話になったこともあるからな。お前に危害を加えるつもりはないよ」
そう語るロウゲツの声は、いつもと違ってやけに優しく、そしてどこか物悲しくユキの耳に響いた。




