灼熱の沼
「まずは石の街に戻り、それから火の沼に向かおう」
ヒサギの提案にシグレが頷き、杖で空間を切り裂いた。向こう側には、石の街が見える。
「杖で移動できるんなら、ここへ来る時もそうすれば良かったのに!」
思わず声を上げるユキに、シグレが答える。
「今は妖力が弱まっているから、自分が足を踏み入れたことのある場所じゃないと移動できないんだよ」
「それって……私が妖魔の腕輪を借りてるせいだよね? あのさ、これって外せないの? 妖魔と闘う時とか移動する時とか、その時だけでもシグレが身につけておいた方がいいと思うんだけど」
ユキの提案に、シグレは首を横に振る。
「万が一にも腕輪を奪われることがないように、僕が術を解かない限りは外せないようにしてある」
「でも、それだと妖魔に襲われた時に、あなたの身が危ないじゃない」
「ヒサギがいるから心配いらないよ。それに、いざとなれば僕には奥の手があるからね」
そう言うと、シグレはユキの手を引っ張って切れ目の中へと入り込んだ。
一瞬で石の街へと戻ってきたユキ達は、今後の計画について話し合うことにした。
「まずは、手に入れた『死の青林檎』を火の沼に投げ込んで銀色のサナギを羽化させ、『蝶の銀粉』を手に入れる。その後どうするかだな」
ハヤテが話し始めると、ヒサギはロウゲツに顔を向けて命じた。
「ロウゲツ、知っていることを全て話せ」
「……その……『蝶の銀粉』は、水を干上がらせることが出来るって話です……」
「それから? 他にも知っていることがあるだろう」
「はい……『赤い血を流す木の樹液』は、姿の見えないものを赤く染め上げて浮かび上がらせます。それから『色の無い花』は、妖力を秘めた花びらを無限に再生するそうです」
「もう一つあったな」
「……『空を飛ぶ種の翼』は、暗黒の淵から生還するために必要だと聞いています」
「アンコクノフチ?」
ユキの問いかけに、ロウゲツが答える。
「制御不能の妖魔を押し込めている場所だ。トコヤミはそこから湧き出しているんじゃないかって話だ」
トコヤミが制御不能の妖魔から生まれたものだとしたら、退治するのは難しそうだし、トコヤミに呑みこまれた母や村の人々が無事でいる可能性も低い。
ユキが絶望的な気分に陥っていると、それまで黙っていたシグレが口を開いた。
「最終的に必要になるのは、『空を飛ぶ種の翼』だけみたいだな」
「どういうこと?」
尋ねるユキに、シグレが詳しく説明する。
「たぶん、順番があるんだと思う。『蝶の銀粉』を手に入れるために『死の青林檎』が必要だったように、『赤い血を流す木の樹液』は『色の無い花』を赤く染めて姿を浮かび上がらせるために必要なんだろう」
「ということは、『蝶の銀粉』を手に入れた後は『赤い血を流す木』のある場所に行けばいいということか」
ハヤテの言葉に、シグレが頷く。
「そのはずだ。たぶん『赤い血を流す木』は、『蝶の銀粉』がなければ近付けない水中にあるんじゃないか?」
シグレがロウゲツの方を見ると、渋々といった様子で認めた。
「その通りだよ。『赤い血を流す木』は、猛毒の湖の中に沈んでる」
「よし、それじゃ火の沼で『蝶の銀粉』を手に入れたら、次はその猛毒の湖とやらに向かおう」
シグレはユキの手を引いて立ち上がると、体を支えながらヒサギの背に乗る手伝いをしてくれた。
ロウゲツもため息をつきつつ、ユキの後ろに座り、一行は火の沼を目指して出発した。
通りがかりに立ち寄った炎の街は、トコヤミに襲われてしまった後のようで、もぬけの殻だった。
火の沼に近付くにつれて、ムワッとした熱気が体を包む。
チリチリと肌が灼け、なんだか少し息苦しい。
「これ以上は、ユキの体に負担がかかる」
そう言ってヒサギが足を止めると
「そうだな、僕達はここで待機しよう。ハヤテ、行ってこい」
とシグレが命じた。
「待って! ハヤテにだけ押し付けるわけにはいかないよ!」
止めるユキを無視して、ハヤテは火の沼の上空まで羽ばたいていく。
遠目に、ハヤテが布袋をひっくり返して「死の青林檎」を火の沼へ投下するのが見えた。
すると次の瞬間、灼熱の炎が燃え盛る沼は鎮火され、辺り一帯は白い水蒸気に覆われて何も見えなくなってしまった。
しばらくして視界が開けると、ハヤテは既にこちらへ戻ってきており
「袋に入るだけ集めてきたぞ」
と言って、布袋の中に入った銀色のサナギを見せてくれる。
シグレは満足そうな笑みを浮かべると、サナギを一つ手に取って両手で包み込んだ。
「ロウゲツ、荷物から容れ物を出せ」
ハヤテに指示されたロウゲツは、背負っていた袋の中から大きな蓋付きの壺を取り出した。
ハヤテが蓋をはずすと、シグレは壺の中に手を入れ、サナギを包んでいた両手をゆっくりと開いた。
羽化した蝶が、ふわりと壺の中を舞う。
羽ばたくたびに、ふるい落とされた銀粉が壺の底へと溜まる。
しばらく銀粉を撒き散らした後、蝶は壺の縁に止まって羽を休めた。
「よし、どんどん羽化させて銀粉を集めよう」
シグレが次のサナギを布袋から取り出し、ハヤテもそれに続く。
瞬く間に壺の中は銀粉でいっぱいになり、ハヤテは羽化した蝶を全て逃がした。
一息ついたところで、ユキは再び体が熱気に包まれていくのを感じた。
ふと火の沼があった場所を見ると、鎮火したはずの炎が揺らめいている。
「火が!」
ユキの叫びを耳にした一同は、すぐに行動を開始した。
ロウゲツはいち早くヒサギの背に飛び乗り、シグレがユキの体を抱えてヒサギの背にのせると、ハヤテは壺を抱えて空へ飛び上がった。
猛スピードで走りながら、ヒサギがロウゲツに命じる。
「次は、『赤い血を流す木』が沈む猛毒の湖とやらへ向かうぞ。ロウゲツ、案内しろ」
ユキ達は、次の目的地へと急いだ。




