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その果実は禁断なり  作者: 巫 夏希
第二章
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第二十話 目的

「……ロマ・イルファ?」


 レーデッドはいきなり言われたその名前に、ぽかんとしていた。

 一方、少女ことロマは高らかに笑い、


「あなたも随分と長生きねえ。流石は祈祷師の血を引き継いでいるだけはあるのかしら? ……まあ、それを言うのは野暮なことだけれど」

「まさか、生きているとはね。三百年ぶりかしら?」


 ロマの言葉にメアリーは訊ねる。


「さあ? どうだったかしらねえ。百年から前のことは思い出せなくって。思い出す必要もないのかもしれないけれど、お兄様が居なくなってからの方が——もう途轍もないぐらい長くなってしまったのですから」


 メアリーはその言葉に沈黙する。

 そして、再びロマは言った。


「一応言っておくけれど、恨んでいる訳ではないのですよ? リュージュの暴走を止めることは、あの当時誰にも出来なかった。それを成し遂げたのですから……」

「お兄様?」

「ロマ・イルファは——」


 メアリーが説明をしようとしたのを、ロマが手で制する。


「わたしから説明しましょう。こんななりをしてはいますが、これでももう三百年は生きています。何故なら、わたしはメタモルフォーズだからです」


 メタモルフォーズ。

 かつて世界を滅ぼそうとした存在。

 世界が発展していく上で生まれたバグやエラー。


「メタモルフォーズがどうしてこんな場所に?」

「かつては、リュージュとともに、その配下で悪事を働いていました。何故なら、わたしを含めたその当時のメタモルフォーズは、リュージュが管理するシュラス錬金術研究所で生み出されたのですから」

「生み出された……」

「文字通りの意味ですよ?」


 ロマは立ち上がり、メアリーに向かって歩き出す。


「……ここでは、何ですし。歩きながら話をしましょうか? メアリー・ホープキン。積もる話もあるでしょうし」

「何を——」

「それとも」


 ロマは周囲を見渡す。


「ここに居る、沢山の見ず知らずの人間にあれやこれやを話しても良いとでも?」

「それは……」


 メアリーにとって、それは困る話だった。

 何せ今の活動的に、あまり表だって行動もしたくはない。

 従って、ロマの提案に乗るしか、今の彼女に取る施策はなかった。



◇◇◇



 スノーフォグ高原は、裏路地も非常に多い。

 故に、こうやって一本路地に入ってしまえば、人が全く通ることのない薄暗い通路だって存在するのだ。


「……良くこんな通路に直ぐ辿り着けるわね」


 メアリーの言葉に、ロマは笑みを浮かべる。


「長年ここで暮らしてきているんだもの。こういった人の来ない場所ぐらい、ある程度把握しているつもり」

「それで……」

「メタモルフォーズは便利な身体でねえ。食べることも眠ることも、人のそれよりも遙かに少なくって済む。別に食べても眠っても問題はないのだけれどね。それもまた、生物のそれとは違う『エラー』たる所以なのかもしれないのだけれど」

「実験体だった——そう聞いたはずですが」


 メアリーは、ロマの言葉に続ける。


「実験体だったことは間違いありません。それは否定しませんよ。けれど、不安定だった人工メタモルフォーズの創出も、何も間違った話ではなかった。きっとリュージュは来るべき滅亡の日に向けて着々と準備を進めたかったのでしょうけれど、それでも人工メタモルフォーズの研究が進めば、恐らく人の技術は二つか三つ段階をすっ飛ばして発展を遂げたでしょうね?」

「しかし、リュージュは斃された。それは、世界を滅ぼそうとしたから」

「彼女は単純に従っただけなのでは? 世界の歴史と未来のレールに。それこそ、歴史の大見出しにでもなりたかったのでしょう。現実は残酷で、リュージュや予言の勇者が居たあの時代のことは、最早表舞台から消失している時代と化してしまったのだけれど」

「……あなたはどうしてここまで生きてきたの?」

「メタモルフォーズの身体ってね、死ぬに死ねないのよ。あまりに頑丈で」


 メアリーの質問に、ロマはあっけらかんとした感じで答えた。


「まあ、本気でやろうと思えば出来なくはないのでしょうけれど、それでも、人がするそれとは遙かに面倒臭い工程を進めていかなくちゃいけない。人みたいに高い所から飛び降りればはいお終いって訳でもないのだし」

「メタモルフォーズの身体的役割、とでも?」


 メアリーの代わりに、レーデッドが問うた。


「あんまり気にしたことはないけれど、そうじゃないかしら。でもね、不便な身体よ。この身体は」

「不便?」

「……当たり前じゃない。既にわたしは人のそれの三倍以上の時間を生きている。そうなると、常に面白い生き方を出来る訳でもない。わたしの場合、世界が平和になってから——正確には、お兄様が死んでわたしだけが生き残ってから——その三百年間は、地獄のようだった。生きる価値なんてないと思う時代だった。それでも、死ねなかった。頑丈な身体、そして、わたしが司る『水』の力のせいもあって、身体を焼きたくても水で中和されてしまうし、飛び降りたところで水が衝撃を吸収してしまうし……。とにかく、頑丈な身体なのよ、これって。戦が常にあったあの時代ならば好まれたでしょうけれど、今は平和な時代。あまりにも、あまりにもね。欠伸が出てしまうぐらいよ。そんな時代に——これ程の力は、最早必要ないのよ、不幸にもね」

「……そう。ほんとうに、ほんとうに不幸な世界なのよね、この世界は」


 メアリーの言葉に、ロマは首を傾げる。


「如何したのかしら? 長い間生き続けて、頭がおかしくなった?」

「それぐらいならば、全然問題ないのですけれどね。わたしの言いたいことはそんなことじゃない。フルを——予言の勇者を喪ったこの世界を、許せなかっただけ。誰も彼も、この世界は何に縛られているのかさっぱり分かっていない」

「どういう……ことですか?」


 レーデッドの問いに、メアリーは頷く。


「……この世界の根幹に関わる物は、何だと思う?」

「この世界の根幹——ガラムドですか?」

「まあ、間違ってはいないかな。ガラムドが居なければ、この世界は今まで成立しなかったでしょう。さりとて、歪な世界であることは変わりありません。しかし、それよりも大きい——根幹の存在があります」

「……知恵の木の実?」


 ロマの言葉に、メアリーは頷く。


「ええ、その通り。この世界には、知恵の木の実という存在がある。この惑星の持つ膨大な記憶をエネルギーにした——『記憶エネルギー』を凝縮させた存在である知恵の木の実。そして、それを生み出した物こそが、知恵の木」


 知恵の木。

 世界の中心に存在する、巨木。

 そこからは常に知恵の木の実が生み出され続け、それを神として崇める教団も居る程だ。


「……知恵の木。あれがあるから、この世界が存在し続ける。誰も気にしたことのないぐらい、この世界にあり続けるその存在を——破壊する。それが、わたしが今まで隠れて活動している理由よ」


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