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その果実は禁断なり  作者: 巫 夏希
第二章
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第十五話 秘匿

 レールから外れようとした。

 だから、リュージュは世界を滅ぼそうと試みた。

 しかし、結果としてそれは予言の勇者を召喚したことになり、そして自らが討伐される羽目になってしまった——。


「……リュージュが、どうしてそうなったのかは分からないのか?」

「どうでしょうね。あくまでも、これは私の想像です。けれども、全知全能の図書館は存在するし、実際にそれを通して世界の未来を知っていたこともまた事実。……きっと、自らが必要悪になる未来も見えていたことでしょう」

「なら、どうしてわざわざレールに従ったんだ?」


 メアリーは笑みを浮かべる。


「それもまた、レールから外れようとしたがゆえの行動だったのでしょう。予言の勇者など倒してしまえば良い、と。けれども、それは出来なかった。決められた未来と、その世界のルールに従わざるを得なかった。……もし、そうだとするならば、少しは同情するかもしれません。やったことは何一つとして、許されることではありませんけれど」



◇◇◇



「……さて、問題はこれから、だ」


 メアリーの言葉に、レーデッドは首を傾げる。


「これから、とは?」

「分からないのですか? 今、起きていること——何故才能を持つ二人の片割れしか訪れていないのか、ということは流石に分かっていますよ」

「それは……」


 ライラは狼狽える。


「ライラ。何があったのですか。しっかりと教えて頂けますよね?」

「ええ、実は……」


 ライラは、これまでに起きたことを語った。

 レーデッドとミリアを救い出したこと、一緒にこちらに向かっている最中にミリアは消えて、謎の生物が現れたこと……。


「……何ということでしょうか。まさか、そんなことが起きてしまうだなんて」


 メアリーは青ざめた表情をして、そう言った。

 ライラは俯いたまま、しかし状況報告を続けている。


「メタモルフォーズは、いったい何を目的に現れたのだと考えますか?」

「やはり、勇者の再現を拒んだのかもしれません。しかし、予言は存在しなかったはずです。ですから、出現するのも偶然であると——考えていた。けれども、違うのでしょうか? ワールド・ライブラリーには、もしかしてそれも……」

「書かれているのでしょう。でなければ、彼らがそれを知るはずもありません」


 ライラは断言する。

 メアリーはそれを聞いて幾度か頷き、


「ですよねえ……。やはり、全てを知っている存在と対峙するというのは、なかなかに難しいものがあります。相手の裏を掻くことさえも出来ないのですから」

(何というか……)


 レーデッドはこれまでのメアリーを見ていて、ずっと拍子抜けする感じだった。

 メアリー・ホープキンとも言えば、世界でその名を知らない者は居ないと言っても過言ではない程の有名人だ。しかし、彼女が活躍した時代は今から三百年も昔のことであるために、最早存命していることすら考えづらい——過去の人間であるという考えが先行していたからだ。

 翻って、今目の前に居るメアリー・ホープキンはどうか——とレーデッドが考えると、良い意味でそれとはかけ離れていた。

 凜とした顔立ちであることは変わりないが、違うのは性格か。

 メアリー・ホープキンは、歴史書の中では冷静沈着で、常に落ち着いている存在として描かれている。どんな時でも狼狽えることはせず、緻密な計算に基づいて物事を解決へと導く知の女神である、と。

 しかしながら、現実は違う。

 知能明晰でない訳ではない。

 しかし歴史書を見ただけで浮かんでくる、取っつきにくいイメージというのは、最早現実のメアリーからは感じられない。


「……何か、どうでも良いことを考えている感じが漂ってくるのですが?」

「いや、別に……。何も、思っていないですよ」

「メアリーさん。彼のこういった態度を取っている時は、大抵図星ですよ」

「ライラ、お前っ……!」

「あら、そうだったの。別に隠さなくても良いのに。だって、アドバリー家ならば、それはつまり——家族なのですから」

「家族……」

「……何、変な感じになっているのよ。家族が誰一人居なかった訳ではないでしょう?」


 ライラの言葉に、レーデッドは我に返る。

 何処かぼうっとしていた様子だったために、ライラは頭を掻いて、


「なーんか、調子狂うわね……。でもまあ、良いや。いずれにせよ、やることは決まっているのだし」

「メタモルフォーズを追いかける……ってことだよな」


 レーデッドは深い溜息を吐く。

 はっきり言って、これからどうすれば良いのかが、さっぱり分からなかった。


「それだけれど」


 メアリーは何かを思い出したのか、部屋を出て行こうとする。


「ちょ、ちょっと」

「ちょっと、着いてきてくれる? もしかしたら、何かしらの手がかりがあるかもしれないから」


 そう言うメアリーを誰も止めることは出来ず、ライラもレーデッドもただ彼女を追いかけることしか出来なかった。



◇◇◇



 シグナルのアジト、メアリーが居た部屋よりもさらに地下に進む通路を、メアリーを先頭にして歩いていた。


「アジトにさらに下があったなんて……」


 長らくシグナルに在籍しているであろうライラでさえも、この事実は知らなかったらしく、周囲を頻りにキョロキョロと眺めながら進んでいた。

 レーデッドは逆に知らないことばかりが出てきたからか、余裕を持っていた。

 勇者一行の一人、メアリー・ホープキンに出会えたのだ。それ以上の新事実が出てくるなんてことは、そうそう有り得ない——ある意味、高をくくっていたのやもしれない。


「……随分と余裕そうだけれど、慣れた?」


 メアリーがレーデッドに問いかける。


「えっ?」

「ほら、だって……。こういう何も知らない場所にいきなり放り込まれてしまったならば、普通は頭が混乱するはずでしょう? だのに、そうやって整然と立っているのは、慣れているってことだよね。いやあ、流石ルーシーの子孫とでも言えば良いのかな。あれ? その場合、わたしの子孫ってことにもなるのか?」

「なに、自画自賛しているんですか……。そんなことよりも、現実を説明して下さい。我々は今何処に向かっていて、あなたは何を隠していたのですか?」


 ライラの質問に、メアリーは悪戯めいた笑みを浮かべ、


「知りたい?」

「そりゃあ、もう。シグナルに属している身としては、知っておくべき情報であると考えていますから」


 ライラの言葉を聞いて、メアリーは頷く。


「流石、ライラ。そうであってもらわないと。……それじゃ、本題」


 メアリーは踵を返し、再び通路を歩き始める。


「スノーフォグには、ある研究施設が存在していたことを知っているかしら?」

「知っていますよ、SAL……、シュラス錬金術研究所ですよね。錬金術の未来を研究し、未知なる可能性を模索した——と」

「そう。だけれど、それは表の顔。実は裏の顔がしっかり存在していた、って訳。それが——」

「——メタモルフォーズの研究、ですよね?」

「知っているなら、全部言ってくれないと」

「話す前に遮ったのはあなたですよね?」

「そうだっけ? まあ、良いや。……で、そのメタモルフォーズの研究だけれど、そいつがなかなか上手いように進まなかったらしい。時に、レーデッド。メタモルフォーズはどういう存在だと思う?」


 突然話題を振られたレーデッドは、少したどたどしい口調で答える。


「えっ? ……うーん、古くから存在する生物であるということしかはっきりしていないと思いますけれど。第一、表の歴史には出て来ていない存在ですよね、メタモルフォーズは」

「まあ、そうなのよね」


 メアリーは鼻歌交じりに、話を続ける。


「メタモルフォーズがどんな存在で、何処から生まれてきたのか。それは、表の歴史では一切語られることはないのよね。解明出来なかったのではなく、解明した結果がとんでもないもので、とても人間の歴史に残しておける代物ではなかったから」


 扉に、辿り着く。

 鉄で出来た、重苦しささえ感じてしまう扉だった。

 鉄格子がついているが、そこから中を垣間見ることは出来ない。


「……ここには、何が?」

「メタモルフォーズは、人類の負の遺産、その具現化であるとわたしは思います」

「負の……遺産」

「何故我々の世界がこんな世界なのか、考えたことはありますか? この世界はずっと永遠に続いていた。過去も、未来も……。そんな御伽噺めいたことが有り得ると思いますか?」


 世界の始まり。

 そして、世界の終わり。

 考えていたとしても、突拍子もないことで、どういう結論にすべきか着地点を見出すことの出来ない、一概に簡単とは言い切れない問題だ。

 さりとて、それを無碍にすることも出来ない——また、それも事実だ。


「この世界が何故生まれたのか。それはメタモルフォーズを紐解いていけば、分かる事実でした。そして、SALの研究員も気付いたのでしょう。メタモルフォーズという存在、それは——」


 ポケットから大きな鍵を取り出して、鍵穴に差し込んで、ゆっくりと一周回す。

 一周回しきるとガチャリという音を立てる。それは、扉の鍵が開いたことを指し示していた。


「——メアリー。この先には、いったい何が?」


 再度、レーデッドは質問する。

 しかし、メアリーは答えない。


「……ここから先は、わたしが言葉で説明するよりも、実物を見せた方が早いでしょう」


 そして、メアリーは完全に扉を開け放った。


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