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その果実は禁断なり  作者: 巫 夏希
第二章
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第十一話 スノーフォグ高原

 翌朝の空気はとても重々しく感じられた。


「……おはようございます」


 レーデッドが二階から降りてきた頃には、既にカウンター前に全員が集合していた。


「昨日は大丈夫でしたでしょうか。特にケアなど出来ず、失礼致しました……」


 カウンターでは延々と宿屋の看板娘が謝り続けている。


「いや、良いんだって。別に。そっちだって被害者でしょう?」

「それはそうですが……。いやはや、そう言っていただけると、非常に助かります……」


 ライラがフォローしたとしても、謝罪は続ける。仕方がないといえば仕方がない。人によっては、行き場のない怒りを宿屋にぶつける人間だって居るだろう。


「おや、レーデッド。良く眠れたかな? ……というのは、ちょっと意地悪な言い方だったか」

「それが分かっているのなら、言わないで下さいよ……。こっちだって、気持ちを整理するのにどれぐらい苦労したか」


 昨日、ミリアが行方不明になった。

 部屋が破壊され、そこに居たのはメタモルフォーズ——どうしたら良いのか分からないぐらい、情報が一日に濃縮され続けた。

 さりとて、それを整理する時間は、数時間では短すぎる。


「……これから何処へ?」

「言ったでしょう。わたし達の本拠地へ向かう、って。ただ、そこへ向かうにはあまりにも遠かったのよね。一日じゃ辿り着くことが出来ないぐらい。けれども、それが狙われたのかも」

「スノーフォグ高原だったか。観光地に、そんなアジトがあるとは思えないのだが……」

「まあ、先ずは行ってからのお楽しみ、ってことで」


 ライラの言葉で、一旦会話は区切られた。

 一先ず、一行はスノーフォグ高原へ進むことにするのだった。



◇◇◇



 スノーフォグ高原は、かつてそこにスノーフォグという国があったことを由来としている。

 その国を統治していたのは、祈祷師リュージュ。しかしながら、リュージュは世界的な大犯罪を犯したことで、国そのものが崩壊を遂げてしまう。

 それを救ったのが、ハイダルクだ。

 ハイダルクが占領したスノーフォグだったが、国民の生活に変化を与えないように、国王が尽力したのだ。

 無論、全て同じになったというのは言い過ぎではあるのだろうが、しかしながら意識しなければ分からないぐらいの違いでしかない——というのは間違いないだろう。

 そして、スノーフォグ高原は観光地として生まれ変わることとなった。その理由が——。


「もうすぐ、スノーフォグ高原に着くぞ」


 ウェイズの声を聞いて、レーデッドは目を覚ました。

 長旅だったために、すっかり眠りに就いていたらしかった。休憩はしているのだろうが、ずっとウェイズは馬の手綱を握っているのだろうから、気を張り続けているに違いない。そう思うと、レーデッドは少し申し訳ない気分になった。


「どうした? レーデッド」


 質問をしたのは、ライラだった。


「ライラ。どうせ、変な自己嫌悪に陥っているんだろうよ。……あんまり気負いしない方が良いと思うぜ。そうし続けると、死んじまうよ。たまには気を抜かないとね」

「途中から相手変わっているという理解で良いのかな?」


 一息。


「ま、そんなことはどうだって良いよ。レーデッド、外を見てごらん」

「外?」


 レーデッドは窓から外を見る。

 そこに広がっていたのは、一面の深紅。

 しかしながら、それは血ではない——花だ。


「……モーラウント」


 ぽつり、とレーデッドは花の名前を呟いた。

 スノーフォグ高原は文字通り海面から高い位置にある。そのためか、深紅の花を咲かせるモーラウントが大量に繁殖しているのだ。そうして、人々はその綺麗なモーラウントを求めにやってくる。

 観光客の殆どは、この場所でかつて戦争が起きていたなど知るはずもないだろう。


「モーラウントも、良く咲いたものだよ。こいつがなければ今頃スノーフォグは辺境のお荷物と化していたことだろうね。レガドールも変わらないのだけれど……」

「しかし……」


 モーラウントの花畑は確かに綺麗だ。

 しかしながら、それを見に来ている観光客もそれなりに多い。

 こんな観光地に来ることは——果たして正解だったのか? レーデッドはずっと悩んでいた。

 そう思っていると、馬車が停止した。


「……どうやら到着したみたいね」

「到着?」


 外に出ると、そこは馬車を留め置く駐車場だった。


「ここからはどうやって?」

「さてはスノーフォグ高原に来たことがないね?」

「そりゃあそうだよ。王族として行ったことはあったかもしれないけれど、その時は決められたルートを決められた時間に通っただけだし。こうやって普通に入ったのは、多分初めてだと思う」


 レーデッドの解答に、深い溜息を吐くライラ。


「……そうやって無意識に王族のマウントをするのは辞めた方が良いと思うよ? 今は良いかもしれないけれど、いずれ苦労する時がやって来る。絶対に」


 ライラはそう言って、馬車から降りる。

 レーデッドもそれに従って、馬車から出ることとした。

 ウェイズが馬車を所定の位置に留め置くと、ライラは、よし! と言って、


「それじゃあ、向かうとしましょうかね。わたし達の本拠地に。……と言いたいところだけれど、先ずはここをぐるっと回ってみようと思うの。レーデッドはここをきちんと回るのが初めてだって言っていたしね」

「それは有難いけれど……。姉さんを助けることが先だ」

「別に、助けないなんて一言も言っていないわよ。……そりゃあ、急ぎたい気持ちは分かるけれど、今はその時じゃない。先ずは頭をクールダウンさせて、物事を整理して、何をすることが一番大事であるかを見極める必要がある——」

「そのためにすることが……観光だって言うのか? 馬鹿げている」


 レーデッドは冷笑する。


「笑ってくれたって構わないさ。けれどね……、それが大事でもあるってことは、いずれ分かるものだよ。今は分からなくとも。お腹が空いては何も考えられないだろう? そのためには栄養を取らなければならない。栄養を取るためには、食べないといけない。分かるかな?」

「……分かった、分かったよ」


 いつも、そうだ。

 いつもライラとの話をすると、毎回レーデッドは負けてしまう。

 ライラが舌戦を持ち込んできたら、勝ち目がないことぐらい、レーデッドも分かっていたのだ。


「……意地悪なことをしているかもしれない。けれど、いずれ分かる。世界のこと、未来のこと、そして自分のこと——」

「真実を煙に巻くことが素晴らしいことも、か?」


 ニヒルな笑みを浮かべる。

 それぐらいしか言うことが出来ない。

 反論というよりは、最後の抵抗というべきか。

 或いは、無駄なあがきとでも言うべきか。

 それがどうライラの目に映っているかは、レーデッドには分からない。

 レーデッドは、人の心を読むことは出来ないからだ。

 だから、予想で物事を立てるしか、出来ないのだった。



◇◇◇



 スノーフォグ高原は、観光地として有名である。

 モーラウントの咲く季節にもなれば、全世界から沢山の人々で溢れかえる。しかしながら、スノーフォグ高原そのもののキャパシティは然程多くはない。寧ろ、観光シーズンになるとキャパシティオーバーに陥り、近隣の宿も一杯になってしまう程だ。

 しかしながら、それを改善しようとする兆しもなければ、ハイダルク王家はその発展を妨げてすらいる。

 何故か?

 ハイダルク王家は、スノーフォグを二度と発展させてはならない——そうした決意を持って動いているからだ。

 無論、王家の全員がそれを知っているはずもなく、実際に政治を担う地位の人間に代々受け継がれているルールブックに掲載されている。


「——スノーフォグは、大罪人リュージュを生み出した国家だ。まあ、そもそも祈祷師の祖先は、神ガラムドになるのだけれど——神を否定してはいけない。それは暗黙の了解だ。だから、神の子孫そのものは否定しなくとも、リュージュそのものを否定しないといけない。そのためにはどうすれば良いか。分かるかな?」


 メインストリートを歩きながら、ライラは話していた。

 観光客でごった返しているからこそ、こういった話をしていたって、誰も聞いちゃいない。

 寧ろ、聞いていたとしても何か幻聴じゃないかと思い込んで、その言葉の意味を理解しようとしない。

 それを狙っているのだろう——そう思いながら、レーデッドはライラの質問に答える。


「……リュージュを生み出したスノーフォグそのものが悪い、としたのか」


 ぽつり、と呟いた答えは的を射ている。

 いや、寧ろ今までライラが話していたことに隠されていた意味を、見つけただけに過ぎない。


「リュージュは神の子孫。けれど、それを罰することは、信仰する神そのものを否定することとなる。ハイダルク王家はそれを嫌った、ってこと」


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