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その果実は禁断なり  作者: 巫 夏希
第一章 別離編
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第一話 王子とメイド

 神は、荒れ果てた大地に降り立った——それが世界の始まりであると言われている。

 神はその大地を見て、酷く悲しんだ。

 しかし神は荒れ果てた大地に住まう人々の救いとなり、指針となり、支えとなった。

 そうして、人々は世界を再建し、新たな世界を作り上げた。

 幾千年の時を経て、それでも世界は変容を止めることはない——。



◇◇◇



 ガラムド暦二三三七年、ハイダルク王国。

 世界の中心に存在する王国であり、世界創建の時代から存在する唯一の国家である。

 その西部に位置するハイダルク城は、本日もとても賑やかな町並みだった。


「……今日も知恵の木は綺麗だな」


 その城の中層階に位置する一室にて、茶髪の青年は呟いた。

 窓からは、いつも知恵の木が見える。

 知恵の木——それは世界創建の時代から存在したと言われている巨木であり神木である。知恵の木から生み出される知恵の木の実——それこそがエネルギーの塊であり、様々な術式に行使することが出来たという。

 そして、その知恵の木の恩恵を享受出来たからこそ、ハイダルク王国は今までの安寧に繋がっているのだ。

 知恵の木から得られるエネルギーは、人間には到底理解出来ない量である。科学者が幾度となく研究をしていたにも関わらず、そのエネルギーについては謎が多い。

 しかしながら、今は平和な世界である。

 小さいいざこざはあるにせよ、戦争が起きたことなどここ数百年ないのだから。

 こんこん、とドアがノックされて、青年はどうぞ、と短く応答した。


「失礼致します」


 入ってきたのはメイドであった。


「ライラか。どうかしたのか?」


 メイドの名前は、ライラという。青年が小さい頃からずっと仕えている、ベテランだ。

 ライラは首を傾げ、呟く。


「何かなければ、訪れてはいけないのですか?」

「……いや、別に構わないけれどさ」


 小さく、溜息をする。

 長く務めているからとて、そのメイドが完璧である保証はない。

 ライラもその例に漏れず、こうして暇になると青年の部屋へ足を運ぶのだ。


「一応、王子だよ?」

「気取らないから、良いじゃないですか。居心地良いんですよ。それに、王子であるから、何です? それ以前に、あなたは一人の人間ではありませんか。一介のハイダルク人が、何を言うか」

「一言言っただけでそこまで言われるか……」


 ライラの言動には棘がある——それは、青年以外も思っているに違いなかった。

 けれども、メイドであるからには言える人間と言えない人間を見極めているようで、青年は前者に該当するらしい。


「まあ、確かにやりやすいのは否定しないけれど。ライラぐらいだろ、僕達王族に何にも抵抗なく話をしてくれるのって」

「それが普通ですからね」

「自分が普通でない自覚はあるのか……」

「たちが悪いとお思いですか?」

「未だ何も言っていないよ」

「そういう表情をされていたので」


 ライラは部屋の真ん中にある椅子に腰掛けると、テーブルに置かれているグランドールに手を伸ばす。

 グランドール——知恵の木の実を模した焼き菓子のことである。甘酸っぱい味があるのは、知恵の木の実に近しい果実の味を抽出して、それをグランドールに混ぜ込んだから、らしい。


「また、グランドールですか。いったい、どれぐらいの量があるというのです?」

「そりゃあ、食べきれない量だろう。それも、ハイダルクの人間が毎日食べても食べきれないぐらいに」


 グランドールは、ハイダルクの名産だ。

 だから王族たる青年の元へは、新商品が出来る度に送られてくる。

 しかしながら、


「何度言っても分かってくれない。ぼくは、甘い物が嫌いだってことを」

「関係ないんでしょう。製造業者にとってこれは王族とを結ぶ立派なパイプだから。縁、と言っても良いかもしれないけれど」

「縁?」

「この世界に、古くからある言葉の一つですよ。最早、それを知る人間でさえ少なくなったそうですけれどね」


 青年は窓から外を眺める。


「知恵の木……」

「今日も青々と木々が生い茂っている。知恵の木が元気ならば、この辺りも元気になる。どうしてかな、活力を与えられているとか、そんあ感じがするよ」

「活力、ねえ……。確かに、知恵の木からエネルギーは貰っているのでしょうけれど」

「何か、疑問でも?」


 知恵の木は、世界に活力を与える存在だ。

 疎ましく思う人間は居るやもしれないが、しかしながら、利益を享受出来る人間からしてみれば、そんなものは誤差だ。

 実際、人類の殆どが知恵の木の恩恵を享受していると言われており、逆にそれが出来ていない存在は僅か——そう言われている。


「知恵の木がいつから、どのように存在しているのか……それが分かっていませんよね?」

「それは——」


 時折、ライラは誰も分からないような、そんな話題を切り出してくる。

 学者めいた話ばかりだし、ついていけないこともあるのだけれど——しかしながら、興味深い話だらけであることもまた、事実だ。

 ぼくもついていけていないのは、正直恥ずかしいところはある、と青年は思った。

 王族ならば均しく知識は身につけておくべきだ——それは父であり国王からも常々言われている。

 ハイダルクは、世界で一番古い国であるという。かつてはスノーフォグなどの国があったそうだが、今は影も形もない。何でも、スノーフォグのトップに居た祈祷師が世界を滅ぼしそうになったために、スノーフォグはハイダルクに統一されざるを得なかった——らしいけれど。

 いずれにせよ、創世の時代から残っている国家は、最早ハイダルク以外に存在しない。

 そして、力をつけている国家も、ハイダルク以外に存在しない。

 それは誇って良いのかどうかは分からないし、誇るべきでもなく驕るべきでもない。

 何故ならば、力を付けすぎて傲慢になった挙げ句、自らの名前を歴史の大見出しに残そうとした——それがスノーフォグが滅亡した理由なのだから。

 かつて科学技術の栄華を極めたと言われているスノーフォグは、今やそこにあった僅かな研究施設のみを残している。歴史をきちんと勉強しなければ、スノーフォグという名前を知ることすらない。

 だから、世界の人間は、創世の時代にはハイダルクしか国家が存在しなかった——そんな明らかに誤っている価値観を信じているのだ。


「……いずれにせよ、知恵の木が何故生まれたのか、その理由は明らかになっていない。本来であれば歴史書でも見れば出てくるのだろうけれど……、何故だかそれに纏わる記述が一切見当たらないからだ。まるで、何らかの事実を隠したがっているかのように」

「そこまで分かっているのであれば、最早わたしの口から何も言わなくても良いのでは?」

「……何が言いたいんだ?」

「この国の学者先生は、優秀ではあるでしょう。けれども、知恵の木に纏わる研究は遅々として進まない。……何故だと思う?」


 また、この問答だ。

 青年はうんざりした様子で、ライラの質問に答える。


「……またそのやりとりか。つまり、言いたいのは、学者は敢えて知恵の木について詳らかにしようとしない——ということだろ」


 それを言わせていったい何がしたいのか。

 ライラの考えていることは、青年にはいまいち理解出来なかった。


「ご明察。まあ、何度も言っていれば暗記してもおかしくはないか。或いは、パターンめいていたのかも? まあ、呪いのように永遠に残っているとすれば、それはそれでありかな。いつどうなるかも分からないし」

「いつどうなる、って……」

「人の人生は、呆気ないものですよ。王子、いや、次期国王?」

「よせよ。いつも通り、呼んでくれ。それとも、わざとか?」


 青年は、次期国王と呼ばれることを、酷く嫌っていた。

 しかし、それは呪いのように纏わり付く。

 たとえ、本人がそれを望まなかったとしても。



◇◇◇



 かつて、世界を救った勇者一行は、それぞれ秀でた能力を身につけていた。

 勇者は、剣を携え、魔術に秀でた。

 少女は、杖を携え、錬金術に秀でた。

 少年は、弓を携え、守護霊の取り扱いに秀でた。

 ハイダルク王国の王族は、勇者一行の血筋を引き継いでいる——そう内外に広く説明している。だから、勇者一行の持っていた能力が析出することは、王族にとっては喜ばしいことであった。

 中でも、現在まで続くハイダルク王国の王族——その血筋を引いていたのは、守護霊使いと錬金術師であった。

 勇者の能力を持ち合わせる人間は、誰一人として現れなかった。

 平和な世界であるから、勇者の存在は必要ないのではないか? 王族はそう結論づけ、錬金術の才能を持ち合わせた人間が出てきたことで、それが次期の国王になると位置づけた。

 つまり、たとえ国王としての才能がなかったとしても、錬金術が使えると分かった時点で——それは、国王になる資格を得たということになるのだ。

 しかし、それは同時に、残りのきょうだいは国王になる資格が消失したと言っても良いだろう。

 たとえ、どれほど優秀であろうとも。


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