女王編:52 聖痕
「――え?」
「その形、まるで太陽を象った痕に見えませんか?」
しかも、とシャルロットの紫の双眸が揺れる。
桜色の唇が焦ったように言葉を紡ぐ。
「大きさも色も、月の聖痕と――そっくりです!」
「ええっ!? い、いや、そんな――わっ!?」
バカな、と思った瞬間、
首筋が……いや、鏡の中の痣が光った。
それも先程のように目が潰れそうな強い光ではなく、眩しいけれど辺りを照らすような光だ。
しかも、見ればシャルロットの胸の辺りも強い光を放っていた。
確かそこは――月の聖痕がある場所。
「これは……お義姉様の痣が光るのに連動しているの……?」
シャルロットの呟きに、また手鏡を見る。
確かに、月の聖痕に連動して光っているようにしか思えない。
――まさか本当に、これはそういうものなのか?
太陽の聖痕を持つ人間なんて、今までの歴史書のどこにも記載がないのに。
「何を油断している! 偽王め!」
「!」
がなり声に弾かれるようにして顔を上げた。
二人揃って呆然としている間に第三段の用意が済んでいたらしい。
間髪入れずに魔術が放たれる。
――すると、今度はまるで誰かに操られたかのように自然に、俺は右手を前に差し出していた。
(えっ?)
そして刹那。
――迫ってきていた攻撃魔術が、俺の掌に吸い込まれるようにして消えてしまったのである。
「はあっ!?」
「バカな、魔術が手のひらに吸い込まれて消えた!? なんだあれは!?」
「お、お義姉様……!」
「……っ」
――いや、違う。これは吸い込まれて消えたのではない。
首筋に僅かな熱がある。痣がみたび光っているのを感じながら、右の手のひらを伝って首に集まる魔力を感じ――俺はそのまま、左の手のひらを敵に向けていた。
それはほとんど、本能のままの行動だった。
さらに口から、知らぬ呪文が勝手に飛び出す――。
「【鳴り響く、灼熱の鐘】」
――刹那、戦場に響く荘厳な鐘の音。
鐘楼などどこにもないはずなのに聞こえてくる鐘の音に皆が驚いた次の瞬間、俺は左の手のひらから吸収した魔術をそのまま、いや、
――威力を上乗せして撃ち返した。
「うわァァァァァァッッ」
ドォォ……ン――
轟く悲鳴とともに、騎馬三百がまとめて吹き飛ばされる。
背後にあった森もまるごと焼き尽くされ、地面を見下ろせば、生い茂っていた下草もことごとく焼き飛ばされてなくなっており、熱に灼かれて黒ずんだ地肌を覗かせている。
「オ、オオ……おおおっ……」
「オオオオ……ッッ! 別働隊を撃破したぞ!」
「女王様万歳――!」
戦場に轟く大音声。
俺は半ば唖然としながら、自分の掌に視線を落とした。それから、指先で痣に触れる。
(……今のは俺がやったのか。
本当に?)
それなら俺には、誰かの魔力を奪い取って、魔術を上乗せして撃ち返すことが出来るということか?
(魔術を吸収反射なんて――)
本当に、月の神子に並ぶ権能じゃないか?
(いや。この痣がなんだとしても、今は重要じゃない。
今までは苦戦していた。でも)
……俺はきっ、と押し込まれている前方に目を向ける。
後方の熱狂が届かず、未だ苦戦しているだろう友軍がいる方向に。
(……、今なら……!)
――俺もシャルロットも、この痣が、どういうものかわからない。
なら、いつ消えてしまうかもわからないということ。
それなら攻めるのは、謎の力が味方してくれている今しかない。
「――誰か! 誰か馬を貸してください! 前に出ます!」
「陛下!? む、無茶です、あぶのうございますっ」
いいえ、と叫ぶ。
「後方が勢いづいている今が好機! わたしが前方を率いて士気を上げます!」
命令にわたわたとしながらも、騎士らにより連れて来られた馬に跨る。礼を言い、護衛を連れて前線へと躍り出る。
「――皆! わたしについて来なさい!」
馬を駆ける。剣を抜いて、飛んでくる矢を弾き飛ばしながら進む。
どこぞの神がくれた奇跡だというなら、最大限活用してやる。奇跡を起こすことでこの世界が俺に生きろと言うなら利用してやろうじゃないか。
「騎馬突撃あり! 女王が先頭にいるぞ!」
「殺れ――!」
炎、風、水、雷、炸裂。ありとあらゆる攻撃魔術が飛来する。
……だが無駄だ。
右手で吸収し、すべて左手で撃ち返す!
「おおおおおお!」
攻撃魔術が跳ね返されて吹き飛ぶ敵兵に、隙をついてやるとばかりに女王軍の兵士たちも息巻いて力を取り戻し始める。
――前線が息を吹き返し始めたのだ。士気が上がり、失っていた気力も戻ってきている。
(行ける……このまま押し続けることが叶えば……)
勝つとまではいかずとも、この日を乗り切ることが出来る。夜休めばシャルロットの魔力も俺の魔力も戻り、公や将らと作戦を練り直せる。
「どうした叛逆の者ら! 怖気付きましたか! 撃ってきなさい!」