女王編:50 呪印
何か報告しなければならないことがあったらしい。
シャルロットは同時に、小さくではあるが、映写の魔術で映像を俺たちの前に映し出した。おそらく通信相手の目の前には映像が浮かんでいることだろう。
映っているのは、あの映像で、シャルロットの前に現れた異様な殺気の男と、その取り巻きらしい騎士達。先程までシャルロットが交戦していたと思われる相手だ。
「今映し出しているのは先程の戦闘の映像です。わたしが戦った彼らは、何やら異様な空気をまとっていました。さらに、中級貴族とは思えない動きを繰り返したので不審に思って服を剥ぎ取れば」
映像が、シャルロットと男たちによる戦闘のそれから切り替わり。
服が焼き切られた男たちの、その胸にある黒い何かが大きく映し出された。
「見ての通り、呪印のようなものがありました」
(マジだ……)
うちの国の呪印じゃないな。
隣国……いやこれは、魔国のものか?
なら、この反乱にはノヴァ=ゼムリヤだけでなく、魔国も関わっているのか?
「異様な殺気を持つ者にはお気をつけて。かなり力を底上げされています。それから、敗北を悟ると自爆するように呪印に命令が込められていると思われます。嫌な気配があったらすぐさま複数人の結界で対応を」
『了解』
『ご報告感謝します、殿下』
(そうか。あの自爆は呪印が無理矢理させたものか)
魔力と戦闘能力を底上げする代わりに、命令に従わせる呪印か。……なんとも恐ろしい呪いの楔である。相当高度な呪いの魔術の使い手でないとこんなものを刻みつけられないだろう。
(でも仮に、オプスターニスの人間の仕業として。一体、誰がどうやって呪印なんて植え付けたんだ……?)
敵軍の中に魔国の者がいるとか、か?
まあ、それもないわけではないだろうが。うちの『陰』のように手練の間諜は、どこへでも潜入できるって言うしな。
明確な大義名分がない反乱軍が士気を保って五日間ずっと気を吐いているのも、呪印に近い絡繰があるのか?
「――右翼前線が押されています! 援軍を!」
将兵の叫びにはっと我に返る。
そうだ、今は、やれることをしないと。
「シャルロット、魔力が切れていないなら、できる範囲でいいから映写の魔術で映像をシェルト城へもう一度転送をお願いできる?」
「はい」
「ありがとう。そして……後方指揮官――将校はいますか」
「ここにおります」
「左翼右翼中央すべてに、軽くにはなりますが援護と、改めて檄を飛ばしに回ります。数人、護衛をつけてくださる?」
「すぐに禁軍の騎士から精鋭を選出いたします!」
できるだけ長引かせる。
アルベルティ侯爵が帰ってくるまで。
*
檄を飛ばしつつ援護をかけ続け、そろそろ魔力が本当に枯れる、と思って空を振り仰いだ時、まだ太陽が真上に上ろうという時刻であることに愕然とした。
(夕暮れまでまだあと何時間もあるのか……!)
厳しい。戦場では半日がこんなに長いのか。俺は鎧をつけていないので身軽だが、重装歩兵たちの疲労を思うと頭痛がする。
戦線はなんとか保っているように見えるが、その実数の差もあり、やはりジリジリと押されている。――初日で大勝し、二日目もそれなりに戦果があったものの、戦力差をひっくり返すほどには至らなかったからだ。
(他に何か一押しがあったらたちまち崩れるぞ、これ……)
俺は額の汗を拭う。
護衛に水を用意してもらい、水分を補給しながら、俺は改めて自軍の動きを見た。
「……なんだか、さっきと比べて反乱軍の動きが少し鈍くなったかしら?」
「は。確かに、勢いがなくなったように思います」
護衛の騎士が同意してくれる。
やっぱり、ちょっと前から女王軍が押してる感じあるよな。ほんの少しだけど。
敵軍が鈍くなるのは願ったり叶ったりだが、なんでいきなり勢いが弱まったんだ?
「でも、とにかくチャンスね。攻撃が弱まっているよならその隙に」
崩せるところは崩しておきましょう。
――そう言おうとしたその刹那。
「敵襲っ、敵襲――!」
馬のいななきと共に、騎兵が背後から飛び出してくるのが見えた。
仮の司令部の天幕がある、女王軍最後方、本陣の背後からだ。
「騎馬が背後の森に現れました!その数三百!」
「バカな! 一体なぜ!? どこから現れた!」
「予備兵力を出せ! 足りなかろうが関係ない! 今我らの後ろはがら空きなんだ、何を押しても後方にいる陛下と殿下をお守りしろ――!」
後方にいる兵と騎士があわてて背後を向く。しかし陣の向きをいきなり変えるのは無理がある。
そして、万一の時いつでも動けるように取っておいてあった予備兵力である重装騎兵の数は百。立ち向かうには到底足りない。
(別働隊が隠れて移動してたのか……! だからやや攻撃の手が弱まった!)