女王編:49 参戦
軍服に着替え佩剣し、瞬間移動で戦場へ。
俺の素の魔力では瞬間移動なんて使ったらすぐにヘロヘロになるのでそうそう使えないが、シャルロットに借りた魔力がまだ満タンなので発動も問題ない。
移動したら移動したでとんでもない自爆テロが起きそうになっていたので、結界で封じ込めてなんとか周囲に被害が及ばないようにした。特攻と呼ぶべきか? だとしてもよくこんな敵陣のど真ん中まで来れたな。
「お義姉様!」
「シャルロット……」
焦ったような、嬉しそうな、泣き出しそうな、ごちゃ混ぜの感情が顔に出ているシャルロットが、上から舞い降りてくる。天から舞い降りてくるとは、うちの義妹ときたら、素で天女である。
心配していたが怪我もない。多少は疲労が見えるが、改めて安堵する。
「申し訳ございません、お義姉様……ですが何故前線へ!? 危険です……!」
「わかっているわ。でもこのままでは負けてしまうでしょう。だから来たの。自ら兵を指揮するためにもね」
「そんなっ……宰相はなんと!?」
「反対されたわ。でも押し切って来たの」
なんということでしょう、とシャルロットは呟く。残りの魔力も少ないと言うのに――。
……そうだな。わかってる。
でも、来なくちゃいけなかったんだ。
「大丈夫、素の魔力でも下手な相手ならそうそう後れは取らないわ。わたしは王族。足でまといにはならない」
今いる司令部天幕は女王軍の奥の奥にある。そのため最前線はよく見えないが、押されていることだけはよくわかった。
物量と数で劣っているのだから、正面から衝突している前線は地獄だろう。数で勝っている敵方が背後を取ってこないのも、側面から破ろうとしてこないのも、ブロシエル伯を始めとする現場の指揮官が優秀だからだ。
――だが、いつ瓦解するかわからない。
魔術の光と飛び交う矢。怒号と悲鳴。血と臓物の臭い。そして――もうダメだ、逃げたい、助けてくれと、軍に蔓延する空気。
(戦わせてごめん。死なせてすまない)
だが、もう少し頑張ってくれ。
でないと全部終わりなんだ。
シャルロットから預かった魔力の残りのありったけを掲げた両手に込める。全体に行き渡るように慎重に。針の穴を通すような魔力制御を。
「【癒し与えよ】!」
女王軍の頭上に降り注ぐ金の光。
重傷はすぐには治らないだろうが、軽傷はことごとく癒えるはず。――その証拠に、兵たちの間にどよめきが上がる。
「な、なんだ!? 怪我が治った……!?」
「王女殿下の援護か? いやだが確か殿下はついさっきまで交戦を……」
俺の言葉で士気を上げ、戦意を煽るということは、ここにいる兵士たちから降伏という、戦うことを諦める自由を奪うということ。
それでも言わなければならない。
――俺はルネ=クロシュの王だ。まだ膝をつくことはできない。
「――諦めるな! 戦意を絶つな!
この場に、まだわたしを偽王だと疑う者はいるか!」
「今の声、まさか、女王様か……!?」
「なら陛下が我らに癒しを……?」
「力をくださっている……! 陛下が我らに共に在れと鼓舞してくださっている!?」
もう戦わなくていいと言えない王で悪い。
こんなクソみたいな反乱を起こさせるような王ですまない。
「待て、どういうことだ! 女王の軍勢が――敵が元気になったぞ」
「おい、女王は聖女を騙る詐欺師じゃなかったのか! 今の癒しなんてまさに――」
それでも。
死にに行くなとは言えないんだ。
「このわたしがあなたたちの背後に立つ限り――女王の軍に敗北は無い!」
力を貸してくれ。
「今一度わたしと共に立ちなさい――友よ!」
俺も一緒に戦うから。
「オオオオオオ!!」
檄に――雄叫びが返ってくる。
兵士たちの大音声に、空気が、大地が震える。
恐ろしいとさえ思った。
城壁から距離のある塔から指示を出していた数日前と、城から通信で指揮をしていた十数分前とは、空気が全然違う。
「お義姉様……さすがです……」
「……ありがとう」
やや目を潤ませているシャルロットに苦笑する。泣かないでと言うと、心が震えました、と返ってきた。
「やはりお義姉様は……きっと偉大な王になられます」
「そう、なりたいと思うわ。期待してくれる人がいると今ならわかるから」
「――はいっ」
頷いたシャルロットが、次の瞬間には顔を引き締めていた。
素早く通信の魔術を展開し、城のキャロルナ公、騎士団長、将軍らに魔力の道筋を通す。
「シャルロット? 一体何を……」
「取り急ぎ共有したいことがございます。
宰相閣下、将軍方、騎士団長閣下、短く済ませますのでそのままお聞きください」




