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女王編:47 託す選択

「てめえ……なんで……」

「この国では見かけない呪いですね。寿命を糧に強さを得る類のもの? ノヴァ=ゼムリヤの呪印かしら……」


 あるいは、もっと邪悪な――闇の眷属の呪いか。


「……仕方がない。話を聞かねばならないでしょうし一人だけは残しておきましょう」


 シャルロットの持つ剣が、一回り大きくなる。纏う雷光も大きく音を放つ。



「恐れ多くも女王陛下を下に見た不届き者ども。……死んでいいわよ」



「ヒッ――」


 血が逆巻く。


 自分の世界の中心にいる最愛が、下卑た侮辱を受けたのだ。それを許せるはずがなく――そもそもシャルロットは、義姉の敵を屠るためにここにいるのだ。


 シャルロットは雷の大剣を横薙ぎに払う。

 間合いに入れなかった一人を除いて全員の腰が両断される――はずだったが。


(空振った! 何故!?)


 しかも避けたのではない。その場にいる敵が皆、忽然と消えたのだ。


「どこに……あっ!?」


 目を見開く。――いた。

 視力のいいシャルロットには遠くからでもよく見える。


 やつらはまとめて女王軍の後方、司令部とされている天幕の前にいた。

 友軍は突然目の前に現れた敵の姿に驚いている。


瞬間移動テレポートまで……!?」


 あの天幕を攻撃されたら事だ。女王がそこにいないと発覚するだけでない。友軍のど真ん中で魔術を展開されるとどれだけ死者が出るか。


 負傷した騎士たちから、黒い魔力が滲み出る。禍々しいその気配は、アインハードのそれとよく似ていたが、さらに粘ついていて不快なもの。


(攻撃魔術の予兆? いや違うわ。これは)


 ――自爆する気か!


 シャルロットは瞬時に青ざめる。


(攻撃魔術よりも余程まずい! ダミー司令部で自爆の魔術をあの人数で使われれば、爆破の範囲は将軍たちにまで及んでしまう!)


 友軍兵士を守るためにここから障壁を張るか。

 ダメだ、間に合わない。遠隔で、あれほどの広範囲を守る魔術障壁を張る余力は残っていない。


(っ、わたしが奴らを仕留め損ねたから! わたしはまたお義姉様にご迷惑を……っ)


 魔力が弾けて――、



 しかし、女王軍の陣地が爆炎に包まれる寸前。

 強力な結界が、自爆する彼らを包み込むように現れた。



 強力無比な小さな球状の結界が、音ごと中の爆発を完全に抑え込む。友軍を守るための障壁ではなく、自爆の衝撃と爆炎を中に封じ込めるための結界。


 ――完全な発想の転換と、それを実現する完璧な魔力制御。

 シャルロットはその柔軟性の持ち主をよく知っていた。


「……なんとか、間に合ったかしら」


 地獄を結界に封じ込めたのは、そこにいるだけで金の燐光を纏っているかのような美しい人。

 常のドレスではなく簡易な軍服をまとい、長く美しい白金の髪を一つに纏めた麗しの女王は、シャルロットを見上げてほっとしたように笑った。


「――よかった、シャルロット。無事だったのね」




 *




 ――時は十分ほど前に遡る。


 映写の魔術が途切れ、シャルロットと連絡がつかなくなった。

 不意打ちを攻撃を食らったのか。もしかしたらもう命を落としているかもしれない。考えたくないが考えなければならない。


 なんであれこのままにしておけば確実に負ける。


「……宰相」

「はい」

「わたしが出ます」


 俺は今まで映写の魔術があった場所から、宰相を仰ぎ見た。俺がついさっきまで座っていた高座の隣に立つ彼は、俺よりも一段高いところにいる。


「――なりません」

「そう言うと思いました」


 想像通りの返答に思わず苦笑した。キャロルナ公の眉間に皺が寄る。


「……けれどわたしが行かなければ。女王が姿を見せれば士気も上がりましょう。兵を率いればなんとか戦線も維持できるかもしれません。シャルロットが死んだことを想定するなら、わたしがいなければ確実に女王軍は負けてしまう」

「敗色濃厚ならば尚更あなたはここから逃げるべきだ。女王が死ねばそれこそこの国は終わりです。あなたを守るために死んだ民のために長く命を繋ぐことこそが王の責務。一度王座に就いたのなら、死ぬことでその重責を投げ出すことも許されません」

「……」


 俺は少し黙った。キャロルナ公が不愉快げに眉を跳ね上げる。


「――なんです?」

「いえ……少し驚いてしまって」


 前に出るなとは言われるかもと思っていたが、まさか逃げろとまで言われるとは。

 女王を守るために死んだ民のためにも生き延びろ、か。……その言い分は正しいように聞こえる。


 けれども、はい、と素直にうなずくことはできなかった。


「……叔父上様、ごめんなさい」

「なんですか」

「わたしは今この場に至るまで、一連の流れがあなたの仕業なのではないかと、心のどこかで疑っていた。全てはあなたの手のひらの上で、わたしに失望したあなたが、改めてあなたのもとに国民を集わせるための遠大な計画なのではないかと」


 キャロルナ公の眉間に、深い皺が刻まれる。


「……愚かな」

「その通り。わたしは愚かなんですよ叔父上様。ご存知でしょう? わたしはあの悪魔に長らく騙され続けてきた道化なのですから。悪魔を信じて死んだ父と同じようにね」


 しかし、俺の疑いは間違っていたのだろう。

 キャロルナ公爵は、悪魔ではきっとない。

 なぜなら彼は本気で俺に逃げろと言った。それも、俺のためではない――、民のために逃げろと言ったのだ。


 だから。



(この人なら、裏切らない。万一のことがあっても、俺の約束を託せる)



 ――俺は、笑った。


 そして首元のブローチ――魔力を宿す宝石、魔法石だ――を引きちぎり、録音の魔術を発動した。そのまま声を魔法石に封じる。



「国王として宣言します。この戦いでわたしが命を落とした場合、次の王はあなたです、エドゥアルト・キャロルナ。女王崩御の知らせがあればこの宣言を下に、即時王族に戻り即位なさいませ」

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