女王編:46 迎撃
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――炸裂の魔術が至近距離で発動される。
そう頭で理解するよりも先に、シャルロットの本能が反応した。身を守る防御魔法を瞬時に展開、爆風に吹き飛ばされながらも、シャルロットはなんとか空中で体勢を整える。
「無傷かよ。複数魔術展開で感知が鈍ってるところ、完全に不意をついたと思ったのに。化け物だな、王女サマ」
「……これはこれは。随分とご挨拶ですね」
今ので映写の魔術と通信の魔術が途切れた。シャルロットは最愛の義姉の気を揉ませているであろうことを嘆いたが、残念ながらそういうわけにもいかないようだ。
「非武人の女一人を複数名で袋叩きにするのが反乱軍の流儀ですか」
先程の男含めて――異様な殺気を放つ騎士姿の男が十名、シャルロットを取り囲むように浮かんでいたからだ。
(お義姉様をお守りするために対人訓練は欠かさなかったけれど……囲まれての空中戦は、さすがに初めてね)
魔力の余裕もさほどない。 さすがのシャルロットでも、この状況で通信の魔術を維持できるほどの脳の容量と魔力制御の技量は持ち合わせていなかった。
「ご挨拶はどっちかな? ――汚らしい娼婦の娘の分際で」
嘲る声に目を見開く。
……なるほど。
この騎士たちは、どこからやってきたのだろうとは考えてはいたが。
「何やらどこかで見たことのある顔だと思っていたけれど、お前たち、アンベールの姉妹の婚約者たちですね。いえもう結婚までしているのかしら。残りはお仲間?」
アンベールの姉妹、と言ったところで対峙する男の眉が跳ねた。図星だったらしい。
それもそうだろう。王女となって長いシャルロットを貧民の娼婦の娘だと馬鹿にする声はもうほとんどない。臆面もなくこき下ろす者と思えば心当たりは限られた。
(アンベール伯爵家は反乱軍についたか。……まあ無理もない)
シャルロットの実父アンベール伯爵の妻は、そして姉たちは、女王ディアナにやり込められている。恨みを持っていてもおかしくない。実姉も同様だ。蔑んでいた妾の娘が王女になれば腹も立つだろう。
「平民の女風情が」
チッ、という舌打ちがあり、即座に八方から火の攻撃魔術が飛んできた。――無詠唱の火の魔術。
シャルロットも同じように無詠唱で、身体を中心に球状の結界を張る。八方からの攻撃を障壁ひとつで防がれて、シャルロットを取り囲んでいた騎士たちに動揺が走った。
「球状の魔法障壁? なんだあれは……」
「ただの工夫です。お義姉様はもっとお得意よ。頭の柔らかいお方なのです」
魔術をさらに使いやすくせんと、臨機応変に発動形態を工夫するのは義姉ディアナの得意とするところだ。当たり前のような顔をして、魔術を応用する。それがどれだけ難しいことなのか、彼女はあまり意識していないだろうが。
「へえ。国民を偽る悪王が、卑しい出身の女に優しく魔術をお教えしているとは意外ですねえ」
「……なんですって?」
「女王は男よりも、女に枕してもらう方がお好きというのは本当らしいなあ」
嘲笑した男が、言い終わると同時に剣を抜いてシャルロットに斬りかかってくる。他にも追随するように、数人の男がシャルロットめがけて剣を振り、薙ぐ。
――速い。
しかも、彼らの身体の周りには、ばちばちと紫電が迸っている。
雷光をまといながら迫ってくるということは、雷の魔術で無理やり身体能力を上げているということだった。大貴族出身の軍人でもそうそうできない芸当を、中級貴族――アンベールの娘と結婚しているならそういうことだ――がやってのけるとは。
だが。
「さあ避けてみ――かっ?」
それがどうした?
「あなたたちは知らないかもしれませんが」
斬りかかって来た男たちの腕が、肩からずれる。
ずるりと生々しい音を立てて、肩から腕が握る剣ごと遥か下への地面に下に落ちていく。
「聖女なのではないかと見込まれて王宮に引き取られたので、わたしは幼少の頃から宮廷魔導師と騎士らにみっちり魔術戦闘を仕込まれているんですよ――さすがに空中戦はほとんどやっていませんけれど、結果はそこまで変わらなかったわね」
「ぎゃ……あ、ああああああッッッ」
「腕がッッ俺たちの腕がッッッ」
シャルロットの手には剣身が紫色に輝く、細身の剣があった。
否。
――柄から切先まで雷でできた、雷光の魔術で形作られた刃である。
「ちなみにわたしの得意な魔術は雷魔術です。まっすぐ斬りかかってくるとは、徒手空拳と油断しましたか?」
「くっ……」
「その場で武器を作ることなど容易いことだから、何も持たずに空中でふわふわ浮いていたのよ。……無策であるわけないじゃありませんか」
これでシャルロットを取り囲む半数ほどが片腕を失ったことになる。ボタボタと切断面から血が滴り、雨のように降り注ぐ。
「くそっ! 撃て!」
「【炸裂】!」
炸裂の魔術の連射。
これもかなり強力な攻撃魔術だ。直撃すれば全ての山を削るだろう。――だがシャルロットは眉ひとつ動かさず、全てその剣で魔術ごと切り裂いた。
「ば……かな……」
「――しかし、言葉の上ではなんと言おうとわたしをただの貧民の娘ではなく、王女だからと取り囲んで攻撃したのは上々の判断。誰の指示ですか? ダンネベルク公?」
ここが上空で助かった、とシャルロットは思う。――ここなら何をしても誰に見られることはない。
「それに」
「っ!」
「――先程からずっとおかしいと思っていましたが、なんですかその呪印は」




