女王編:44 地獄絵図
土煙が立ち、まさに今丘で行われている戦闘がよく見えなくなる。シャルロットは今、初日序盤のように、俯瞰で戦場を見ることが出来る上空にいるので尚更だ。
(なんなんだ今の音? さっき見えた光は魔術の発動の光か? なら今の爆音は魔術のせい……?)
一体、何が起きたんだ? 兵は無事か?
俺はあわてて通信の魔術を発動しシャルロットに繋げる。
「シャルロット! ……シャルロット! 大丈夫? 聞こえているかしら?」
『はいっ、お義姉様! 聞こえております!』
「よかった。シャルロット、恐らく地上は危険だから降りなくて結構だけれど、今上空から見てわかるだけの状況を説明してもらえる?」
『どうやらこちらに突撃してきている反乱軍の騎馬の第二波から、規模の大きな魔術攻撃が飛来してきたようです』
「規模の大きな魔術攻撃? 騎馬第二波から?」
はい、とシャルロットが頷くが――まさか。
突撃してくる第二波から大規模な魔術攻撃を撃てば、こちらの兵だけでなく、自分たちの前にいる味方まで吹き飛ばしてしまうことになる。ありえない。
映像の中で風が吹き、土煙が飛ばされていく。
視界が晴れ――そして俺は息を呑んだ。
「……ッ」
――女王軍の前衛は地獄絵図だった。
第二波の騎馬隊は、落とし穴に苦戦し、重装歩兵とロングボウ部隊と交戦している味方ごと、攻撃魔術で爆撃したのだ。しかも複数の騎士による混成魔術で。
魔術は一人で使うよりも、複数で編み上げた方が倍以上の威力になる。大した実力のない魔導師でも、力を合わせれば分厚い城壁を貫く魔術を使えるように。
「正気ですか、敵は……!」
こんなの、流血戦法ってレベルじゃないぞ。反乱軍にもかなりの損害が出る戦い方だ。
「……しかし効果的です。実際攻撃のあった左翼ロングボウ部隊は壊滅、落とし穴や杭柵の仕込みも全て丸ごと吹き飛ばされてしまっている」
「だとしても……」
酷い有り様だ。
魔術が直撃してしまった場所など、血煙が立ち上っている。
敵と味方どころか馬と人の区別もつかないほど破壊された骸。散らばっている臓物。焼け焦げて飛ばされた誰かの腕。
……一日目で大量に出た、何本もの矢で貫かれた何千もの死体、彼らの方が人の形のまま死んでいるだけ人道的だったとさえ思った。
……映写の魔術で見ているだけなのに吐き気した。
高校生の頃に平和の授業で観た戦争映画の残虐シーンさえ、薄目で見ていたのが俺だ。現場に行ったら確実に吐くだろうと思ってしまう。
「わざわざ味方を巻き込むような形で魔術を放ったのは、こちらを油断させるためでしょうな」
「……遠くから複雑な――長距離攻撃魔術を展開させようとしていたら、こちらも対抗して強い魔法障壁を張る。それを避けるために、ですね」
「おそらくは」
何せ反乱軍には人に余裕がある、とキャロルナ公はいっそ冷徹な声で言う。
そう。女王軍が今の攻撃でここまで被害を受けたのは、第一波の騎馬の影に隠れていて、第二波の騎士たちが展開している魔術に気がつくことができず、障壁を張ることが叶わなかったからだ。
おそらく反乱軍は、目くらましとして第一波を突撃させ、そのすぐ後方から魔術を撃たせた。……となると、きっと第一波の『騎士たち』は『消費されても構わない人材』――馬に乗れる民兵か傭兵だっただろう。
(胸糞悪い戦い方しやがって……)
――だが、殺し合いをしている時点で目糞鼻糞だ。
俺は怒りを呑み込むと、通信の魔術で指示を飛ばす。
「右翼! 左翼が魔術攻撃を受けました。このまま放置すれば戦線が完全に破壊します。後退しながらでいいので援軍を送りなさい!」
左翼を抜いた敵軍が、右翼と中央の背後に回れば、挟撃されてしまう。そうなれば一瞬で終わる。戦線を下げてでも、押し込まれても構わないから、なんとか戦線崩壊だけは避けなければ。
「ロングボウ兵は下がって左翼の援護! 騎士はすぐに馬に乗って正面衝突に備えなさい! すぐに第三波の重装騎兵の突撃がありますよ!」
左翼が戦線が破壊されて大きく乱れたことで、ダプリン戦術も崩壊した。『待ち最強』の陣形はもうないので捨てるしかない。そして陣形を捨てるということは、敵と正面からぶつかり合わなくてはいけないということだ。
「――シャルロット! 余裕があるなら、味方に援護をお願いできるかしら!?」
『お安い御用ですっ!』
さすがのシャルロットも、浮遊・映写・通信加えて魔術での味方の援護ともなるとお安い御用ではないだろうが、即座にそう返ってきた。……目の前の悲惨な光景を見てシャルロットも怒りがあるのか、声に力が篭っている。
(だが、どうすればいい……?)