女王編:41 善戦
「――【風精の微笑!】」
山なりの軌跡を描いた矢の雨が、高所から反乱軍の頭上に降り注いだ。
風の援護付きである。
「うわああああ!」
前線で矢を放っていた敵クロスボウ部隊が、次々と伏していく。
「伏せろ! おい誰か頭上に防壁を!」
「そんな簡単に結界が張れるかよ! 都のお貴族様じゃねえんだぞ……ギャッ」
「おい、クロスボウならロングボウより威力が強いって言ったヤツ、誰だよッ」
(……強いさ。ただし、水平射撃ならな)
直接照準における水平射撃では、実際、クロスボウは射程、威力、命中精度でロングボウに勝ることが多い。――だが、今回、女王軍は丘にいる。丘にいる女王軍めがけての、上向きの射撃となったことで、効果が大きく減殺されてしまったのだろう。
一方の女王軍ロングボウ部隊は上方からの射撃であり、地理上の優位がある。
また、女王軍のロングボウ部隊はアルベルティ侯の残してくれた禁軍の一部とブロシエル伯の私兵で混成されていて、よく訓練されている。時間をかけて鍛え上げられてきた部隊は練度も高く、クロスボウに比べて扱いの難しいロングボウを完璧に使いこなしていた。
(ロングボウ部隊は、高地にあって、さらに上に向かって打ち上げることで、射程を伸ばせる。それにクロスボウは連射が難しい)
――射撃戦は女王軍の勝ちだ。
そうなると、当然。
「――もういい! クロスボウ部隊を下げろ!」
こうなるよな。
「騎馬で突撃だ! 丘だが、上れないほどじゃない!」
「接近すれば弓も使えない、魔術もある程度近づいた方が使いやすいだろう。そもそも、こちらには向こうの二倍の騎兵がいる。衝撃力を以て敵を蹂躙せよ!」
「司令部の偽王を討て――!」
俺はふうと息を吐くと、通信の魔術でシャルロットに言う。
「上からの映像は大丈夫。いったん降りて、そこからの映像をもらえるかしら」
『かしこまりました、お義姉様』
映写の魔術で映し出された映像が、俯瞰だったものからアイレベルのものに変わる。シャルロットが地面に降りたのだろう。
「……気をつけてね。地面の方が危険だわ」
『大丈夫です、お義姉様。きちんと用心しておりますもの』
シャルロットの声は穏やかだったが、僅かに緊張も滲んでいる。当然だ。いくら自分の身の安全はまだ問題なくても、義妹は目の前で人が死ぬのを見ているのだ。
(映写の魔術じゃ戦場の様子は遠目からしか見えない。だから、人が死んでる実感があまり湧かないけど、シャルロットは違う)
だが、信じると決めたから、俺はシャルロットに行ってもらったのだ。
「わかりました。引き続き頼みます」
『お任せください、総司令』
通信を切り、戦況を見る。突撃を開始した騎士たちが、鎧を魔術で強化させながら、女王軍に向かって突進してきている。至近距離から放たれる魔術に魔術を打ち返す自軍の騎士たちの手際のよさに感心しつつ、俺は唾を飲み下した。
――さあ来い。
「突撃――うわァァァッッ!?」
そして。
戦列を組んで突撃してきた重騎兵たちは――あらかじめ掘ってあった落とし穴に落ちて行った。土の魔術まで使って、深く深く、そして広く掘った落とし穴に落下した騎兵と馬の「ギャッ」という短い悲鳴に眉を寄せる。
――怯むな。
ここで多くの敵戦力を削るために、ダプリン戦術を選んだんだろうが。
「全弓兵に告ぐ」
通信の魔術を使い、全ロングボウ部隊に一斉に命令を出す。
「穴に落ちた間抜けな騎兵に、とどめを刺してやりなさい!」
「う……うわあああああ!」
ロングボウ部隊の一斉射撃が、穴に落ちてまだ息のある騎兵に降り注ぐ。
浮遊の魔術で脱出しようとした騎兵の頭を射抜く。下から魔術で矢に対抗しようと手を掲げた騎兵の、その手を射抜く。――まさしく落とし穴は血だまりそのもの。落とし穴は、第一陣の騎兵たちの墓穴となったのだ。
「……お見事」
「ええ」
キャロルナ公が僅かに目を見張ってそう言う。彼にしては最大級の褒め方だったが、ありがとうとお礼を言う気にはなれず、頷くにとどめる。
そう。うちの騎兵は下馬させているので、打たれ弱い。だから、彼らに対する騎兵の突撃を防ぐために罠として穴を掘ったのだ。
さらに。
「くそっ、偽王の兵どもめ!」
「オイ、上ってきた騎兵がいるぞ!」
貴族の血筋なのか、浮遊の魔術と防衛魔術を併用して落とし穴を突破した騎士が、映像に映る。だが、ここで厄介なロングボウ部隊を討ちたくても馬は近づけない。彼らに近づけないよう、陣の前に杭と柵を打ちたてているからだ。
「ロングボウ部隊! 放て!」