第9話 人の価値を決めるのは
「……なるほど、これでどっちの金貨が高価か判別できたというわけか」
アメリアの手元には、黒い塊にくっ付いた金貨と手の平に残った金貨が二枚ある。
その違いはルーファスにもすぐにわかった。
「……で、どちらが高価な金貨なのか当てられるのかい?」
「はい! こちらが高価です!」
アメリアは即答すると、手の平に残った金貨を取り上げる。
ルーファスは驚いた表情を浮かべた。
「一体どうやって見分けたんだい? その黒い塊にくっ付いた方が高価だと思ったが……」
ルーファスは不思議そうな顔をして首を傾げる。
アメリアはニッコリと笑い、黒い塊を持ち上げて解説を始めた。
「――実は、この黒い塊は『磁石』と呼ばれる代物なんです。これがあれば金属を引き寄せることができます。逆にいえば、純金の金貨は磁力に引き寄せられません。よって磁石にくっ付いた金貨は偽物の可能性が高く、安価ということです」
アメリアの説明に納得したのか、ルーファスは大きくうなずいて見せた。
「……そういうことか! 片方は偽物だったのか! 勉強になったよ。ありがとう!」
「ふふっ。お力になれたようで何よりです!」
二人は見つめ合って、笑みを交わし合う。
アメリアは説明していて、とても楽しい気持ちになっていた。
この屋敷では勉強したことを活かす機会がなかった。
だからルーファスとの会話は、とても有意義なものに思える。
アメリアは手に持った金貨に視線を落とし、ふと疑問に思ったことを口にする。
「ところでルーファス様。この二枚の金貨を、どうして見分ける必要があったのですか……?」
このアメリアの問いに、ルーファスはバツが悪そうに頭を掻いた。
「それは……国王である父から出された宿題でね。『この二つの金貨から高価な方を選び出せ』というものだったんだよ。それで、芸術作品のように金貨の模様や製造年代で価値が変わっているかもしれない、と思い調べてみたんだけど……。結局、何もわからずじまいで、経済学的な見方で価値を考えてみようと思ったのさ」
その説明を聞き、アメリアは納得する。
ルーファスは磁石を取り上げ、じっくり観察しだした。
「……それでこの『磁石』というのはどこで手に入れたんだい? それに金貨を判別する方法についても詳しく聞きたいものだ」
アメリアは持ってきたノートを、ルーファスに差し出しながら説明する。
ルーファスは興味深げに、身を乗り出して耳を傾けていた。
「まずはこの磁石というのは、この屋敷の教育係のオズワルドさんにお土産で貰ったものです。鉱山に雷が落ちると、稀に金属を引き寄せる性質が表れるそうです」
ノートにはわかりやすいイラストに加えて、文字が細かくびっしりと書き込まれている。
アメリアはそれを読み上げているだけに過ぎなかったが、ルーファスは目を輝かせて話を聞いていた。
「金貨を判別する方法については、過去に金貨の偽造が行われた国の話を教えて頂きました。その時の手法を真似させてもらったんです」
アメリアはパラパラとノートをめくると、該当する箇所を探し出す。
そしてそのページを開いてルーファスに手渡した。
そこには『磁石を用いた金貨判別方法について(仮)』と書かれていて、詳細な説明が記載されていた。
その説明を見てルーファスは驚愕。
「……これは、君が一人で書いたのか?」
「はい、僭越ながら……ほとんどはオズワルドさんからの受け売りなんですけど……」
「素晴らしい! 他のページも見せてくれないか!」
興奮気味に声を上げるルーファス。
食い入るようにページを見詰めている。
アメリアは少し恥ずかしくなり、頬を赤らめた。
褒められたことは素直に嬉しい。
でも手柄を横取りしてしまった気がして、オズワルドさんに申し訳ない……。
そんな罪悪感を覚えていると、ルーファスが顔を上げてアメリアを見た。
「君は本当に優秀だよ! なんでメイドをしているんだろうって思うくらいに!」
ルーファスの言葉に、アメリアは思わずドキリとする。
胸を押さえ、小さく首を振った。
「……いえ、違います。オズワルドさんのおかげなんです。私は聞いたことをただノートに書いているだけですから……」
アメリアの謙遜した言葉に、ルーファスの表情が優しくなった。
「メイドの仕事が忙しいのは流石に知っているよ? だからこうして勉強している時間を捻出するのは並大抵のことではないはずだ。それこそ睡眠時間を削って、勉学に励んでいるのだろう?」
アメリアは驚いて首を横に振る。
確かに睡眠時間は削っているが、何かを学ぶことは本当に楽しかった。
「えっと……勉強は楽しいですから……」
アメリアの言葉に、ルーファスはとても優しい笑みを浮かべる。
「確かに勉強はいいものだよ。学ぶことで人は様々なことを理解する……。ところで、この質問にも答えてくれるかい? ――人の価値はどのようにして決まるのか、というものだ」
アメリアはその質問を聞いて考え込む。
人の価値なんて考えたこともなかった。
ただこのままではこの屋敷の親子に、一生奴隷のように扱われることが決まっている。
それが無性に悔しくて、本格的に勉強を始めたのだ。
でも決して報われることのない努力……。
オリヴィアの生活を傍で見ている限り、人には生まれ持った格差というものを実感させられる毎日。
「――人の価値を決めるのは、生まれではありませんか?」
アメリアはポツリとつぶやく。
するとルーファスが嬉しそうな顔をした。
「そうだね。だけどもっと深い部分で決めていることはあるよ」
「どういうことですか……?」
アメリアは不思議そうな顔をして首を傾げる。
「それを明日、証明してみせるよ!」
ルーファスはそう言うと、悪戯っぽく笑みを漏らした。